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32.(家族会議)

 マルセルがロザリーと出かけた次の日の真夜中、マルセルの部屋にカロリーヌとユーグが集まっていた。三人とも難しい顔を突き合わせたまま黙りこくっている。和やかな家族の語らいとは、程遠い光景だった。


「お待たせしました」


 そう言いながら部屋に入ってきたジネットも、三人に負けず劣らず険しい顔をしていた。彼女は抱えていた小さな包みを差し出すと、慎重に広げてみせた。


 中から出てきたのはロザリーが投げ捨てたあのペンダントと、一枚の紙だった。そこには死の呪いの紋様とほぼ同じものが描かれている。


「報告します。こちらのペンダントに隠されていたのは、致死量の猛毒でした。それと、こちらはロザリー様の胸にあった紋様の写しです。着替えを手伝う時に、少しずつ覚えては書き留めました」


「うわ、猛毒だなんて、これはまた剣呑な物が出てきたねえ。それでその紋様は、何だったのかな? もちろん、調べてあるよね」


 大げさに怖がってみせるマルセルに、ジネットは少しも表情を崩さずにうなずいた。


「こちらを宮廷魔導士に見せましたところ、『死の呪い』であると断定しました。特定の条件において発動し、彼女を死に至らせる呪いなのだそうです」


「どうして、そんなものが彼女の胸に……」


 ユーグが呆然とつぶやく。いつも穏やかなその顔は、はっきりと分かるほど青ざめていた。


「さすがにそれまでは分からないと、宮廷魔導士は言っていました。ただ、ロザリー様があの呪いをずっと隠そうとしていたことから考えると、深刻な事情があることは容易に想像できます」


「そうだねえ……ロザリーがまだ何か隠しているなあとは思ったから、適当に口実をつけてわざと二人きりになってみたんだけどね。どうやら思ったよりずっと、大変なことになってるみたいだね」


「あなたったら、普段はのんびりしているのに時々やることが大胆なのよねえ。事前に護衛を潜ませてしっかり準備しておいたとはいえ、万が一のことがあったらどうするつもりだったの」


「まあ、未遂に終わったんだから大目に見てよ。それにしても暗殺されかけるだなんて、さすがの僕も初めての体験だったね」


「でも、あの子が暗殺だなんて、まるで似合わないわ。わたしが護身術を教えた時だって、あの子はひたすら身を守ることしか考えていなかったんだもの。根が優しいというか、ちょっと気弱というか」


「……きっと彼女は脅されているのでしょうね。それならば、説明がつきます。父さんを殺さなければ死の呪いを発動させると、きっとそんなことを言われていたのでしょう」


 ひときわ沈痛な声でユーグが言う。彼の青い瞳は、伏せられたまつ毛にほぼ隠されてしまっていた。


 ジネットがそんなユーグに痛ましげな目をちらりと向けてから、きびきびと報告する。いつもの彼女からは想像もつかないほど事務的で堅苦しい雰囲気だった。


「もう一つ、お伝えしなければならないことがあります。昨晩ロザリー様は、部屋で誰かと話しておられるようでした。おそらく、何らかの手段でデルト側と連絡を取っていたのでしょう。デルトのフィリベルト王子の名が聞こえました」


「フィリベルト王子か……ちょうど、国境の向こうにいるデルトの兵が増え始めているって情報が入ってるんだよね」


 マルセルが眉間にくっきりとしわを寄せ、小さくうなる。


「デルトの軍の増強に、僕を暗殺しようとしたロザリー……ばらばらの出来事だとは、思いにくいね。たぶん、この件の黒幕はフィリベルト王子じゃないかな。ほら、彼女を和平の使者として送り込んできたのも彼だし」


「そうねえ、それならつじつまは合うけれど……もしそうだとしたら、最低の男ね」


「うんうん、そうだよねえ。それよりも気になるのは、彼女が毒のペンダントを捨ててしまったことなんだ。暗殺のためには、必要なものだったろうに」


「あら、本当だわ。あの子の腕前では、正攻法であなたを殺すことはできないし、ペンダントを捨ててしまったら、いったいどうやって暗殺するつもりなのかしら? あとは、色仕掛けで不意を突く、くらいしか思いつかないわね」


 マルセルとカロリーヌは、盛んに話し合っている。一方でユーグとジネットは、すっかり黙り込んでしまった。


「恐ろしいことを言わないでおくれよ、カロリーヌ。……ペンダントを捨てた直後のロザリーは、妙に晴れやかな顔をしていたんだ。あれは駄目な方向に覚悟を決めてしまった人間の顔だね」


