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38.お互いの打ち明け話

 二人でのんびりと海を眺めて過ごすこと数日、大分調子も戻ってきた私とユーグ様は、朝の海辺を二人で歩いていた。初めて城下町に行った時と同じように、しっかりと手をつないで。


 ここにいるのは私たちだけだし、万が一にもはぐれる心配はない。けれど、それでも私はユーグ様に触れていたかったのだ。きっとユーグ様も同じように思ってくれているのだろう。だって、先に手をつないできたのはユーグ様の方なのだから。


 ユーグ様の手の感触に、思わず顔がほころぶ。がっしりしていて温かく、しっかりと私の手を捕まえていてくれる、大好きな手。


 こっそりとその感触を楽しんでいる私に、ユーグ様がためらいがちに話しかけてくる。


「……君は、ずっとたくさんの秘密を抱えて苦しんでいたんだね」


 あまりにも唐突な話題に、目を丸くして彼の方を見た。彼は切なげに目をそらしながら、静かに続ける。


「気づいてやれなくて、済まなかった。いや、君の様子がおかしいことに、ある程度は気づいていたんだが……まさか父さんの暗殺だなんてとんでもないことを命じられていたとは思わなかった」


「もう、いいんです。話さなかった私が悪いんですから」


「いいや、君は『話さなかった』のではなく、『話せなかった』のだろう? あの呪いのせいで」


 あくまでも私を気遣ってくれるユーグ様の言葉に、胸がちくりと痛んだ。心の底に潜んでいた罪悪感から逃れるように、首を横に振る。


「……それでも、私がユーグ様たちをずっとあざむいていたことに違いはありません。私、ぎりぎりまで迷っていたんです。マルセル様を暗殺して、そのままデルトに逃げ帰ってしまおうかって」


 これは懺悔だ。こんな私の醜い本心を知ったら、ユーグ様は幻滅してしまうかもしれない。それでも、もう黙っていたくなかった。これ以上隠し事をしたくなかった。


 唇を噛んでうつむいていると、不意に目の前が暗くなった。ユーグ様が空いた右腕を伸ばし、私を抱きしめてきたのだ。まるで子供をあやすように、私の背中を軽く叩いている。


 とりあえず幻滅されなかったらしいということに安堵すべきか、またもや子供扱いされてしまったことに憤るべきか悩んでいると、ユーグ様が耳元でささやいてきた。


「思いとどまってくれて、ありがとう。それと……ひとつ、私の方からも打ち明けないといけないことがあるんだ」


 この状況で、一体何だろう。彼の思いはもう何度も聞かされているけれど、今さら打ち明けなければいけないようなことがまだ他にあるのだろうか。


「僕たちはね、君について色々なことを知っていたんだ。デルトとは直接の国交はないけれど、他の国から情報は入ってくるからね。君がフィリベルト王子との婚約を破棄されていたことも、僕たちの耳には入っていた」


 いきなりそんなことを告げられて、驚きと羞恥に身が震える。そんな私を優しく抱き留めながら、ユーグ様はいつも以上に穏やかな声で続ける。


「そして僕たちは、君がリエルに送られてきたことには何か裏があるのだろうと、そうにらんでいた。きっとデルトは、何か良からぬことを企んでいるのだろうと思っていたんだよ」


「えっ、だったらどうして……どうして、みなさまあんなに親切にしてくださったんですか」


 驚きのあまり思わず口をついて出た私の問いに、ユーグ様は口ごもった。じっと返事を待っていると、やがてまた静かな声が聞こえてきた。


「……本当に和平が成ればいいと、そう思っていたのもある。いきさつはどうであれ、君には楽しく過ごして欲しかったという思いもあった。けれど私には、もう一つ思惑があったんだ。いや、使命、かな」


 絞り出すようにそう言ったユーグ様の声は、どこか苦しそうだった。少しためらった後、空いた左手を伸ばして彼の背に回す。とんとんと優しく叩いてやると、彼の背中が小さく揺れた。


「慰めてくれるのかな。君は優しいね。……でも私は、そんな君をずっとあざむいてきたんだよ」


 どう口をはさんでいいか分からずに黙りこくる私から目をそらし、ユーグ様は自嘲するように言葉を続けた。


「君に近づき、君が隠している事情を探ること。そして、君がどんな人物であるか調べること。それが、今回私が背負っていた使命だったんだよ。リエルの王子として、国に害を及ぼすかもしれない存在を放っておく訳にはいかないからね」


「使命……」


 初めて会った時から、ユーグ様はとても親切で、あれこれと世話を焼いてくれた。敵国で頼れるものもなく戸惑い続けていた私には、そのことがとても嬉しかった。


 でもユーグ様は、それは王子としての任でしかなかったのだと告白した。彼が私のことを気にかけてくれていたのは、ただの親切心ではなかったのだ。


「……やはり、気分を害してしまったかな」


 なおも考え込む私の顔を、ユーグ様がすぐ近くで心配そうにのぞきこんでいる。つないだままの手が、ほんのり汗ばんでいた。まるで、彼の不安がそこににじみ出ているようだった。その手をしっかりと握り返して、静かに首を横に振る。


「私たち、同じだったんですね」


 悲しみも落胆もなく、ただそんな言葉が自然に口をついて出た。口元に、温かな笑みが浮かぶのが分かる。


「隠し事をしていることにずっと悩んで、申し訳ないと思っていて。それに耐えられずに、打ち明けることを選んだ」


 ユーグ様の背に回していた手を離し、両手でしっかりと彼の手を握る。戸惑ったような表情を浮かべている彼に、にっこりと笑いかけた。


「こうしてユーグ様と一緒にいられて、隠し事などせずに話すことができる。それだけで、私、とても幸せなんです。きっかけがどうあれ、今が幸せだってことは絶対に変わりません」


 自分でも少し子供っぽいと思えたその主張は、ユーグ様の心には響いたらしい。彼は泣きそうな笑顔を見せた後、いきなり思いっきり抱きしめてきたのだ。互いの体がぴったりとくっついて溶け合ってしまいそうなほど強く、しっかりと。


「ああ、私も幸せだ。……ロザリー、君に正式に求婚してもいいかな」


 突然の申し出に、頭が真っ白になる。返事ができないでいる私に、ユーグ様は楽しそうに語りかけた。


「君は表向きは和平の使者なのだし、デルトの公爵家の令嬢だ。身分については何も問題ないだろう。それに、お互いの気持ちについても」


「……でも、フィリベルト王子は」


 どうにかそんな言葉だけを口にする。フィリベルト王子には、リエルと和平を結ぶつもりなどこれっぽっちもない。そのことは、ユーグ様だって知っている。


「王子は何か言ってくるかもしれないね。それでも、私は君と共にありたいんだ。受けてくれるね?」


 いつになく強引なユーグ様の物言いが、とても頼もしいもののように思える。


「……はい、喜んで」


 勇気を出してそう答える。返ってきたのは、優しく甘い口づけだった。

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