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41.もう一度、祖国へ

 マルセル様の部屋にみんなで集まり、じっとマルセル様を見つめる。彼の手には、デルトからの返事が記された書状が握られていた。


「そうまじまじと見られると、ちょっとやりづらいんだけどな」


「いいから、早くデルトの書状を読んでくださいな、あなた」


 カロリーヌ様にせかされて、マルセル様がこほんと咳払いをした。彼は懐かしいデルトの紋章が浮き彫りにされた書状を広げ、読み上げていく。


 その内容は、マルセル様たちが予想していたものと大体同じだった。和平の交渉を受け入れる、幸福の瞳を連れてきてくれ、と書かれていて、フィリベルト王子の署名だけが記されていた。


「……また、王子ですか。何か裏がありそうですね」


「わたしもそう思うわ、ユーグ。あまりにも素直すぎて気持ちが悪いったらありゃしないわね。そのフィリベルト王子っていうのは、とびきり好戦的なんでしょう?」


「まああちらが何か企んでいるというのなら、その都度ぶち壊していけばいいだけだよ。ねえロザリー、デルトの現王は停戦に応じてくれそうな方なんだよね?」


 マルセル様の問いに、こくんとうなずく。何かにつけ好戦的だったフィリベルト王子とは違い、陛下はむしろ温厚で、戦いはあまり望まない方だったのだ。デルトに危機が迫っている今なら、陛下と話ができれば停戦に持ち込めるかもしれない。


「だったら、やはり当初の予定通りに、あちらの王と直接話をするほかなさそうですね」


「まず間違いなくフィリベルト王子の妨害が入るから、気をつけるんだよ」


「はい、もちろんです。私はロザリーを守り抜かねばならないのですから」


 マルセル様とユーグ様の会話に首をかしげる。私がデルトに行くのは決まったようなものだが、どうも彼らの口ぶりでは、ユーグ様もデルトに行くことになっているように思えて仕方がない。たった一人の王子が敵国に行くなんて、そんなことがある筈もないのに。


 そんな私の疑問に答えてくれたのは、意外にもジネットだった。


「危ないですって、みんなで止めたんだけどね。ユーグ様ったら『私が行かずして、誰が彼女を守るんだ』って言い張ったのよ。愛されてるわね、ロザリー様」


 彼女の言葉に、頬がぼっと一気に熱くなる。ユーグ様が優しい目でこちらを見て、口を開いた。


「もちろん、王子としての身分は隠していく。いつも城下町で使っている身分で、君の付き添いとして行くつもりだ」


 デルトに向かう使者はあくまでも私だ。ユーグ様は目立たないように、そんな細工をしてまでついてきてくれるのだろう。嬉しさが胸にこみあげてきて、また涙がにじんできた。




 それからは大忙しだった。デルトまでの旅の準備と、同行する人員の選抜。ジネットは今回はこちらに残ることになった。代わりに、レミが護衛としてついてきてくれる。


 ちなみに、私と共にリエルにやってきたあの文官も留守番だ。いつの間にやら可愛らしい妻をめとっていた彼は、もうデルトに未練はないと言い切っていた。


 デルトを下手に威圧してしまわないように、最低限の人数で向かうことになった。馬車は二台、護衛は全部で三人。それに御者たちだけだ。実は御者もリエルの兵士なので、私以外の全員に戦いの心得がある。それどころか、みな手練れらしい。


 護衛の兵士の一人は女性で、彼女が旅の間私の身の回りの世話をしてくれるらしい。女性の兵士なんてデルトにはいなかったので、彼女に引き合わされた時はとても驚いた。私より少し年上の彼女は、がっしりとした骨太の体と良く日焼けした肌が特徴的な、さっぱりとした気性の女性だった。


 同行者とあいさつを終えた私は、ジネットに手伝ってもらいながら荷造りにいそしんでいた。その時、部屋の扉が控えめに叩かれる。ジネットが扉を開けると、そこにいたのは色とりどりの布の塊を抱えた衣装係たちだった。


「私たち、ちょっと新しいドレスを試作してみたんです。リエルとデルトの意匠を取り入れてみたんですよ」


「前に、ロザリー様からお借りしたドレスを研究したんです」


 そう言えば、彼女たちは私がデルトで着ていたドレスを持っていってしまったままだった。私は私でずっとリエルのドレスばかり着ていたので、前のドレスの存在すら忘れてしまっていた。