「裏切りがばれて、自分が死ぬことを覚悟したって意味? それは確かに、駄目な覚悟ね。何とかしてあげられないかしら」


「うん、彼女は悪い子じゃないしね。いったいどういうことになっているのか、一度本人の話を聞いてみたいところだけど……ユーグ、ジネット、お前たちは何か聞いていないのかい?」


 マルセルの問いに、二人は揃って首を横に振る。ジネットは残念そうに、ユーグは心底無念そうに。


「だったら、別の角度から当たってみるのもいいかもしれないわね。死の呪いを解くことができれば、また局面も変わりそうだけど」


 カロリーヌが発した何気ない言葉に、ユーグがすっくと立ち上がる。彼はそのまま無言で部屋を飛び出していった。


「あれはもしかして、宮廷魔導士を呼びに行ったのかしら」


「そうだろうね。僕たちには呪いのことなんてよく分からないし。それにしても、こんな時間に叩き起こされる宮廷魔導士もかわいそうに」


 ユーグが出ていった扉の方を見ながら苦笑しているマルセルとカロリーヌの後ろで、ジネットがぽつりとつぶやいた。先ほどまでとはまるで違った、暗い声だった。


「……ロザリー様、最近とても楽しそうにしてらしたんです。ああ、恋しているんだなって、私は能天気にそう考えてました」


 ジネットが唇をかみ、うつむいた。気丈な彼女にしては珍しく、泣きそうな顔をしている。


「でもロザリー様は、きっとずっと苦しんでおられたんですね……時々様子がおかしいなとは思いましたけど、私、全然気づいてあげられなかった……誰よりも、彼女の近くにいたのに」


「ジネット、あなたは悪くないわ。悔しいのなら、その分これから彼女の力になってあげればいいのよ」


 カロリーヌが静かに告げる。いつも若々しい彼女からは、今は年齢以上の落ち着きと包容力のようなものがにじみ出ている。


「ありがとうございます、カロリーヌ様。そうですね、まだこれから頑張ればいいんですよね。……今弱音を吐いたのは、ユーグ様には内緒でお願いします」


「お前はユーグの姉貴分だからねえ。いいよ、内緒にしてあげるよ」


 マルセルが同意し、ジネットが微笑む。やがてユーグが一人の老人を連れて戻ってきた時、待っていた三人はもうすっかりいつも通りの表情を見せていた。




 リエルの宮廷魔導士は細身の老人で、深夜だというのに眠そうな顔一つ見せず、マルセルたちの問いにすらすらと答えていた。


「死の呪いを解くのはかなり困難ですな。解呪の途中で術者に気づかれる可能性が高いのです。そうなればきっと、術者たちは口封じのために呪いを発動させるでしょう。わしはお勧めしません」


「ならば、彼女があんな剣呑な呪いを抱えたまま苦しんでいるのを放置するしかないのですか」


 余裕がなくなっているのか宮廷魔導士に食って掛かりそうになっているユーグを片手で制し、マルセルがのんびりと尋ねる。


「落ち着け、ユーグ。だったら他に方法はないのかな? このままだと、いつ彼女が死ぬか分からないしねえ。放っておくのはどうにも後味が悪いんだよ」


「そうですね……呪いを分割するのが、一番安全でしょうな。うまくいけば、の話ですが」


「呪いの分割?」


 一斉に首をかしげるマルセルたちに、宮廷魔導士は順を追って語り始めた。


 死の呪いとは、発動する際に人一人分の生命力を奪い去る呪いであるということ。呪いを刻まれた者と他の者とを特殊な術式で結びつけることにより、奪われる生命力を半分ずつに分け合うことができるということ。そうすれば誰も、死なずに済むということ。


「ただ、一つだけ条件がありましてな。これが少々厄介なのですよ」


 呪いの半分を受け持つ者は、誰でもいいという訳ではない。呪いを刻まれた者のことを、強く思っている者でなければならないのだ。さもなくば、術式をかけることすらできない。


 そう説明した宮廷魔導士は眉一つ動かさずに、静かに言葉を締めくくる。


「一般的には親子か夫婦、もしくは恋人か……兄弟や親友でうまくいった例もありますが、稀ですな」


「でも、あの子の家族はみんなデルトにいるよねえ。デルト側に気づかれずに彼らに接触するのは、さすがに無理だね」


「だったらやっぱり、打つ手はなさそうですね……」


 マルセルがため息をつき、ジネットが膝の上に置いた手をぎゅっと握りこむ。カロリーヌはそんなジネットを慰めるように、彼女の肩に手を置いていた。


 部屋の中に重苦しい沈黙が満ちる中、突然ユーグが口を開いた。


「……私に、やらせてもらえませんか」

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