33.(彼の決意)
ユーグの申し出に、その場の全員が目を見開いて彼を見た。彼は少しもたじろぐことなく、宮廷魔導士に向き直る。
「ロザリーを救うためには、彼女のことを強く思っている者がいればいい。それで、合っていますね」
彼のまっすぐな目線を受けた宮廷魔導士が大きくうなずくのを見届けると、ユーグはすぐにマルセルの方を見た。
「自分がこんなことを言えた立場でないことは理解しています。でも私は彼女を助けたいのです。少しでも可能性が残されているのなら、私はそれに賭けたい。……どうか許してはもらえませんか、父さん」
青い瞳に悲壮なまでの強い光を浮かべ、何の迷いもためらいもなく言い切った息子の姿に、マルセルはそっと眉をひそめる。息子をとがめているようなその表情の中で、けれどその目だけはとても優しかった。
彼らはそのまま、黙って見つめ合っていた。父と子、王と王子という近しくも遠い立場の二人は、ただ視線だけで語り合っているようだった。
カロリーヌたちは口出しをすることなく、そんな二人をじっと見守っていた。けれど彼女たちの目には、何か確信のようなものが浮かんでいた。
しばらくして、マルセルが視線を落としてため息をつく。張りつめていた空気が、ふっと和らいだ。
「どうやらお前はもう、決心してしまったようだね。ここで止めたりしたら、一生恨まれそうだ。それに、他に適任もいないようだし」
ことさらに大げさに、がっくりとうなだれるマルセル。のろのろと顔を上げて、宮廷魔導士に声をかける。
「もう一度聞くけど、呪いの半分を受け持った者には本当に死の危険はないんだね?」
「はい。呪いを分け合うことに成功すれば、二人とも生き残ります。もし失敗した場合であっても、ユーグ様には何の影響もありません」
「そうか。だったらユーグ、お前の好きなようにやってみなさい」
どこか厳かに言い放つマルセルに、全員の目線が吸い寄せられる。彼はふっくらとした頬を引き締めながら、慈悲深い目で息子を見つめた。
「僕はリエルの王として、王子であるお前の身に危険が迫るのを見過ごすことはできない。でもどうやら、今回はそこまで危険ではなさそうだしね。だから父として、息子を応援することに決めたよ」
「……ありがとうございます、父さん」
感極まったように、ユーグが深々と頭を下げる。そんな彼をちらりと見たカロリーヌが、いつもと変わらない可憐な仕草で小首をかしげた。
「そうすると次は、どうやってロザリーを説得するかよね。あの子、死の呪いのことを必死に隠してるみたいだし、正攻法では口を割らないと思うの」
「おそらく、死の呪いの発動条件の中に『呪いについて話すこと』が含まれているのでしょうな」
宮廷魔導士の言葉に、全員が難しい顔をする。ふと、ジネットが顔を上げた。
「……あの、一つ思いついたことがあるんですが」
そう言って、彼女は何事かを語りだした。聞いているマルセルたちの顔に、薄く笑みが浮かび始める。
いつものにぎやかさを取り戻した彼らの話し合いは、それからしばらくの間続いていた。
話し合いも終わった深夜、ユーグは一人で王宮の塔にいた。いつかロザリーと一緒に虹を見た、あの場所だ。今は雲一つなく、満天の星空に大きな月が輝いている。
ユーグは窓の外を眺めてはいたが、彼の目には美しい夜空は映っていなかった。ぼんやりと遠くを見たままの彼の口から、誰に聞かせるでもない言葉がひとりでにこぼれ落ちていく。
「……きっと、もっと他にかけてやるべき言葉があった筈なんだ。もっと彼女の力に、なってやれた筈なんだ」
ユーグにとってロザリーは、とても不思議な存在だった。臆病かと思えば気丈だったり、令嬢らしく振る舞おうとする一方で、子供のように無邪気に笑っていたり。彼には理由が分からなかったが、彼女は妙に彼の目を引く女性だったのだ。
けれど彼が彼女に近づいたのは、彼女の真意と、彼女を遣わしたデルトの真意を知るためだった。ロザリーをあざむいているという自己嫌悪から彼女のことを避けてしまったこともあったが、今ではもうそのことについて悩むこともなくなっていた。
今の彼は、ただ彼女のことが知りたい、それだけの理由で彼女と共にいたからだ。色恋沙汰に疎い彼は、その感情が何と呼ばれるべきものなのか自覚していなかったが、それでも一つだけ、確信していることがあった。自分は、ロザリーのことをとても強く思っている、と。
だから彼は、ロザリーを救うためにためらうことなく名乗りを上げた。そしてマルセルの許しも得ることができた。みなで話し合って、ロザリーの口を割らせるための舞台も準備できそうだった。
どうにか、ロザリーを救うための道筋が見え始めていた。それにもかかわらず、ユーグの顔は暗かった。
「……ずっと、誰にも言えずに悩んでいたのだろう。私は彼女の近くにいたのに、どうして気づいてやれなかったのか」
自分にとって姉のような存在であるジネットが同じようなことを言っていたなどと知る由もないユーグは、深くため息をつくとそのままうなだれてしまった。
ユーグの脳裏によみがえったロザリーは、何か言いたそうな顔をして目をさまよわせ、不安げに眉を下げていた。彼女のそんな表情を見るたび、ユーグは何かしてやりたいという衝動に駆られていたのだった。
彼は最初、彼女が慣れない敵国で戸惑っているからだと思っていた。しばらくして彼女が『幸福の瞳』だと判明した時、その体質のせいで見えてしまう黒い影が、彼女を怖がらせているのだと思った。
幸福の瞳について説明してやった時にロザリーが流した真珠のような涙の輝きは、今でもユーグの胸に強く焼きついている。彼女はようやっと長年の恐怖から解放されたような、そんな顔をしていた。
けれどその後も、彼女は幾度となく辛そうな表情をしていた。どうにかしてその苦しみを取り除いてやりたいとユーグは思っていたのだが、どんな手を打てばいいのかまるきり分からなかったのだ。
けれど今、彼の目の前には一つの手がかりが提示されている。おそらくロザリーの行動と言葉を封じていた、恐るべき死の呪い。その呪いから彼女を解き放つことができれば、きっと事態は大きく動くに違いない。
「私は今まで、知らずに彼女を苦しめてきた。その償いとして、私は全力を尽くす」
ユーグの決意は夜空に吸い込まれていく。けれど彼には、口には出さないもう一つの思いがあった。
ロザリーに笑って欲しい。もうこれ以上、苦しんでいるのを見たくはない。そうして今度こそ、策略も思惑も投げ捨てて、彼女と心の底から笑い合いたい。
「……けれどそのためには、呪いを解かなければな」
実のところ、彼はまだ思い悩んでいたのだ。自分の思いの強さは、ロザリーを救うに足るのか、と。もし足りなければ、自分は目の前で彼女を失うことになるのかもしれない。想像しただけで胸が引き裂かれるように苦しくなる。今まで味わったことのない恐怖に、ユーグは静かに身震いした。
そのまま彼は目を閉じて床に座り込み、壁にもたれる。ロザリーと初めて会った時からの数々の思い出を、ひとつひとつ思い起こしていった。きっとそうすることで、より思いを強くできるかもしれない。根拠などないその考えに、彼はすがっていた。
彼を照らす満月はやけに明るく、彼を励ますかのように力強く輝いていた。




