51
ロベルトの言葉と私の過去の記憶がシンクロして、心がどんどん深い闇に落ちていく感覚。
頭の中へ忍び寄ってくる何かを振り払うように、私は頭を左右に振った。
いけない! これ以上感情にのまれたらダメだ……っ!!
今は……、ロベルトの状況をどうにかするのが優先だ。
私は心を落ち着かせるために、一度だけ大きく深呼吸をした。
過ぎたことだと必死に自分に言い聞かせる。
少し時間が経ち、ロベルトの嗚咽がおさまった頃を見計らって、私はゆっくりと話し始めた。
「ロベルト……、シャルルと一緒にいる時は楽しかった?」
「……そんなの、分かりませんっ!」
「さっき大好きだったと言っていたよ? 大好きだったってことは、楽しかったってことでしょ?」
「知りませんっ!」
ロベルトの反抗的な態度につい苦笑してしまう。
たしかに、自分を嫌っている人間を好きになろうとするのは難しい。
だから、認めたくない。
自分は相手の事が好きなのに、相手が自分の事を好きじゃないという現実を、受けとめるのは誰でもつらい。
「ロベルトはどういう友達が欲しいの?」
「僕とずっと一緒にいてくれる、僕の事を好きだと言ってくれる友達が欲しいのですっ!
何でも言えて、何でも相談できて、僕の事を理解してくれる友達が欲しいのですっ!」
そうだね。そういう友達、欲しいよね。みんな、憧れるんだ……。
「僕の事を嫌いなんていう友達は、友達じゃありませんっ!!
僕の事を信用して、僕の事を信頼してくれる、本当の友達が欲しいのですっ!」
そうだね。それは、最高の友達だね。
でもね――……
それは、都合がいいんだよ。
それはロベルトにとって ――……
――…… ただの都合がいい人なんだよ。
誰でも、そう思うんだよ。ロベルトだけじゃない。みんな、そうなんだ。
――…… 私もそう。
「友達はね、一緒にいて『楽しい』と思った瞬間から友達になるんだ」
「……」
「もちろん、シャルルがロベルトと同じ気持ちかどうかは分からない。
例え、シャルルが『ロベルトと一緒にいると楽しい』と言ったとしても、それが本心でなければ、真実ではないんだよ。
分からないんだよ。他人の『本当の気持ち』なんて。
分かるのは……、自分の気持ちだけなんだ」
言葉ほど当てにならないものはない。
でも、みんな、それにすがって生きている。
「じゃあ、僕はどうすればいいのですか?
僕の事を嫌いといっているシャルルとこれからも仲良くするなんてできませんっ!
シャルルは僕の事が……嫌いなんです……っ!」
さらに枕を自分の顔に押し当て泣きじゃくるロベルト。
この小さな体で、必死に色々なものを耐えているのかと思うと見ていられない。
自分がロベルトだったら、もっと色々出来るのにと思ってしまう。
でも、これはロベルトが乗り越えなければいけない壁だ。
私がロベルトを背負ってその壁を越えては意味がない。
ロベルト自身で越えなくてはいけない壁なんだ。
「ロベルトはシャルルの事が大好きなんだね」
「……違います」
「シャルルの事が好きだから、『嫌い』と言われるのが嫌なんだ」
「違いますっ!!」
意固地になるロベルトの背中をやさしくさする。
そう頑なにならないで欲しいけど、頑固な性格は私も同じだ。
これ以上、シャルルに関する話は良くないと思った私は、話題を変えることにした。
「昨日の雪合戦は楽しかった?」
「ゆきがっせん?」
突然の話題転換にロベルトは枕からちらりと顔を出し、翡翠色の瞳を私に向けた。
私はロベルトの目の淵についた涙を、そっと親指の腹でぬぐってやる。
「テオとスイと一緒に雪を投げあってたんでしょ? 」
「あれは……、ゆきがっせんというのですか?」
「ここの子たちは、冬になるとみんなそうやって遊ぶんだよ」
「遊ぶ……、僕は遊んでいたのですか?」
遊んでいたという自覚もなかったのか……、では何を思って雪を投げていたんだろう。
ただ、無心に雪を投げていたのなら、ちょっとロベルトの将来が心配である。
「楽しかった?」
「……、そうかもしれません」
「テオやスイはどんな感じだった? その時」
「……」
昨日のことを思い出しているのか、ロベルトは視線を白いベッドのシーツに落とした。
無意識だろうか、唇を手でいじっている。
「怒ってた? 泣いてた? 笑ってた?」
「笑っていました」
「じゃあ、テオやスイは楽しんでいるように見えた?」
