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エマニエル伯父様にロベルトの言う『学園』の事をきいてみたところ……。
どうやら本当に存在するようだった。
ただ、3か月という短い期間で、環境が合わなかったり、体調を崩したり、家庭の事情で続けられなくなった場合には途中退学を認めるという、とても規則の緩いものであった。
今年の4月から6月という、比較的過ごしやすい時期に、王都や近郊に住んでいる貴族の男児を集めて合同合宿を開催するらしい。
王家主催で、ヘイゲル宰相が指揮を執っているという。
今は使われていない離宮を改築するそうで、王宮の敷地内のため、セキュリティーも万全。
第一王子であるジュリアス殿下も毎日ではないけれども、たまに授業にご出席されるらしく、今まで王族とのコネクションがなかった貴族は、今回の企画に前向きな反応との事。
定員も決まっているので、爵位が上の順から埋まっていくらしい。
強制じゃないし、ロベルトもこんなに嫌がっているのであれば、お父様も無理に行かせなくてもいい気がする。
けれど、お父様はどーしてもロベルトをこの学園に行かせたいみたいなのだ。
なぜ、それをエマニエル伯父様が知っているかというと……。
そりゃ、公爵家の長男が一人でこんな僻地に一人で来れるはずもなく、お父様、お母様も、もちろん了承済み。
ロベルトを連れてきた従者がお父様から預かってきた手紙を、到着後すぐにエマニエル伯父様に渡したという。
手紙の内容は、来年から始まる学園の事と最近ロベルトの様子がおかしく、元気がないため励ましてほしいとのことだった。
お父様もお母様もロベルトの事をすごい心配しているみたいで、ロベルトが言っていたようにユリアだけを贔屓してるわけではなさそうなんだよね。
でも、やっぱり、ロベルトの中では、ユリアと比べちゃってんだよなあ。
私と同じで……。
〇 〇 〇
「そうだったんだ、大変だね」
村はずれに行く道すがら、ところどころ雪が残る一本道をアリーと肩を並べ、話しながら歩いていた。
ロベルトがこの領地に来てから1か月。
ジェーンは屋敷の事やオリヴィアの面倒で忙しく、エマニエル伯父様は領地のお仕事で忙しい(?)。
そんなわけで、私がロベルトの遊び相手になっていたんだけど、体がなまって仕方ない私は、ロベルトが昼寝をしているすきに、何度か村はずれにまで行っていた。
日ごろのうっ憤を発散出来たのはいいんだけど……。
ゴフタナ村から帰ってきた当初。
剣術大会へ一緒に行った子たちが、すごいよそよそしくて、ちょっと凹んだんだよね。
アリーが仲を取り持ってくれて、今は普通に接してくれるけど。
私は、何かしてしまったのだろうか……?
あと問題なのは、ガイ……。
全然話してくれない。
というか、めちゃくちゃ避けられている。
何故っ……!?
アリー曰く、「弟の面倒で忙しいんだよ」と言っていたけど。
弟のスイは向こうで同い年のテオや、年齢の近い男の子と剣の練習をしているのに……。
ようやく距離を縮める絶好のチャンスが来たっ! だと思ったのにな。
これじゃあ、出会った時よりも、さらに関係が悪化している気がする。
恨みのこもった目で見られるよりかは全然いいんだけど、なんか顔を青くして逃げちゃうんだよね。
ショック……。
だけど、ゴフタナ村の事件を通じて、ガイのことを色々知ることが出来た……。
ガイっていうヤツは、弟のスイだけじゃなく、オリヴィアの事も助けたいと必死だった。
怪我をしてしまい、助けてもらうことしか出来ないと、はっきり私に言ったガイを、私は強いと思った。
私なら自分を過信して、悪あがきをしてしまうかもしれない。
けどガイは自分ができる限界を認めて、人に助けてもらうっていうこと決めたんだ。
すごいと思う。
ガイって、めちゃくちゃかっこいい。
って、きゅんってなったのに……。
別に私はガイを変な目で見ているわけじゃない。
現時点での肉体的年齢は9歳ではあるけど、これでも、精神年齢は立派なおばさんで、12歳の男児に手を出そうなんて、一切思っていない。
いや、まあゴフタナ村の帰りはちょっと羽目を外してしまったが、あれは親が子どもにするような『スキンシップ』だと思ってほしい。
そんな、老婆心的な……母性本能的な感情がつい沸いてしまって、何かとガイのことが気になってしまうのだ。
いつもどこか寂し気なガイ。
自分に関することに対しては、何をするにも投げやりな態度。
自分の限界を認めるのは悪くない。
でも、己の天井を最初から自分で決めてしまうのは、見ていて悲しい。
それはスイが帰ってきてからも同じで。
どうせ自分にはここまでしかできないと、人生を諦めているような。
みんな、俺なんか必要としていないんだと拗ねているようで。
地面ばかりを見つめ、石を蹴っているガイを見て、どうにか前を向いて歩いてほしいっていう、お節介ババアの私がひょっこり出てきちゃうんだな、これが。
距離を縮めたからといって、それじゃあガイに明日からの生きがいを、すぐに提供できるかって言われたら、それは否だ。
何かしてあげたいのに、何もできない。
できないのに、何かしてあげたい。
ガイはそれを望んでいないかもしれないのに。
あまりにも自分勝手すぎて、泣けてくる。
「いやぁ、アリーが、今日屋敷に来てくれてよかったよ~」
「最近来ないなーって思って、ちょっと心配だったんだ。迷惑じゃなかった?」
「とんでもないっ! むしろナイスアリーだよ!
