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 書斎奥、ちょうどエマニエル伯父様の机の後ろにある、上げ下げ窓の枠の下のほう。

 ひょっこりと出ている、丸っこい、赤茶色の毛むくじゃらの物体が二つ。

 小動物か何かのように、小刻みにわさわさと動いている。

 

 あの毛の色……、なんか見たことがあるような、ないような……。


 しばらく、そのままじっと見つめていると、肌色の小さな手が下からにゅっと出てきて、コツコツと窓ガラスを叩いた。



 あれは……、もしかしてっ!



 私は恐怖で震えるエマニエル伯父様の横を通り抜け、窓に近づき窓枠に取り付けられている鍵を外す。

 下半分のガラス窓を上にスライドして開け放つと、冷たい外気がひゅーと頬をすり抜けた。



「テオと……スイ!?」


「こんにちはー」

「こんちあーー」



 窓の外にはテオとスイが2人並んで、こちらを見上げて立っていた。

 あたりを見回してみたけど、アリーやガイ、ジル、ウォルフ先生の姿はない。

 どうやら、2人だけで来たようだ。



「どうしたの? なんかあった?」



 幼い子ども2人だけで、この屋敷に来るなんて、異常事態だ。

 もしかして、ウォルフ先生やアリー、ガイやジルに何かあったのだろうか……。


 考えられうる限りの最悪なケースを想定しようとした時、テオが無邪気な笑顔で私に話しかけてきた。



「ロベルトいるー?」


「ん? ロベルト?」



 はて、なぜロベルト? と私が首を傾げていると、今度はスイのほうが無表情な顏と抑揚のない声で、



「あそぶ! ロベルトとあそぶ!」



 と両手を上げてジャンプをしながら言った。

 『遊ぶ』という単語に、私は合点がいった。

 むひひと思わず口元を緩んでしまう。



 なんだ、ちゃっかり友達になってんじゃーん。



 私は上に押しあげた下半分の窓を固定させ、下のサッシに組んだ両腕をのせると、テオとスイの目線近くまで顔をおろした。



「ロベルトはいるんだけど、風邪ひいちゃってね。また今度遊びに来てくれる?

 テオとスイが来たことは、ロベルトには伝えておくから。ありがとね」



 私がそう言うと、白い吐息を吐きながらテオとスイはお互いの顔を見合わせ、テオのほうから、



「ロベルト風邪だって」


「かぜ?」


「熱がでるやつ」


「きらい」



 という言葉が交わされた。

 大人も子どもも誰でも風邪は嫌いだよね。


 うんうんと私が一人納得していると、テオとスイは「またくるー」「くるー」と言って駆け足で去ってしまった。


 ロベルトの調子が良くなったら、また村はずれに連れて行くとしよう。

 心がぽかぽかするのを感じつつ、自分の机に戻ろうとしたんだけど……。

 いまだに床にしゃがんで、縮こまって震えている背中が目に入り、頭が痛くなる。



「伯父様……? 幽霊ではなく、子どもでしたわよ? いつまで机の下に隠れているんです?」



「えっ!? 子どもの幽霊だったの!? でも、夜のうめき声は人間じゃなくて、猛獣みたいな雄叫びだったけど」



 ……、誰が猛獣じゃっ!!



 〇 〇 〇



 元アサシン、ジェーンによる地獄の猛特訓を終え、あと1時間ほどで昼食の時間。

 息も絶え絶えになっている私のところへ、青い顔をしたエマニエル伯父様が「はい」とだけ言って、丸めた布を渡してきた。


 手のひらにちょうど収まる大きさの布は、ところどころ土がついて茶色くなっている。


 なんだろう……。

 変なものでも入っているのだろうか……。

 もしや新手の嫌がらせかな?


 受け取り、布ごしに触れた感触は、なんか丸っこいゴロゴロしたものが入っている感じ……。

 なんだ、これ……、石?



「ロベルトに、テオとスイからだよ。また、窓の外からやってきてね」



 あ、なるほど。また来るーっの『また』ていうのは、今日の今日だったのか。

 でも、伯父様、さっきからボサボサの髪を手でおさえているけど、何かあったのかな……?

 まさかコツコツと音がしただけで怖くなり、頭をかきむしったのだろうか……。


 え、何それ逆に怖いよ。



「ありがとうございます、伯父様。これは……」



 布を広げてみると、そこには長細いドングリや、丸っこいドングリが4、5個入っていた。

 頭の帽子みたいな部分は綺麗にとられ、つまようじみたいな細長い木の棒が刺さっている。



「ドングリの駒みたいだね。一人で寂しいだろうから、作ってくれたみたいだよ」


「テオ……スイ……っ!」



 なんていい子たちなんだろうっ!?