「……」
「ロベルトから見て、テオやスイが本当に楽しそうに見えたんなら、2人はロベルトと遊んで楽しかったんだね。
ロベルトと遊びたくて、実を言うと駒を持ってくる前に、一度屋敷に来たんだよ?」
「え……? 僕と……遊びたい?」
「そうだよ。遊びに来てくれたんだ。ロベルトと一緒に遊んだのが楽しかったんだよ」
もう、テオとスイの中ではロベルトは友達だ。
でも、お互いを友達だと証明するものなんて、この世にはない。
友達を証明するために、わざわざ契約書なんて書かないだろう。
「ロベルトと一緒にいるのが楽しいと、友達になりたいと思う子がいるんだ。
あの子たちをちゃんと見てあげて、ロベルト。
たしかに、みんながみんな良い人とは限らないよ。
嘘を言う人だっている。騙す人だっている。
でもね、ロベルトはこれからそういう人を、見分けなきゃいけないんだ。
本当にロベルトの事を想ってくれる人のために、ロベルトはちゃんとその人のことを『見る』ことが必要になってくるんだよ」
「僕が見分けるのですか……」
「そうだよ。お父様やお母様が選んでくれるお友達じゃなくて、本当の友達をロベルトは見つけるんだ。
自分自身の目でね」
畳みかけるようにゆっくりと言う。
どうか、私の言葉がロベルトの心に届きますように。
でも、世の中そんな簡単なものじゃないってのは、分かっている。
ロベルトは顔をくしゃっと歪ませると、怒ったように喚き散らかした。
「でも、僕はもう傷つきたくありませんっ!
また裏切られたら……。
もし、いなかったら……、僕のことを好きになってくれる人がいなかったらどうするのですかっ?
ほんとうに僕の事を好きだと思ってくれる人が、一人もいなかったらどうするのですかっ!」
「ロベルト……」
「助けてくださいっ! 姉上っ!! 僕を助けてくださいっ! お願いしますっ!
お父様も、お母様も、ユリアも……誰も僕を助けてくれませんっ!
苦しいのはもう嫌です……。
一人はもう嫌なんです……!
お願いします、姉上っ!!! 僕を助けてくださいっ!!」
起き上がり、私の腕に縋り付いて泣き始めるロベルト。
私はその小さく震える体に腕を回し、包み込むようにして抱きしめた。
それなら、ずっとこの地に住めばいい。
誰の悪意にもさらされることもなく。
嫌な事から全部逃れることができる。
今だけは。
私はベッドから立ち上がると、横になったままのロベルトの体を抱き上げ、壁に立てかけてある姿見の前まで抱えていった。
そして、落とさないようにゆっくりと床に降ろし、ロベルトの顏にかかっているボサボサの髪を手櫛でとかしてやる。
鏡の中には、両手で目を押さえ泣いて立っているロベルトと、ロベルトの頭に手を添えて立った私が映っていた。
「ロベルト、見てごらん」
「嫌ですっ! こんな姿の僕を見たくありませんっ!」
ロベルトは私のほうへ体を向け、私の足にひしと抱き着く。
私はその場にしゃがみ、泣いているロベルトの頬を両手で包み、泣きじゃくった顔を覗き込んだ。
「ロベルトは私に助けてほしいって言ったよね?」
「……」
「でも、ロベルトは……今まで誰かを助けたことはあるのかな?」
私の問いにロベルトは答えず、ただ目を閉じて、くしゃりと顔を歪ませ泣いている。
私はロベルトの額に自分の額を合わせ、目をつむり、祈るような気持ちで言葉を紡いだ。
「助けるほうもね、どう助けてほしいか言ってくれないと、分からないんだよ。
だからね、助けてほしかったら……、
まず、自分が『誰か』を助けてから、助ける方法を知って、それから『誰か』に助けてもらわなくちゃいけないんだ」
「今の僕に他の『誰か』を助けてあげることなんてできませんっ!!」
「そうだね。でも、それをやらなきゃ、助けてもらう方法をみんなに伝えることができないんだ。
ロベルトがまず『人生で一番初めに、助けてあげなきゃいけない子』はね……」
私はロベルトの頬を包んでいた手を下に滑らせ、その頼りなさげな肩に手をかけた。
そして、ゆっくりと体の正面を鏡のほうへ向ける。
鏡の中のロベルトは、目の周りが赤く腫れあがっており、見るからに痛々しい。
鼻水も、よだれも、溢れた涙も、何筋も線を描いて下へ流れ落ちていっている。
ぐしょぐしょになった己の顏を見て、ロベルトは目をぎゅっとつむると、肩にかけられた私の手を払いのけようと大きく身体をよじった。
