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46.二つの国の未来

 陛下は順に私たちを見ていたが、やがてその目が私の上で止まった。驚いているのか、小さく目を見張っている。


「ロザリー、お主はフィリベルトとの婚約が破棄された後、傷心のあまり引きこもっていると聞いたが……どうしたのだ、そのなりは」


 弱々しい声で陛下が尋ねてくる。もともと病弱なお方だったが、前よりもさらにやつれているように見えた。そして陛下は、事実とはまるで違うことを口にしていた。


「いえ、私はフィリベルト様により、リエルに送り込まれていたのです。そうしてずっと、リエルの王宮で暮らしていました」


 今度こそ驚きを隠せずに目を真ん丸にした陛下に、今までのことを簡単に説明する。停戦の使者としてリエルに渡り、そちらで生きる決意をしたこと。けれど祖国であるデルトの危機を知り、こうして駆けつけたことを。


 陛下は私が停戦の使者としてリエルに向かったことすら知らなかった。そして陛下は、今日私たちがここに来ることも知らなかったようだった。どうやらフィリベルト王子が、陛下のところに情報がいかないようにしていたらしい。


「あやつめ、何故自分一人でそんなことを……」


 呆然とつぶやく陛下に、リエルから持参していた書状を渡した。先ほどフィリベルト王子に渡し損ねたものを、ジネットがこっそりと回収していたのだ。


 そして改めて、こちらの提案を説明する。私が幸福の瞳であり、白枯病を止められる可能性があること、そのためにリエルとデルトを停戦に導きたいということ。それらを聞くと、陛下は重々しくうなずいた。


「……そうか、事情は分かった。しかしこんな手の込んだことをせずとも、お主が一人でデルトに戻ってくれば済む話ではないか? 確かにお主はかつてフィリベルトに手をあげたが、お主がデルトを救ってくれれば、それくらいの罪は帳消しにできる」


「それ、は……」


 私だって、できることならそうしたかった。でも私が愛しているのはユーグ様で、そしてフィリベルト王子はリエルのことを憎んでいる。私が一人でデルトに戻ることなど、どう考えたってできはしない。


 助けを求めるように、ユーグ様の方を見る。彼は静かに私の目を見返すだけだった。今のユーグ様はリエルの王子としてではなく、使者である私の付き添いとしてここにいるのだ。


 陛下を説得するのは、私の仕事だ。ユーグ様のために、そして自分のために、私は強くなると決めたのだから。


 少しためらった後、もう一度口を開く。そうして、あのお茶会からの出来事を、全て話すことにした。死の呪いのこと、私に下された密命のこと、そしてリエルで大切な人と出会ったこと。それらについて、あますところなく。


 ユーグ様の方をちらちらと見そうになるのをこらえながら語り終えると、陛下はひどく悲しげなため息をついた。


「そうか、フィリベルトはそこまで……」


「陛下、私は祖国たるデルトを救いたいと思っています。そして同時に、今の私はリエルで生きていきたいと思っているのです。けれど今のままでは、どちらかしか選べません」


「あえて、どちらか一つを選べ、と言ったら……お主はどうするのだ?」


「目を閉ざし耳を塞いで、リエルに戻ります。ここであったことを忘れて、リエルで暮らしていきます」


 即答した私を、陛下はじっと見つめる。自分の治める国を見殺しにすると言われたも同然だというのに、陛下の目には怒りはこれっぽっちも浮かんでいなかった。


「……遥かな昔、デルトからリエルが独立した。二つの国は同意の上で、穏便に分かれたのだ」


 陛下が突然、そんなことを口にする。その内容に目を見張った。だってそれは、リエルでマルセル様から聞いたのと同じものだったから。


「リエルは国土こそデルトより小さいが、肥えた土地と良い港を持っていた。リエルが分かれた後のデルトは、以前よりも貧しくなった」


 視察で見た光景が、頭の中をよぎる。どの街もとても栄えていて、活気があった。港には大きな船もあった。デルトでは見たこともないくらい大きな船だった。


「そういったこともあって、我らデルトの王族の中には、リエルのことを快く思わない者もいた。やがてそういった者たちにより、戦争が引き起こされた。リエルを、もう一度我が物にするために」


 陛下は目を閉じて、ぽつぽつと言葉を紡いでいる。こっそりと隣のユーグ様に目をやると、彼は厳しい表情で陛下を見つめていた。


「そうして長きにわたり、デルトとリエルは争ってきた。いや、デルトが一方的に難癖をつけていたのかもしれんな。しかしその戦いにより、デルトはいっそう衰えた」


 ゆっくりと目を開けると、陛下は私をひたと見据えた。


「わしは、この不毛な歴史を終わらせたいと思っている。ゆえに、停戦の申し出を受けよう。これでお主の力を借りることができるな、ロザリー?」


 その言葉にほっとしながらも、緩みそうになる気持ちを引き締める。もう一つだけ、言っておかなければならないことがあるのだ。


「それだけでは、不十分です。二つの国の未来のために、もう一つお願いしなければならないことがあります」


「……やはり、そうか」


「はい。……フィリベルト様の、廃嫡を」


 陛下は小さく息を吐き、うつむいてしまった。陛下のもと停戦が成ったとしても、フィリベルト王子が跡を継いで王となれば元のもくあみだ。むしろ、余計に悪くなってしまう。二つの国が長きにわたる友好関係を築いていくためには、フィリベルト王子がデルト王となることだけは避けなくてはならないのだ。