 彼女たちが布の塊を広げると、驚くほど見事なドレスが姿を現した。デルトの体に沿わせた裁断に、リエルのふわりとした布のドレープが組み合わされている。ドレスはリエル風の鮮やかな色に染め分けられ、あちこちにデルト風の繊細な刺繍があしらわれていた。


「素敵……とっても素敵。ねえ、着てみてもいいかしら」


 そう言うと、彼女たちは待ってました、とばかりに顔をほころばせた。ジネットも加わり、寄ってたかって私に新しいドレスを着せつける。


 リエルのものよりもずっと肌の露出が少ないそのドレスは、見た目よりもずっと軽くて涼しく、おまけに動きやすかった。


「ああ、やっぱりこの色にして正解でした」


「ロザリー様には優しい桃色が似合いますものね」


 衣装係たちはきらきらと目を輝かせて、私をじっと見つめながらそんなことを口々に言っている。


「動きにくくはないですか? 暑くは?」


「ええ、大丈夫。とっても着心地がいいわ」


 そう答えると、衣装係たちはさらに沸き立った。中の一人が嬉しそうに笑いながら、一歩前に進み出る。


「ロザリー様は、停戦のために一度デルトに戻られると聞きました。それで、もし良ければそのドレスを着ていってはもらえませんか」


「私たちの自信作ですし、それに……そのドレスは、リエルとデルトの文化を合わせたものなんです。だったら、停戦の使者にはぴったりかなって」


 他の衣装係たちからも声が上がる。彼女たちの言うことももっともなように思えた。それに、この新しくて素敵なドレスをまとっていると、彼女たちリエルの民がついていてくれるような気分になれる。彼女たちがデルトについて学び、私のために作ってくれた特別なドレス。


「ありがとう。ぜひ、そうさせてもらうわ」


 感動に浮かびかけた涙をごまかすように微笑む。彼女たちは一斉に歓喜の声を上げ、ぴょんぴょんと私の周りを跳ね回っていた。


 彼女たちは、私がリエルにやってきた本当の理由を知らない。リエルとデルトの和平が成るのだと、素直にそう信じている。


 そんな彼女たちを見ていたら、ジネットと目が合った。この場で唯一真実を知っている彼女は、かすかに苦笑しながらうなずきかけてきた。


 ジネットにうなずき返しながら、決意を新たにする。デルトに行き、そしてまた必ずリエルに戻ってこよう。デルトを救い、停戦を成し遂げた上で。


 真新しいドレスの裾が、王宮を吹き抜ける風にかすかに揺れていた。




 そうして私たちは、マルセル様たちに見送られてリエルの王宮を後にした。いつも気丈なジネットが、珍しく悲しそうな顔をしていたのが印象的だった。


 ユーグ様は、私の新しいドレスを見て目を見張り、それからこっそりと耳元で「綺麗だね」とささやいてきた。そうしてまた真っ赤になる私を見て、マルセル様たちが笑う。


 おおむね和やかに、私たちは旅立った。かつてデルトの馬車でたどった道を、逆に進む。リエルの開放的な馬車に乗って、世界で一番大切な人と一緒に。


 窓の外には、色鮮やかなリエルの街並みが見えている。初めてここを通った時、私は恐怖に震えて窓を閉ざし、ずっと外を見ないようにしていた。


「……今だから白状しますけれど、実は私、ずっとリエルのことを怖いと思っていたんです」


 独り言のような私の言葉に、隣に座ったユーグ様がこちらを見る。


「デルトでは、リエルはまるで地獄のようなところなのだと、そう言われていました」


「……だったら、君はさぞかし恐ろしい思いをしたんだろうね」


 彼の声には同情の響きがあった。それに後押しされるように、さらに言葉を続ける。


「でも、それは全部嘘でした。私はリエルに来てから、ずっと幸せです」


 そろそろと手を伸ばし、すぐ近くにあるユーグ様の手を恐る恐る握りしめる。彼は一瞬だけ驚いたように肩を震わせたが、すぐに力強く手を握り返してくれた。


「ああ、私も幸せだよ」


 それきり何も言わず、私たちは寄り添ったまま風に吹かれていた。




 何事もなく旅は続き、やがて私たちの乗った馬車は国境を越えた。あまりにもあっけなく、私はデルトに戻ってきた。

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