「嫌ですっ!! 姉上! 離してくださいっ!」
「ロベルト……。
この子を助けてあげて欲しいんだ。
ロベルト自身の手で、この子を守ってあげて欲しいんだよ」
私は抵抗するロベルトの肩を少し強く掴み、鏡に映った『泣いているロベルト』を見せる。
「まずは、自分を守ってほしい。辛いことがあっても、何があっても、初めに助けるのは自分自身だ。
自分を知るんだよ、ロベルト。ロベルトがロベルト自身を知らなければいけないんだ。
どうすれば、ロベルト自身を守れるか、まず考えるんだよ」
泣いて倒れている人を助けようとしても、やはり最終的には、その人自身が力を出さないと立ち上がれない。
他人が助けたところで、足に力が入っていなければ、また崩れ落ちてしまう。
同じことを繰り返したところで、結果は同じなのだ。
誰か味方になってほしい
助けてほしいって願ってしまうのなら
ちょっと辛いけど、それは諦めてほしい。
私なんてこの世にいなくてもいいんだと思ってもいい。
とことん絶望してもいい。
堕ちるところまで、堕ちて堕ちて堕ちて
堕ちていって、もうこれ以上堕ちるところがないところまで堕ちた後
他の誰の意志や思惑の入ってこない、自分だけの、たった一人だけの空っぽな空間で
ようやく『本当の自分』に出会えるんだ
自分を知って、自分自身の足で、意志で、力で
何もないところから
どん底から這い上がった人間は……
――…… めちゃくちゃ強い 最強だ
筋肉モリモリの腕で、崖を這い上がる人の姿を想像しただろうか。
実際はそんなかっこいいもんじゃない。
実際は……、泣いて泣いて泣いて、苦しんで、そして泣いて。
恨んで恨んで全てを恨んで、一歩一歩前に進んで這い上がる。
いつの時代。
どこの世界にいたって。
それは同じなんだ。
画面の先の知らない誰かに縋って
アップロードされた心に響く歌に縋って
寂しさを紛らわせてくれる動画に縋って
いつ出れるか分からない真っ暗闇のトンネルを、ずっとずっと泣きながら独り歩いていくんだ。
這い上がった人間はかっこいい。
でも、這い上がってる途中の人間は
めちゃくちゃかっこ悪い。
でも、その前に。
這い上がる前に知っておいてほしい。
まずは……
自分の一番の味方は『自分』であることを知っていて欲しい。
自分を味方につけて、そして私たちは強くなっていくんだ。
「人生で一番最初に出来る友達は、自分自身なんだよ。
そして、最期の最後までずっと一緒にいるのも自分自身なんだよ。
最期になりそうな時でも、最後まであきらめずに全力で、
――……自分をそこから助け出さなきゃいけないんだよ」
まさか、この展開で後書きが用意されているとは思わなかった方々。
どうも、ぽぽろです。
ここまで私に付き合って読んでくださった方は、ひとつひとつの物語に対する探究心や、物事のすべてを真摯に理解しようとする心を持った、本当に素晴らしい方なんだなと私は思います。
読書がとても好きな方なんでしょうか? とても気になります。
本当にありがとうございます。
ここ数話、独りよがりになってしまってはいないかどうかが不安になり、物語に感情を移入させるため、BGMを皆様の頭に半強制的に流させる努力をしました。(後書きにて)
こいつなんかおかしくなったかな? と思われ、不気味に感じてしまった方、いらっしゃったらすみません。
必死でした。
駆け出しの私にはこれしかないんです。
こういう展開はやっぱり、BGMが欲しいんです。
そして、あとがきをここまで読んでくださった方々は、なんとなく、予想されてる方もいらっしゃるのではないでしょうか?
そうです。2章がそろそろ……終わ……。
終わらないんです。あともう2つほど展開がありまして、
ですが……まだ1文字も書いてません。
こいつらまだ王都行かんのかい、と思われると思うのですが、同感です。
また、何週間かお時間を頂くと思います。
(次の新展開からはここまでポエーミーになることはないと思いますので、あと数話だけ私の事をポエーミーぽぽろとお呼びください)
そして、この後ですが、あと2話ぐらいありまして、その後にまた恒例の閑話がございます。
引き続きお付き合いいただければと思います。
では、なぜ連投しやがったこの野郎という質問はまた次の次のあとがきにて釈明をさせていただくことにしまして、次話でお会いしましょう。
ぽぽろ




