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 私の言葉にこくりと頷くロベルト。


 少々卑怯なやり方だけど、ロベルトが言う通りにしてくれるんなら、それでいい。

 ちゃんと忠告ができなかった自分に少し自己嫌悪が残るが、ここでロベルトと平民の服うんぬんで言い争っても仕方がない。

 寒空の下、無駄に凍えさせる時間を長引かせるだけだ。


 でも……、本当はロベルトに、人を見た目で判断するなと言いたかった。

 たとえどんなに着飾っていても、中身がクズなヤツらはこの世の中に多いのだと……。


 今は無理でも、ロベルトにはいつか『ボロボロの服の平民』、『キラキラの服の貴族』という概念を捨ててほしいと思っている。


 姿形にとらわれず、その人の中身を見れる人になってほしいと思う。

 ロベルトに限らず、この世界の人がそうなればいいのになと。

 まあ、綺麗ごとだけど。


 ロベルトがだいぶ温まったところを見計らって、近くにあるウォルフ先生の家へ連れていった。

 テオの服に着替えさせ、慣れない平民の服に居心地悪そうにするロベルトをおぶって屋敷へ帰ったんだけど……


 案の定、ロベルトはその日の夜に高熱を出して寝込んでしまったのだった。



〇 〇 〇



「ねーこ? いーぬ?」


「うんうん、上手上手!」



 ロベルトの看病をジェーンに任せてしまったため、私はその夜、一人が怖いというオリヴィアの面倒をみていた。

 ランプの光に照らされた室内。

 オレンジ色に染まったジェーンの部屋は、昼間に見た時よりも、ほんわかとした温かみが感じられた。

 ベッドの上にオリヴィアと2人並んで座り、昔買ってもらった子ども向けの絵本を眺める。


 そこそこきれいな保存状態だった。

 エマニエル伯父様は私やユリア、ロベルトの私物を捨てずにとって置いてくれていたのだ。

 いや、片付けていないだけ、かもしれないんだけど。



「たいよう、くーも、あーめ、かーぜ、ゆーき」


「うまいねー、オリヴィア。覚えるの早いね」



 ジェーンは暇を見つけてはアスタナで使用されている言葉をオリヴィアに教えていた。

 簡単な単語なら、だいぶ言えるようになってきたみたいだ。



「かーぜ!」



 オリヴィアが元気よく大きい声でそう言うと、ひんやりとした風が頬を撫でた。

 風の吹いてきたほうを見てみると、窓の両脇に寄せられたカーテンが、窓の隙間から入り込んでいる風に揺られ、小さくなびいている。


 私はベッドから立ち上がり、カーテンを閉めようと窓辺に近づいた。

 すると窓ガラスに映ったオリヴィアがこちらを指さして、



「ゆきっ!」



 と叫ぶので、はて、今日は雪だったっけ? と思って、窓ガラス越しに外を覗いてみたけど、外は真っ暗で雨すら降っていない。



「雪? 降ってないよ?」



 私はオリヴィアのほうを向き、違う違うと首を横に振る。

 だけど、オリヴィアは窓を指をさしたまま「ゆきっ! ゆきっ!」としきりに言うので、もう一度窓の外を見ようとした時、窓ガラスにうつったオリヴィアとカチッと目が合った。


 窓ガラスに反射したオリヴィアの指先を追っていくと、私の頭を差していた。



 雪っぽいかもなあ……。



 窓ガラスにうつった私の髪は、雪のようには見えないが、後ろに束ねた髪を掴み見てみると、たしかに雪のように白くキラキラしている。

 真っ白というわけではなく、少しグレーがかった髪はキラキラと光を反射して、見ようによっては銀色にも見える。



「ああ、これかっ! たしかに、雪っぽいよね。良く気づいたね、オリヴィア」


「ゆきっ! すきっ! ゆきだるまっ!」


「うっ……」



 なんか一瞬、ロベルトとユリアの描いたあの絵を思い出してしまった。

 茶色のハンバーグっぽい絵だったけど、形状はちょっと雪だるまにも似ていた。


 いや、今の私は雪だるまに形容される外見ではないから大丈夫……。

 大丈夫なはずっ!


 涙目になりかけたところで、扉をノックする音が聞こえ、私は情けない声で返事をした。



「はい、どうぞ」


「お嬢様、オリヴィアの面倒をありがとうございました」



 開かれた扉から静かにジェーンが入ってくる。

 肩を落としていた私だが、気を取り直してジェーンに笑顔を向けた。

 


「いいよ。私も楽しかった。ロベルトの調子はどう? 今、私が行っても大丈夫かな?」


「たった今、ようやくお眠りになったところで、できればあまり物音は……」


「そっか……、じゃあ、明日、昼食前にちょっと顔をだそうかな」


「そのほうがよろしいかと思います」



 ジェーンはオリヴィアのほうへ近づき、その赤毛の頭を撫でる。

 オリヴィアは私があげた絵本を嬉しそうにジェーンに見せた。



「あ、それオリヴィアにあげるよ。私はもう読まないし」


「よろしいのですか?」


「うん、オリヴィアが喜んでくれるなら」



 ジェーンが深々と頭を下げるので、そんなことで頭下げないでと慌てる私に、オリヴィアはまた「イノーイノー!」と中指を立てて見せた。


 これはたしか「まあまあ、グッジョブ」みたいな感じの意味らしい。

 良い意味らしくてよかったが、前世の記憶からかどうしてもマイナスのイメージをぬぐえない。


 私はジェーンとオリヴィアに別れを告げ、ジェーンの部屋を後にし、そのまま真っすぐ自室に戻った。



 明日にはロベルトの調子も良くなっているといいんだけど。



 〇 〇 〇



 翌朝。

 いつものようにエマニエル伯父様の仕事を手伝っている時の事だった。



 コツコツ



 ん?


 なんか、音がする。なんだろう。

 そう思って、書斎の中を見渡したけど、何もおかしいところはない。

 エマニエル伯父様は手元の書類に集中しているようで、気づいていないみたいだ。



 コツコツ コツコツ



 今度はちゃんとはっきり聞こえた。しかも、先ほどよりも少し大きい音になっている。

 ど、どこから聞こえる音なんだっ!?



「え、エルーナ……、僕はちょっと席を外してもいいかな?」



 青い顔をしたエマニエル伯父様が席を立った。


 いや、真昼間から出るわけないでしょう。

 ていうか、夜のアレも私の成長痛のうめき声なんだけど……と、内心エマニエル伯父様のお化けギライも筋金入りだなとあきれつつ、視線を伯父様の背後に移したその先に……



「げっ……!」



 私は思わずうめき声をあげた。

 同時にエマニエル伯父様が「ひぃぃぃ!!!」と叫び、頭を押さえ、その場にしゃがみ込んだ。



 な、なんだっ、あれはっ……!?


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