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ダメだ。ダメだ。ダメだ。
私がここで怒っちゃだめだ!
良い関係を自分からあえて壊しにいくなんて、そんなの絶対だめだっ!!
「お前の気持ち? そんなの……、分からねーよ。分かるわけないないだろ」
「分からないなら、きかないでよっ!
何も言わないでよっ!
助けてくれないんなら、助けようとしないでよっ!!」
「ルーン……!!」
もうこれ以上ガイと話す事なんて出来なくて、私は引き留めようとするガイの横を強引にすり抜け、廊下を走り過ぎ、階段を駆け上がった。
後悔と怒りが混ざり吐き気がする。
そのまま急いで自分の部屋に入ると、バタンと閉じた扉を背に、私は床にぺたりとしゃがみ込んだ。
最悪だ。
ガイに怒鳴っちゃった。
もう終わりだ。
自分がしでかしてしまった事の罪悪感で、目から涙があふれてくる。
なんで私はもうちょっと我慢できなかったんだろう。
私が、私さえ我慢すれば……
何事もなく、今までどおりの関係でいられたのに。
「ルーン! おいっ、開けろよ」
ドンドンと扉を叩くガイ。
なんで追いかけてくるんだよ……。
そもそも、私の部屋には鍵というものがないから、開けようと思えば入ってこれる。
言うつもりはないけど。
「なあ、ルーン。別に俺はお前を怒らせたかったわけじゃねーんだよ」
扉越しに聞こえるガイの声。
それでも私の耳にははっきりと聞こえていた。
何も返事をせずにいたのに、ガイはそのまま話し続ける。
「俺もちょっと言い方キツかったから、謝る。
ごめんな。でもさ、俺は嫌なんだよ。
お前がそんな浮かない顏して笑ってんのが、マジで嫌なんだよ」
「……」
「さっきも言ったけどさ。お前は強いよ。
もしかしたらこの国で一番強いやつになるかもしんねえ。
俺はさ、お前みたいになりたかったよ……。
助けたい奴を自力で助けられる力が、俺だって欲しかったよ。
でも、俺じゃ無理なんだよ。俺にはねーんだよ!
俺はお前がうらやましい!
お前は俺の憧れなんだよ!
俺にとってお前は英雄なんだよ!
ずっとずっと憧れていたお前が……、そんな弱弱しい顏してたら……
俺、どうしていいか分かんなくなるだろ。
俺は、何を目標にすればいいんだよっ!
俺、今のそんなお前見てると、すげー悲しいんだよっ!」
悲しいなんて……、勝手に悲しめばいいじゃないか。
私には関係ない。
私は特別なんかじゃない。
そんな『過剰な期待』背負いたくない。
「でもさ、もっと悲しいのは」
「……」
さらに続けるガイの言葉に耳をふさぎたくなる衝動にかられたが、じっとこらえる。
私が何をしてガイを悲しませたっていうんだよっ!
私はガイに何も悪い事なんてしてないじゃないかっ!
どうして、悲しいなんていうんだよっ!
「お前が何も言ってくれないのが、一番悲しいよ。俺じゃやっぱり、頼りないのか?
俺たち友達じゃないのかよ?」
「……」
友達という言葉に、さきほどロベルトと話していた場面が走馬灯のように蘇ってくる。
私はロベルトに何て言った?
友達の定義とは?
どうすれば友達って出来るの?
「友達なら頼れよ」
「……」
「俺だけ置いてけぼりにすんなよ……」
もし立場が逆で、ガイが困っている時、私を頼ってくれないのは、確かに悲しい。
自分の存在価値を認められていないようで、悲しくなる。
助けてあげたいって思う。
でも、自分が苦しい時。
そんな時は、誰かを頼っていいのか?
それが友達っていうものなのか?
一緒にいて楽しいだけが、友達ではないのかな?
苦しい時にともに一緒にいてくれるのも、友達なのかな?
でも、利用されたり、裏切られるのが怖い。
弱い自分をさらけ出したら、いつの間にか相手の意のままに動かされてしまう。
弱い自分を見せたくない。操られたくない!
『本当にロベルトの事を想ってくれる人のために、ロベルトはちゃんとその人のことを『見る』ことが必要になってくるんだよ』
人にあれだけ言っておいて、自分がこのザマだ。
あーあ、かっこ悪いな……。
本当に自分を心配してくれる人なんて、すぐには分からない。
だけど、私はガイのことを本当の友達だって、もう気づいてるはずなんだ。
ガイは……、ガイは私を本当に心配してくれている。
私の勝手な思い込みじゃない。
私はガイを都合のいい友達になんて思ってない。
「なんでも話せよ……、友達なんだからさ……」
私はもう少しで『本当の友達』をなくすところだったんだ。
自分の事でいっぱいになって、視野が狭くなって、何も分からなくなってた。
本当に大切なものは近くにあったんだ。
「ガイ……」
私は袖で涙を拭いてから立ち上がり、静かに扉をあけた。
扉の前には泣きそうな顔で笑っているガイの姿があった。
「泣くなよ……、泣きたいのはこっちだよ」
「……ごめん」
「謝るの禁止! つーか、俺たち友達だよなっ? お前は俺の事、友達だと思ってなかったのかよ?」
「……」
私が黙っていると、ガイは口を一文字に結び、むっとした顏をする。
正直、恥ずかしさと嬉しさが溢れてきて、私はガイをまっすぐ見れなかった。
「どーかなー……」
むず痒い気持ちが胸に広がって、私はぷいっとガイから顔をそむける。
ヤバイ……、嬉しくにやけそうだ。
「はぁ?」
「ガイがどーしても、友達になってくださいって言うんだったら、なってあげないこともないかな……」
「何、アリーみたいな事言ってんだよ。お前にそういうのは似合わねーんだよっ!」
コツンと肩を拳で軽くたたかれる。
仕方なくガイに視線を戻し、互いの目が合う。
ふっと笑ったガイにつられ、私も自然と頬がゆるんだ。
「にー? にぃぃぃぃーーーーー!!!」
私たちが廊下で騒いでいるのに気づいたのか、顏を少し赤らめたオリヴィアがジェーンの部屋から飛び出してきた。
そして、そのままガバっとガイの足に突撃をする。
「はっ!? おまっ! どうしてここにっ! ……って、そっか、ルーンの家に居候してるんだったな」
そう言ってガイは、オリヴィアを抱き上げる。
オリヴィアがガイに懐いているのを見るとちょっと妬けてしまうが、今はよしとしよう。
「ガイ……」
「ん? なんだよ」
オリヴィアに頬ずりをされ、「近いんだよ、お前もー」と顔をしかめているガイが目線だけこちらに向ける。
言葉ほど当てにならないものはない。
――…… けど、伝えなければ伝わらない。
私はガイをまっすぐ見て、心を込めてはっきりと言った。
「ありがとう」
ガイは私の言葉に目を丸くした後、苦笑いを浮かべた。
「バカじゃねーの。真面目に言うなよ、そこはさ」
いつの間にか私の心にあったモヤモヤしたものがなくなっていた。
なんか、すっからかんの、空っぽになってしまったような感じになんだけど。
でも、からっぽの空間に何か新しい芽のようなものが生えてきた予感がした。
自分自身の力じゃないと、立ち上がれない。
でも、立ち上がるきっかけは、『誰か』からもらわないと、ずっと私は下を俯いたままなんだ。
絶望に打ちひしがれて、地面ばかり見つめていた自分。
そんな私に声をかけ、顏を上げた先に世界が広がってくれているのを教えてくれるのは
自分以外の『誰か』なんだ。