「……我らデルトの王族の間には、リエル憎し、という思いが連綿と受け継がれてきた。我らはリエルの歴史と正しい姿を知りながら、それを隠して民をあざむき、操ってきた」


 陛下が消え入りそうな声で語る。そんな陛下を見つめるユーグ様は、とても痛ましげな目をしていた。


「そういう意味では、フィリベルトこそがデルトの正当な後継者なのだろう。むしろわしの方が、腰抜けの変わり者なのだ。わしはリエルとの停戦と聞いて、ほっとしてしまった。これでもう国を衰えさせずに済むと、そう思ってしまったのだ」


「そんなことは……陛下はデルトのことをよく考えておられる、賢君であらせられると、私はそう思います」


「ありがとう、気休めでもそう言われると嬉しいものだ」


 こちらに向かって、陛下が力なく微笑む。その顔は、私たちがここに来た時よりもさらにやつれてしまったように見えた。


「けれど、その悪しき流れを断ち切る時が来たのだろう。フィリベルトの廃嫡についても、受け入れよう。遠縁の子に、わしと似た考えの者がいる。それを次の王とすれば、リエルともうまくやっていけるだろう」


「……申し訳ありません。それと、ありがとうございました」


 陛下にいくつも譲歩させてしまったことに罪悪感を覚えながら、ひざまずいて頭を下げる。


「それでは、これよりリエルの使者として、また幸福の瞳として、デルトを救うために尽力いたします」


「そうか。よろしく頼むぞ、ロザリー。……リエルと国交が回復すれば、お主を射止めたというリエルの王子にも会うことがかなうだろうか。一度、会ってみたいものだ」


 私の周囲から、一斉に息を呑むような気配がする。ちらりと見えたユーグ様は平然と構えているように見えたが、その口元はほんの少しだけ引きつっていた。


 つとめて彼のほうを見ないようにしながら、精一杯冷静に答える。


「はい。……リエルの者はみな、陛下のことを歓迎するでしょう」


「そうか。そうであれば良いと、わしもそう思う」


 そう言って微笑む陛下の顔は、どこか寂しげだった。




 陛下の執務室を出て、その足で会議室に向かう。そこに、今回の白枯病についての情報が集められているのだそうだ。そこで大臣や文官たちと話し合って、今後の方針を決める。それが私たちの、私の使命だ。


「デルトの王は、立派なお方だったね」


 廊下を歩きながら、ユーグ様がしみじみとつぶやく。彼がそう思ってくれたことを嬉しく思いながら、言葉を返す。


「陛下が退位されたら、一度リエルに招待するのもいいかもしれませんね」


「ああ、それは良いね。案外父さんと気が合うかもしれないし。それにデルトの王は体調が優れないように見えたけど、暖かなリエルでゆっくり静養すれば良くなるんじゃないかな」


 そんなことを話しながら歩いていると、ユーグ様がぴたりと足を止め、私を背中にかばった。何が起こったのだろうと周囲を見ると、ジネットもレミも、そしてリエルの兵士たちも、みな険しい顔をして身構えているのが目に入った。


 ユーグ様の背中に手をかけて、そろそろと前をのぞきこむ。少し離れたところに立っている人影を見て、弾かれるようにユーグ様の背中に隠れた。


 そこには、すさまじい形相のフィリベルト王子が、兵士たちを従えて立っていたのだ。


「ここにいたか、リエルの連中に、忌まわしいロザリー! 全員、この手で八つ裂きにしてくれる!」


 怒りもあらわに、フィリベルト王子が叫ぶ。けれどユーグ様たちは微動だにしなかった。


「フィリベルト様、私たちは陛下にお目通りして、停戦に同意いただいたのです」


 ユーグ様の後ろから恐る恐る姿を現して、そう呼びかける。フィリベルト王子はこちらをじろりとにらむと、低く吐き捨てた。


「ついに父上も日和ったか。仕方がない。お前たちを始末した後、父上には退位いただこう。もとより父上も、私が新たな王となることを望んでおられたしな」


 彼の廃嫡を申し出て、そしてそれが受け入れられたことを口にする勇気はなかった。そんなことをしたら、それでなくても怒り狂っている彼が何をしでかすか分からない。


「ロザリー、お前は最後に殺してやる。お前の友だか仲間だか知らないが、こいつらをじっくりとなぶり殺しにした後でな」


「……フィリベルト王子、私はあなたに決闘を申し込みます。受けていただけますね」


 聞くに堪えない言葉をなおも吐き散らすフィリベルト王子。彼の言葉を遮ったのは、ユーグ様のそんな一言だった。

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