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「では、お世話になりました! 夏になったら、また来ますっ!」


「いや、来なくていいですよ。ロベルトお坊ちゃま」



 ロベルトの風邪が完治し、あれから1か月。

 3月に入り、寒さが少し和らぎ始めると、庭に植えた木々の枝にぽつりぽつりと花のつぼみがつき、あっという間に色づき膨らみだした。

 春がもうすぐそこまで近づいてきている。


 馬車に乗り込んだロベルトの顔は、私たちの頭上に広がる、青く澄み切った空のように晴れやかで。

 ここに来た頃とは打って変わって、人間らしい生命力あふれた、どこにでもいる普通の7歳の子どもになっていた。



「ロベルト! 手紙書いたよっ! 返事出してねっ!」


「テオっ! もう書いたのですか? じゃあ、あっちに着いたらすぐに手紙を出しますね!

 この屋敷あてに出しますから! 姉う……、ルーン! 僕からの手紙が到着したら、すぐにテオに渡してくださいねっ!」


「はいはい、承知いたしました」



 いつの間にか、ロベルトはテオとスイと仲良しになっていて。

 あれから毎日私と一緒に村はずれに行っては、みんなの輪に入り、剣を見よう見まねで練習し、なんと私と同じ刀を使いたいなどと言い出す始末。

 姉として弟に真似されるのは、嬉しいような、ちょっとこそばゆいような、何とも言えない感じである。


 直接ロベルトから聞いたことはないんだけど、ジルがテオから聞いた話しによると、ロベルトは私みたいに刀でかっこよく戦いたいのだという。


 ふふふ。

 直接言ってくれてもいいのに……。

 私が直接教えてあげるのに……、ふふふ。恥ずかしいのかしら、ふふふ。


 それと驚いたことに、ロベルトはテオに字を教えていた。

 テオはどうやら文字を覚えたり、計算するのが得意らしく、この間、ためしに私が前世の世界にあったローマ字を教えてみたら1時間足らずで覚えてしまった。

 ま、まあ23文字しかないし、若いし、1時間くらいで覚えられる……もんだよね。



「ロベルト、オレ、絵かいた!」



 スイもロベルトに何やら折りたたまれた紙を渡している。

 折りたたまれた紙を開き、ぱあっと顔を輝かせたロベルトは、胸に手をあて、顏を赤く染めた。



「ありがとうございますっ! 今度お父様に頼んで作ってもらいますねっ!」



 何を描いたんだろう。

 気になる……。


 さっきまで、男の子っぽい無邪気な笑顔だったはずなのに、少女漫画によくあるお花がパァっと顔の周りに出てきたような……、なんだろう、胸騒ぎがする。



「ろべると……、またやろーね」


「はい、オリヴィアっ! ユリアの新しい夏のドレスいっぱい持ってきてあげますねっ!」



 初対面でロベルトに平手打ちをかましたオリヴィアも、今じゃロベルトと仲良しだ。

 ただ、この間、二人がジェーンの部屋で遊んでいる時に、私は見てはいけないものを見てしまった気がする。


 その日は村はずれには行かず、昼過ぎにジェーンの手伝いで屋敷の掃除をしていたのだが。

 オリヴィアはいつもと変わらない、ユリアの可愛らしいドレスを着ていたんだけど。

 一緒にいた……、ロベルトも……


 なぜかユリアのドレスを着ていたんだよね……。


 あれは、見間違えだったのかな。

 声をかけるのも気が引けたし、楽しそうに遊んでいる二人に水をさすのも、なんだかなと思ったから、そのまま見なかったフリして掃除を続けてたんだけど。



 私にはロベルトが分からない……。



「そういえば、弟が王都に帰るってのに、お姉様は出てこないのか?」



 いらん事に気づいたのはガイである。

 私が初めてガイに怒鳴ってしまい、ガイが友達だっていうのを再確認した後。

 私はガイに少しだけロベルトの事を話した。


 あまり詳しく話すのもロベルトには悪いから、かいつまんでだけど。

 その時ガイは黙ってきいてくれて、「ていうか、お前、ここにくるまで友達いなかったのかよ?」と、悲しい現実を言い当てられ、凹む私に慌てて謝ってきたのは、今思い出しても笑える。



