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「ロベルトお坊ちゃまーーーー!!」


「ロベルトくーん!」


「ロベルトー!」



 私、アリー、ウォルフ先生、そして、その場にいた男の子たち総出で辺りを探し回ったんだけど……。



「いねえなあ。つーか、テオとスイの奴もいないってことは、もしかして3人でどっか行ったんじゃないか?」



 額にうっすらと汗をにじませたウォルフ先生が、今は葉も枯れ落ち、真っ裸になった落葉樹の広がる方角を見る。

 向こうは除雪されていなくて、白い地面が延々と続いていた。


 林の奥は崖もあり危険な場所だ。イノシシ以外にも熊だって出る。

 まさか寒いのが苦手なロベルトが、(みずか)ら雪に埋もれるような真似をするはずがないと思い、無意識に避けていたのだが、探していない場所といったら、そこしかなかった。


 屋敷に帰っているという期待はハナからしていない。

 なにせロベルトは今日初めてここに来たのだ。

 帰る道順なんて、よほど記憶力がよくなきゃ覚えていないだろう。


 あれから30分くらいは既に経っている。

 屋敷を昼過ぎに出たけど、いつもの倍以上の時間をかけてここへ来たので、もう辺りはすっかり夕焼け色に染まっていた。


 屋敷に帰ってエマニエル伯父様に報告すべきか? とウォルフ先生に提案しようと、本格的に焦りを感じ始めた時。



「あっ! あれ、ロベルト君じゃない? テオとスイも一緒だ!」



 アリーが突然、木々の間を指さし叫ぶ。

 すると、向こうのほうから小さい影が3つ、テコテコテコテコと、こちらにやって来るのが見えた。



「ロベルトっ!!!」



 私はその姿を視界にとらえるやいなや、転げるように駆け寄り、ロベルトの前に膝をついた。

 どこか、怪我はないかと急いで確認する。

 ペタペタ触る私にむすっとした表情のロベルトは、何も言わず、ただ黙って俯いている。


 見ればコートのあちこちに真っ白な雪がついており、ファー付きの帽子を脱いだ頭からは水滴がぽたりぽたりと(したた)っていた。

 左手にあった手袋はなくなっており、指先がコートの袖から申し訳なさそうにちょこんと出ていた。

 しもやけで真っ赤に腫れていて、見るからに痛々しい。


 鼻水の垂れた鼻の頭も、ぷっくりと膨らんだほっぺも、熟れたリンゴのように真っ赤で……。



 さては……、遊んでたな……コイツ。



「ごめんなさい! 僕たちが連れて行ったの。ロベルトは悪くないよ!」



 テオがしゃがむ私の横に駆け寄り、ひんやりと冷たい小さい手で私の腕をつかむ。

 スイもテオの後を追いかけるようにやって来て、反対側の腕をつかんだ。



「オレいっぱい、ゆきなげた!」



 もしかして、私が怒ってロベルトに殴りかかろうとするのを阻止しているのかな……。

 そんなバイオレンスシスターもとい、バイオレンス従者? じゃないよ、私っ!

 私って、一体この子たちから、どういう目で見られているのっ!?



「分かったよ、テオ、スイ。とりあえず風邪ひいちゃうから、あっちに行って温まろう。

 ほら、ロベルトお坊ちゃまも、あちらで暖まりましょう」



 私はゆっくりと立ち上がり手袋をはめていないロベルトの手を握った。

 氷のように冷たい手に、ブルっと体が震えるが、少し経つと私の体温がうつったのか、それとも私が冷たさに慣れたのか、温度差を感じなくなった。


 そのまま私は焚火のある場所までロベルトを連れて行く。



「おお、良かったな! 見つかって。服が濡れてるな。着替えるか?」


「そうですね。もしお借りできるんでしたら、借りてもいいでしょうか?」



 ウォルフ先生と一緒に住んでいるテオやスイの洋服だろう。

 帰ったらちゃんと洗って、返さなくちゃ。



「いやです。僕は平民の服なんて着たくありません!

 僕はシェルトネーゼ家の跡取りなんです。なんでそんなボロボロの洋服を着なくてはいけないのですかっ!

 そんな服を着て外を出歩くなんて、恥ずかしいですっ!

 早く、屋敷から替えの服を持ってきてくださいっ!」



「ロベルト……お坊ちゃま」



 これは一発、ガツンと怒ったほうがいいのかな。

 でも、私は怒るという『行為』はあまり好きではない。

 そういった事に対して、引け目を感じてしまう性格なのだ。


 何を『根拠』に、人より『上の立場』に立って、物事を、自分の感情を、相手にぶつけなきゃいけないのだろう。


 ストレス発散か? 

 自分が相手より優れていることを誇示するのは楽しいか?

 他人が無様に頭を垂れ、悔しい顔を浮かべているのを見るのが、そんなに楽しいか?