ロベルトお坊ちゃんも、だいぶここに慣れてきたから、エマニエル様も前みたいに午後はみんなに会いに行って良いと言ってくれたし!」
「ナイス……? お嬢様の面倒もしているのに、ルーンは本当に大変だね。新しい使用人は雇わないの?」
「あー、どうだろう。エマニエル様自身が親族以外の人と暮らすのを嫌がっているからね。
人見知りではないし、人当たりもいいんだけど、やっぱプライベートで他人が家に入ってくるのは嫌みたいだよ?」
「ふーん。でも、ジェーンさんはいいんだ」
「あっ……、ま、まあエルーナお嬢様の面倒もあるからね。それは仕方ないっていうか……」
そういえば、エマニエル伯父様とジェーンの関係が、以前……正確にはゴフタナ村へ行く前と変わったような気がするんだけど、ロベルトのせいであまり考えることが出来なかった。
ジェーンに今度聞いてみようかな……。
教えてくれるかどうかは別として。
「そのロベルトお坊ちゃまっていう子だけど、学園に行くのが不安なんじゃない?」
「不安?」
アリーの言葉に私は眉をひそめた。
あのロベルトが?
まあ、たしか前に「どうせ僕なんか学園でも一人だっ!」とかなんとか言ってたけど。
公爵家の長男だし、蔑ろにされるとは思えないけどなあ。
むしろすり寄ってくる子のほうが多いと思うんだけど。
「誰だって、新しい環境に飛び込むのは不安になるよ。友達できるかな? とかさ」
「ん~、そうかなあ……」
たしかに、大人だって環境が変わると緊張するし、不安にもなる。
特に新しい職場に転職するとなると、前日とか眠れないくらい緊張する。
前世の私は転職経験は人より多いほうで、初めて出社して、新しい環境、新しい人間関係を目の当たりにするのは、何度やっても慣れなかった。
よほど自分にあった職場でないと、その緊張はいつまでも続いて、本当に地獄。
ありがたいことに、自分に合っていない会社は派遣先の2つぐらいで、他の職場は人に恵まれていたけど、自分に合う環境って見つけるのが難しいよね。
今にも雪が降ってきそうな、どんより曇った空を見上げながら、自分の前世に思いをはせていた。
みんな、元気かなあ……。
もう二度と会えない人たち。
嫌な人もいたけど。まあ、達者でいてくれればいいなと思う。
あ、でも奥さんと中学生と高校生の子どもが2人いるくせに、とある業界の女性アイドルと不倫して、会社近くにマンションを借り、中学生の息子さんから「お父さん、今度いつ会える?」ときかれ、電話を切ったあと「会えるわけねーだろ」と同じ事務所の男性に話していたアイツは……、マジ地獄に落ちろ。
「あ、そうだ。僕、良い事思いついちゃったっ!」
前世の知人たちを思い出し、感傷にひたっていた私に、アリーはなんの前触れもなく、いつもより少しテンション高めの声をあげた。
「え? 何?」
記憶の掘削作業を中断し、半分夢の中にいるような、焦点が定まらない状態でアリーのほうを向いた。
久々に見るアリーのにぱあと笑った顏にピントが合い、嫌な予感がよぎる。
昔はアリーのこの笑顔に癒されてたけど……。
今は悪魔の微笑にしか見えないのは何故だろう……。
「今度ここに連れておいでよ、そのロベルトお坊ちゃんをさっ!
学園に行く前の予行練習みたいに、新しい環境に入ることを覚えさせようよ!
7歳っていったら、テオとスイと同い年じゃない? 絶好のチャンスだと思うけどなっ!」
「はぁっ!?」
いやぁ、それは……
みんなに迷惑がかかりそうなんだけど……。
と思い、断ろうとしたんだけど。
アリーは村はずれに着くやいなや、ウォルフ先生を捕まえて、何やらごにょごにょ話し始め、「貴族の坊ちゃんかあ」と何やらよからぬ顔を浮かべたウォルフ先生は、何故か剣術の稽古そっちのけで、そのままふらっとどっかに姿を消し……。
あれでもシェルトネーゼ家の跡取りだから、そんな簡単に村はずれに外出許可なんて出るわけないだろうと自分の事は棚上げして、高をくくっていた私だったんだけど……。
「エマニエルじいさんの許可は取れたから、いつでもいいぞ」
皆で楽しく打ち合いをしていたら、突然ウォルフ先生が、モグラのようにひょこっり私の前に現れて、
「へ? なにが……――ぐあぁっはっっっ!!!」
私はといえば、何を言われたのか一瞬理解できず、刀片手にただ唖然と立ち呆けていて……。
そんな私の頭にアリーの剣がぶっ刺さり、反論する余地も与えてもらえぬまま、話はあれよあれよという間に進んでしまったのであった。
どうも、お久しぶりです。
ぽぽろです。
あとがきに私が出てきたので、シリアス展開か? と思われましたでしょうか。
いえ、ま、まさか……違いますよ(汗) そんな事あるわけないじゃないですか(汗)
そうですね。なんといいますか。やはり、創作活動というのは孤独なもので、
私はこの物語を書きおこしている事を誰にも言ってないんです。
親にも知人にも職場の人にも、誰にも言ってないんです。
なので、この物語を頭の中で見て、文字にする作業は常に自分自身と向き合っている感じがします。
あ、そんな事を言うために後書きを書いたのではありませんでした。
みなさん、「手のひらを太陽に」という歌をご存じでしょうか。
あの歌はとても明るい曲ですが、誰もいない部屋や屋外で一人で歌うと違う印象を受けませんか?
私は少しせつない気分になります!
是非一度歌ってみてください!
では、また次話でお会いしましょう。
ぽぽろ