『今のお前なら、いくらでも友達できるだろ。お前がその気になればさ』



 と言ってくれたガイの言葉が、妙にストンと心に落ちた。

 そうか……『その気』になればか……、自分から歩み寄っていかなきゃ、大事なものって、作れるものも作れないよね。


 ガイからは大事なことを教えてもらった気がする。



「姉上は太っていて、外に出られないのですっ!

 だから、2階から1階に降りられないのですっ!

 僕は全然気にしていませんっ!」


「はぁ!? ちょっ、ロベルト……お坊ちゃま?」



 ガイの指摘したエルーナ不在の件を、どう説明しようかと考えていたところへ、助っ人は思いがけないところから現れた。



「ですよねっ! ルーンっ!」


「んぐっ……」



 ロベルトめ……、2階から1階に降りれないって……。

 さすがに過去最高BMIだった時だって、普通に昇り降りできてたから!

 ロベルトは調子にのったのか、にまあとした顔を浮かべ、



「で・す・よ・ね?」


「え……えぇ、左様でございます。ロベルトお坊ちゃま……」



 コヤツやるなあ……とロベルトを恨みがましく見つめる私。

 1か月足らずでこんなに人って変わるもんか? ってぐらいロベルトは前向きになった。

 しかも、今は刀を腰に三本も下げている。


 三刀流でもやるつもりなのかと冷や汗をかきながら、今朝、出かける支度をしているロベルトに聞いてみたところ、


「シャルルとカミーユにあげるのです。屋敷によんでみんなで剣を練習したいのです」



 複雑そうな顔をしていたけど、姉としてあえて困難に立ち向かうロベルトに拍手を送りたい気分になった。

 シャルルだけじゃなくて、カミーユともコミュニケーションを取ろうとしているロベルトに感服する。

 でも、さすがにカミーユは地雷なのでは……。



「大丈夫なの? カミーユとは……」


「はいっ! 僕を誰だと思っているのですか?

 シェルトネーゼ家の長男。ロベルト・エトヴァ・シェルトネーゼですよ?

 いざという時は、家を潰すと脅せばいいのですっ!」


 物騒な事を言うロベルトに私はぎょっとした。


 ……誰の入れ知恵だろう。

 決して私ではないんだけど……。


 ただ褒めてやりたいのは、ロベルトは真っすぐバカ正直に正義を貫いているのではなく、自分の価値を見極めて、それをどう使うかを決めたことだ。

 持てる武器は全部使ったほうがいい。使い方さえ誤らなければ。


 カミーユという子は一筋縄ではいかない気がする。

 果たしてロベルトに彼と仲良くすることなんて出来るのだろうか。


 いや、最初から決めつけちゃいけない。

 どんな結果になったとしても、ロベルトがどう思うかによって世界は変わる。


 10人中、9人がこれが最悪な状態だと決めつけても、残りの1人が起死回生の余地があると信じれば、それは希望の光となって未来につながるのだ。



「では、みなさん、お元気でっ!」



 嵐のようにやってきて、嵐のように去って行ったロベルト。

 次会う時にはまた少し大きくなって帰ってくるのだろうか。


 姉として弟の成長をつぶさに観察してきたこの数カ月。

 本当に立派になったなぁ。

 と、しみじみ感傷に浸っていると、突然ウォルフ先生が私の腕をガッとつかんだ。



「じゃあ、ロベルトも帰ったことだし、行くとするかっ!」


「えっ! ちょっ! ウォルフ先生! どこへ連れて行く気ですかっ!」



 ウォルフ先生はそのまま引きづるように屋敷の敷地から私を連れ出し、どこかへ連れて行こうとするので、私はすかさず抗議したのだが……。


 エマニエル伯父様もジェーンも、オリヴィアもみんなも何故か誰も何も言わない。

 え? なんで? 私どこに連れて行かれるの!?



