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 あの後、ロベルトがお腹が空いたと言うので、ジェーンに頼み消化の良いものを用意してもらった。

 昨晩から何も食べていないロベルトは、お椀いっぱいに盛られたオーツ麦のおかゆを、あっという間に全部たいらげてしまった。


 いつもは質素な食事にブーブー文句を垂れているのに、何も言わず、涙を必死に耐え、口の中におかゆをかき込む姿がいたましかった。

 今は客室でぐっすり寝ている。



 私はと言えば、ぐずぐずになってしまったメンタルにどうにか喝を入れ、萎えた食欲に鞭を打ち、ロベルトのおかゆの残りをジェーンにもらい、一人自室で食べた。

 食べ物が喉をなかなか通ってくれなくて、上手く飲み込めない自分に嫌気がさす。


 食後しばらくは、ベッドの上で無気力のまま、だらだらと過ごした。

 ジェーンは買い物。エマニエル伯父様は一階の書斎でお仕事。オリヴィアも風邪気味なのかジェーンの部屋で寝ている。


 静かな部屋。

 窓を閉め切っているから、鳥のさえずりすら聞こえない。


 もう午後の3時だ。

 この時間からアリーのところに行っても、すぐに暗くなっちゃうし、迷惑かな。

 でも、頭を空っぽにして体を動かしたい。


 急に落ち着かない気持ちになり、体中がムズムズして、行くだけ行ってみようという気持ちでベッドから起き上がる。

 2本の刀をそれぞれ左右の腰にさし、玄関へ向かう途中、見知った姿を見つけて私は思わず声をかけた。



「あれ……、ガイ?」



 それは、ずっと避けられているはずのガイで……



「げっ……」



 思いっきり嫌な顔をされ、一歩後ずさるガイ。


 先ほどロベルトに友達の定義をあれこれ垂れた私だけど。

 実のところ、私自身『本当の友達』なんてものは、今まで意識したことがない。

 ただ、一緒にいて楽しいと思える人は、このマルタナ村にはいっぱいいる。


 アリーやジル、ウォルフ先生にテオやスイ。

 エマニエル伯父様にジェーン、オリヴィアもそうだ。

 他にもたくさんいる。


 もちろん、ガイだって、その一人だ。



「珍しいね、ガイがここにいるなんて? 初めてじゃない? 屋敷にくるの」


「ま、まあな……、メイドのジェーンさんに連れてこられて……」



 気まずそうに顔をそむけるガイに、私は「そっかぁ! じゃあ、ゆっくりしていってね!」とニコっと笑みを投げかけ、駆け足でその場を後にした。



 無理やり笑顔を作ってはみたけど、やっぱり、気分が晴れない。

 一度、深い沼にはまった心は、どうあがいても、すぐには抜け出せないものなのだ。


 村はずれの皆にあっても、同じだろうな……、どうしよう、部屋に戻ろうかな……。

 こういう事は時間が解決してくれる。


 ガイにまた会うのが気まずくて、屋敷の庭でも散歩してから帰ろうと思った私は、広間を抜けてそのまま玄関へと向かった。



「お、おいっ……、ちょっと待てよっ!」



 玄関のドアノブに手をかけた時、向こうにいたはずのガイに呼ばれ振り返る。

 少し離れたところに、眉根を寄せ、口をへの字にしたガイが立っていた。


 なんだろう。

 機嫌が悪いのかな?

 でも、精神が消耗し脱力しきった私には、ガイにやさしい言葉をかけられる自信がない。


 私がそのまま微動だにせず、無言でガイを見つめていると、ガイが不機嫌な顔を隠そうともせず、吐き捨てるように呟いた。



「お前なんか、変だぞ?」


「え?」



 ギクリとしたが、私は平静を装った。

 変に心配されたくないし、言ったところでどうにかなる問題じゃない。

 これは私の心の問題で、別に何か事件が起きたとかではないのだから。


 よしんば話したところで、ガイにとっては迷惑だろう。



「なんか、あったんだろ? 言えよ」


「急にどうしたんだよ? ……別に? なんもないけど?」



 ガイの妙な勘の良さに、私は背筋が冷やりとするのを感じつつも、にこっと笑った。

 心は無だ。何も考えず、ひたすら口角を上げる。

 まるで自分じゃない、誰かになったみたいに、自分を作り上げる。



「おまえさあ、そういうとこが、調子狂うんだよ」



 ガイはわざとらしく大きくため息をつき、腰に手をあて、髪をくしゃくしゃかきむしった。



「そういうとこって……?」



 ガイのぶっきらぼうな態度がいちいち目につく。

 いつもは何とも思わないのに、何故か急にイラっとした気持ちが沸き起こった。


 こっちの気持ちも知らないで。

 何を分かったことを……。

 お前に、私の何が分かるんだよ。


 唇をきゅっと引き締め、胸に沸いた言葉を吐き出したい気持ちをぐっと抑える。



「なんでもかんでもさ。一人で背負って、何様だよ」



 ガイの言葉が、今一番私の触れてほしくないところをえぐる。

 一人で困難に立ちむかっている途中の人間に、その『辛さ』を、『何様』と言われる事。

 一人で背負って何が悪い。



 馬鹿にしてんのか?



「そりゃ、お前は偉いよ。強いよ。俺よりずっとさ。俺ばっかし助けられてさ。

 みじめだよ、正直。そんでお前はそんな顏してさ、自分でどうにかできますって顏してさ」


「……」



 抑えろ抑えろ抑えろ。

 なんで、イライラするんだ!

 子ども相手に大人気ないじゃないかっ!



「なんだよ。その湿気(しけ)たツラ……」


「……」


「あのさ……、お前。

 人のこと気にする前に、自分の事どうにかしろよ」



 ブチッ――……。



 私の中で張りつめていた何かが切れた。



「ガイに私の何が分かるってんだよっ!!!」



 我慢していたのに。


 とうとう、私の『ずっと我慢していた何か』が切れてしまった。

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