「では、わたくしは早速ロベルトにこれを!」


「うん、そうしてあげるといい。あ、でもその後でもかまわないんだけど……」



 急いで客室のある2階へ駆け上がろうとした私を、呼び止める伯父様。

 なんだろう。他にも何かあるのだろうか。


 エマニエル伯父様はバツの悪そうな表情を浮かべ、頬をぽりぽりと掻いた。



「机の下にもぐったら、上に置いていた書類が、全部床に落ちてしまってね。

 エルーナ……、後でもいいから、片付けるのを手伝ってもらえないだろうか」



 うっ……、もしや、伯父様はテオとスイをおばけと勘違いし、机の下にもぐり、その後、机から出ようとして頭をぶつけたのだろうか。

 だから、頭がぼさぼさで先ほどから仕切りに頭を押さえていたのか。


 うーん、伯父様の自業自得では……。

 いやだなあ、とは思いつつも、伯父様の頼みを断るのは気が引ける。


 いつもお世話になってるし……。

 あれ? お世話してあげてるほうが多い気がするのは何故だろう。



「わ、わかりましたわ、伯父様」


「あ、それとさっきその崩れた書類の中からね、この間エルーナが探していた納品書が見つかったんだよ!

 もう少しで見過ごしてしまうところだったね! よかったよかった!」


「えぇっ!!!」



 お前が持ってたんかっ!!

 再発行出来るってことで、もう頼んじゃった後じゃないかっ!

 もう少し早く見つけてくれれば……。



「じゃあ、エルーナっ! またあとでね!」



 私は颯爽と去っていくエマニエル伯父様を恨みがましく見つめ、その背が書斎の中へ消えていくまで立ち呆けていた。



「今度からエマニエル伯父様の机を定期的にチェックしなきゃ……」



 ひとりごちるように呟き、私は重い足取りでロベルトのいる部屋へ向かうのであった。



〇 〇 〇



 コンコン



 扉をノックしても応答がない。ロベルトのやつ、まだ寝ているのだろうか。

 私はそーっと音をたてないように、他の部屋より重厚に造られている客室の扉を開けた。



「入るわよ、ロベルト」



 返事はないが、カーテンの閉じられた薄暗い部屋の中、ベッドで横になっているロベルトの小さい背中が見えた。


 やっぱり寝ているのだろうか。

 それとも狸寝入りだろうか。

 もう時刻は11時を少し回っている。



「寝てるの? ロベルト? さっき、テオとスイが来てたわよ」



 私の言葉に反応して、ロベルトの肩がぴくっと動く。


 うん、起きてるな。


 私は部屋に入ると、隅に置かれた丸椅子を掴み、ロベルトの寝ているベッドの横に置いた。

 寝ているロベルトを見下ろすが、薄暗いせいで顔がよく見えない。

 私は窓のほうへ体の向きを変え、閉め切っているベージュのカーテンを掴んだ。


 天井から吊るされた2枚の布の境目から、きらきらと光が漏れている。

 ちょうど顔のど真ん中に当たる光の眩しさに、目がくらみながらも、私は中央から両脇へシャッと勢いよくカーテンを開いた。



「今日はいい天気よ。ロベルト」


「……」



 後ろを振り返りロベルトのほうを見てみると、ロベルトは太陽の光が眩しいのか、目を細めてこちらを見ていた。

 だが、口元は不機嫌そうにむっと口を尖らせていて……。

 なんともまあ……、生意気そうな顔をしている。



「調子はどう?」



 私が丸椅子に座ると、ロベルトはぷいっと顔を枕にうずめてしまった。

 まだ調子が悪いのだろうか。でも、昨日屋敷に戻ってきた時よりかは、だいぶ顔色はいいけど。



「テオとスイがロベルトに駒作ってきてくれたのよ?」


「……いりません」



 枕越しにくぐもったロベルトの声は、少しかすれていて、鼻声っぽい。

 まだ完全には治ってないんだな。



「どうして? せっかく作ってくれたんだから、ここに置いておくからね」



 私はベッドの横にある小物机に、布から出した駒を置いた。

 コロコロと転がる大中様々な形の駒。

 窓から差し込む太陽の光を反射し、光沢のある茶色の表面がキラキラと輝いている。


 私も子どもの頃、よくドングリ拾ったなあ。

 ドングリの中にうにょうにょの白い虫が入ってて、よく悲鳴をあげてたっけ。


 今の時期どんぐりなんてもう落ちてないはずなのに……。

 もしかして、リスが冬支度で秋の間、せっせこせっせこ土の下に埋めたドングリを掘り返したのだろうか……。

 泥だらけになってドングリを探すテオとスイを想像すると、微笑ましい気持ちになる。



「せっかく友達できたんだから、早く治して、また村はずれに行きましょう」



 私は椅子から立ち上がり、足元までずり落ちている布団をロベルトにかけてやる。


 どんぐりも渡せたし、あまり長居しても悪いだろうから、そろそろ出るか。


 布団をかけ終えて、私はその上からロベルトの体をぽんぽんと2回叩き、自室に戻ろうとドアのほうへ向かった、その時……



「なんで、友達なんですか?」


「え?」


 

 あまりにも小さな声で言われたので、最初は空耳かと思ったけど、



「いつから僕たちは友達になったのですか?」



 はっきりと聞こえた言葉に、私は足を止めた。

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