「は? あー、そうか。ルーンにはまだ言ってなかったか。

 今日が初出勤って約束しちまったからなあ。とりあえず、みちすがら説明してやるよ」



 いや、説明してやるよ、とかそういうのじゃなくてですね……

 私にもスケジュールというものが……


 という心の声は届くはずもなく、とりあえず何をしに行くだけでも教えてほしい!



「初出勤ってなんですか!? 仕事しにでも行くんですか?」



 私が大きい声で叫ぶようにして言うと、ウォルフ先生が感心したように「おっ」と言って、



「さすが物分かりがいいな、ルーンは。その通り。今から町へ行く」


「町?」



 町での仕事って、もしかしてシェルトネーゼ家が所有する宿屋でなのだろうか。

 別に構わないけど。

 時給はいいのかしら?



「ああ、今から行く場所は主に医療品の卸売りしている商会だ」


「医療品?」



 診療所とか病院で使う物とかを扱う会社ってことか……。

 ん? シェルトネーゼ家と関係ない場所?

 なんで、私が……



「ユパナ商会って知らないか?」


「ユパナ商会っ!?」



 お父様に調査を依頼しているあのユパナ商会!



「そう。そこがな、ここんところ忙しくて人を募集してるんだよ。

 けどよ、なかなか事務ができる奴がいなくてさ、エマニエルじいさんにきいたら、

 ルーンが得意だっつーからさ」


「あんのやろ……。あ、へぇ、そうだったんですね」



 元凶はエマニエル伯父様かっ!!



「今そこの事務員さんが残業時間がやばくてさ。いつも0時過ぎまで事務所にいるらしくて、さすがにやばいって話になってさ」



 それ、ブラックですやんっ!



「え、ぼ、僕は残業しなくていいんですよね……」



 もしかして私も残業させられるんじゃないか……と思って、ウォルフ先生に恐る恐る尋ねてみる。



「まあ、20時ぐらいまではやってもらう日とかもあるかもしんねーけど。

 大丈夫大丈夫、ルーンはまだ若いんだからさ。てなわけで、今から行くぞルーン!」



 背中をバシンと叩かれ、喝を入れられる。



「そ、そんなあ……」



 ロベルトがようやく王都に帰ったというのに、私は急遽、あの怪しいと睨んでいたユパナ商会へ派遣されることになってしまったのだった。


ほっと一息、どうも、ぽぽろです。

いやはや、連投の件なのですが、ここはもう一気に読まないとダメなところだと思いまして、当初から連投予定でした。

ここまでお付き合いいただいた方、本当にありがとうございます。


感想欄、コメント欄などにつきましては、来週の月曜日にオープンしたいと思います。

(嗚呼、どうしよう……っ! どきどきしますっ!)


タイトルは今の流行にそっている感じですが、中身が全然ちげーなといった思念が飛んできそうな感じなのですが、この『悪役令嬢はダイエットして従者となる』は、皆さまの『ぽてち』になればいいなと思っております。


甘い過激な展開はなく、たんたんとしょっぱい展開ばかりが続きます。

ちょっと色気が出てきたか? と思ったら、風のように吹き飛ばされてしまいます。

ですが、甘いスイーツもずっと食べているうちに、だんだんとその甘さが感じられなくなってしまうのではないでしょうか。

そんな時に、こちらの『ポテチ』を口直しで食べていただきますと、麻痺した味覚を取り戻し、あの甘美で極上なスイーツのおいしさを再確認することができるのです。


ですので、この物語は皆さまにとっての、ポテチであり続ける所存でございます。

次話更新まで、時間が空きますが、活動報告のほうが始まりますので、興味のある方はぜひのぞいていってください。


では、また次話でお会いしましょう。


ぽぽろ

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