 そういう人もいるかもしれない。

 でも、私は違う。

 私はそんな愚か者ではない。


 私はたぶん、そういう『愚かしい』人じゃなくて、ただの『卑怯者』だ……



 怒ることによって、もし自分が『怒られた相手』と『同じ行動』をしてしまった時に、自分が不利になるって分かってるから怒れないのだ。

 人に叱っておいて、自分が同じことをするのか? と後ろ指を差されることを怖がっている。


 きっと、だから私は人を怒れない。


 でも、分かっているのだ。

 ダメなものはダメと言ってあげなくてはいけない。

 たとえ、言われた相手から自分が嫌われようとも。私が嫌われ役になろうとも。


 相手の命がかかっている重大なことはもちろん、小さなミスだってその人にとっては、これからの人生に何らかの影響を及ぼすことになるかもしれない。



 それは『その人』のためであって、『自分のフラストレーション』を吐き出す目的ではない。



 それをちゃんと理解してこそ、『叱る』っていう行為は、初めて成り立つ。


 ……ていうのは、分かるけどさあ。

 そんなの上手くできたら、もっと良い人生歩んでたっつーの。


 というか、『あなたの為を思って言ってるのよ』なんていい人ぶって、『善人』面するお節介なヤツも私は好きではない。



 さて、どうするべきか。



「ロベルトお坊ちゃま」


「……」



 私は寒さで小さく震えるロベルトの両肩に手をかけ、目を合わせるようにロベルトの顔を覗き込んだ。

 ロベルトは私の視線を避けるように、横にふいっと顔をそむける。



「この間、わたくしはジュリアス殿下にお会いしました」


「え? ジュリアス殿下に?」



 ロベルトの険のある表情が一瞬にして緩み、パッとこちらに顔を向ける。

 その目は興味深々と言った様子で、私の言葉の続きを待っていた。



「はい。ゴフタナ村の剣術大会に、殿下は参加されていたんですよ」


「で、殿下が剣術大会に! 殿下は剣が得意だときいています!」



 ロベルトの翡翠色の瞳がより一層爛々(らんらん)と輝く。




「えぇ、2日目の本戦まで進んでおられました。

 結果は2位でしたが、本来は12歳からしか出場できないのに、18歳までの男性が出場する大会で、9歳で出場され、見事2位だったのです」


「すごい……!」



 出場資格を持っていないのに、出場したという恨みと、2位ということをさりげなく強調する。

 でも、ロベルトにはそんな些細な事は関係なくて、殿下がとてもお強いということだけに興味をそそられたようだ。


 ユリアが殿下の婚約者となり、お父様、お母様の関心がユリアに傾いると思っているとはいえ、ロベルトは殿下の事を、昔から憧れの対象として慕っていた。


 ユリアと殿下が結婚すれば、もともと親戚筋だったけど、さらに近い関係になるのだから、その点に関しては喜んでいるのではないだろうか。



「その時のジュリアス殿下のお召し物は、平民が着ているものと全く同じものでした。

 もちろん、この国の王子ということを隠していましたから、当然といえば当然ですが。

 殿下でさえ、時と場合によっては、平民の格好をすることをいとわないのです。

 たとえ擦り切れ、泥のついた平民の服をお召しになっていても、ジュリアス殿下はそれそれは凛々しく、立派なお姿でございました」


「えっ……」



 少し脚色してしまったが、殿下の平民服はそこそこ質がいいものだった気がする。

 ましてや、穴なんて開いてはいない。

 だけど、そんなのは実際にジュリアス殿下を見た私やアリーにしか分からない。


 ありがたいことにアリーは黙って私たちの様子を見守ってくれている。



「この国の第一王子であるジュリアス殿下が平民の服を着たことを、ロベルトは恥ずかしいこととお思いですか?」


「ぼ、僕は……」



 ぎゅっと握った赤い手を胸に、ロベルトは考え込んでしまった。

 自分の尊敬している殿下の行為をロベルトは否定できるのか……。



「じゅ、ジュリアス殿下が着たのであれば、僕が着ないわけにはいきませんっ!

 僕は平民の服を着ますっ!」


「わかりました……では、少しここで暖まってから、着替えましょう。

 ということなんで、ウォルフ先生、出しといてくれます?」


「同じ敬語なのに、俺に対する扱いがひでえような気が……。

 じゃあ、温まったら俺の家に来い。

 それとお前……、ジュリアス殿下って……?」


「ロベルトお坊ちゃま! 風邪をひいてしまいますので、まずそのびちょびちょのコートを脱ぎましょう!」



 何かを言いたそうにしているウォルフ先生の言葉を遮り、私は急いでロベルトのコートを脱がせた。

 水を含んで重くなったコートを椅子の上におき、燃えない程度の距離で乾燥させる。

 背中のほうが寒いのか、ロベルトが火に背を向けようとしたので、私は後ろからロベルトを包み込むように抱きしめた。


 腕の中で震える体は小さくて、偉そうな口を叩きはするが、やはりまだ子どもなのだなと実感する。

 私は寒さで縮こまるロベルトの耳元に顔を近づけ、そっとささやいた。



「殿下は着る服で人を判断するような方じゃないのですよ、ロベルトお坊ちゃま。

 ロベルトお坊ちゃまもそういう人になってほしいのです」


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