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 暗殺者(アサシン)……!?


 7歳で前世の記憶を思い出し、アサシンに命を奪われる己の未来を知った。

 今の今まで、その運命から逃れるために、日夜血のにじむような努力をしてきたわけで……


 まさか、ジェーンがアサシンっ!

 しかも、私はそのアサシンのジェーンから様々な戦闘スキルを叩き込まれてきた。


 つまり……

 私が体得しているこの能力は……、アサシンの暗殺技術っ!?



「今までエルーナお嬢様にわたくしの素性を隠しておりまして、大変申し訳ございませんでした」



 ジェーンはその真っすぐ伸びた背筋を前に倒し、深々と頭を下げた。

 私は慌ててジェーンの肩を掴み、起き上がらせ、正面の椅子に座らせる。



「な、なんで謝るの!? むしろ、そのおかげで私はこんなに強くなったんだし」


「そう言っていただけると、胸が軽くなります」



 うっすらと笑みを浮かべるジェーンにホッとしつつも、ジェーンが元暗殺者だということに、まだ頭が追い付かない。

 ということは、オリヴィアもそうなのだろうか。

 でも、何故オリヴィアがネイマルの貴族に捕らえられていたんだろう……。



「でも、なんでオリヴィアがゴフタナ村に……?」


「はい。主に我が一族はアスタナ王国からの仕事を受けていましたが、ネイマル王国建国後はネイマルの貴族から依頼が来ることも多くなりました。

 ですが、ネイマル王国はわたくしたちを捕え、その能力を我が物にしようとしたのです」


「あ……、だから」


「はい、わたくしはネイマルの追手から逃れていた時に怪我を負ったのです。

 踊り子として怪我をしたというのは建前で、もちろんファウスト様もエマニエル様もご存じです」


「ま、まあ、シェルトネーゼ家だもんね……」



 貴族爵位の中でもトップの公爵家が、ジェーンの素性を知ってるのは当然ってわけか……。

 うちの家もジェーンの一族に仕事を依頼していたのだろうか。



「オリヴィアの両親の行方は不明ですが、最悪の場合、命を落としている可能性もあります」


「え? なんで? 殺されたって事?」


「生きて連れて帰れれば良いという考えなのでしょう。抵抗するなら、容赦はしない方々ですから」


「ひどい……」



 ネイマルの民に対する慈悲のなさといい、ジェーンの一族に対する残虐さといい、なんでここまで非道な事をするんだろう!



「エルーナお嬢様、オリヴィアが何故ネイマルの貴族に捕らえられていたかという説明は以上です。

 申し訳ございません、もうだいぶ時間が経ってしまいました」


「あ、もうお昼か」



 窓から差し込む太陽が先ほどよりも高い位置にある。



「長い時間お話をきいてくださり、ありがとうございます」


「ううん。こちらこそ。つらい話をさせてしまって、ごめんね。

 ジェーンの事やオリヴィアの事、良く分かった」



 私は残った紅茶を一気に飲み干し、席を立つ。



「お茶ごちそうさま。おいしかったよ」



 あまりにも多くの事を一度に詰め込んだせいで、多少混乱している。

 自室で少し休んでから、ロベルトの様子でも見に行くとするか……。


 私はふらふらする頭で扉のほうへ進み、ドアノブに手をかけた。



「エルーナお嬢様」


「ん? 何?」



 ジェーンが呼び止めたので、振り返ってみると、そこには満面の笑みを浮かべたジェーンがいた。

 こんなにニコニコしているジェーンなんて、久しぶりに見るかもしれない。

 いや、初めてだろうか?


 屈託なく笑うジェーンにびっくりしてしまったせいか、ドアノブにかけた手がストンと落ちる。

 そんな私の心情を知ってか知らずか、ジェーンは笑顔のまま話始めた。



「お嬢様はお嬢様らしくしている時のほうが、とても魅力的に見えます。

 どうか今後ともわたくしには、飾らず、昔のように本当のお嬢様でいて頂けると、わたくしは嬉しいです」


「本当の私?」


「貴族のご令嬢の言葉遣いは、エルーナお嬢様にはあまりお似合いになりませんので」


「あ……」



 しまった。

 屋敷では公爵家の令嬢として、『ですわですわ』なんて、語尾につけていたけど、ゴフタナ村での2週間、お嬢様ということを忘れ、荒れた言葉を使っているうちに、すっかりお嬢様言葉が抜け落ちてしまった。

 気を付けていたのに……。


 でも、ジェーンがそう言ってくれるなら……

 ありがたく、そうさせてもらおう。



「うん、わかった。ありがとう、ジェーン」



 笑顔のジェーンに手を振り、部屋を出て、誰もいない静かな廊下を歩いた。



 アスタナの事、ネイマルの事、時間をかけて、じっくり調べよう。

 特にアスタナで広まった病がどうもひっかかる……。

 まだ私には知らないことがたくさんあるんだ。


 ガイを襲ったネイマルの貴族が言っていた『渓谷(けいこく)の民の末裔』。

 ジェーンは『我が一族』としか言ってなかったけど、恐らくそれが一族の名前ではないかと思う。

 ネイマルの貴族の間でつけられた名前の可能性もあるけど。


 実際に暮らしていた場所は峡谷(きょうこく)であり、もっと過酷な環境だったみたいだけど、間違いないはずだ。



「一体、この国で何が起ころうとしているんだろう……」



 私は自室に戻ると、ベッドの上に大の字で寝ころんだ。

 ゴフタナ村で呟いたものと同じ言葉が、思わず口から漏れる。

 いろんな事が頭を駆け巡りすぎて、一体何から考えればいいのか分からなくなる。


 あーでもない、こーでもないとしているうちに、こんなんじゃダメだと気づきハッとする。

 ぐしゃぐしゃと髪をかき回し、ぱちんと頬を両手で叩き、喝を入れた。



 「とりあえず……ロベルトの様子を見に行こう」



 私とは比べ物にならないくらい、どん底を味わっているはずのロベルト。

 さて、何と声をかけようかと、頭を悩ませながら、ひとまずエマニエル伯父様にロベルトの所在を確認しに書斎へ向かうのであった。



〇 〇 〇




「僕はなんで、みんなから嫌われてしまっているのでしょうか……」


「いや、みんなではないでしょ? オリヴィアだって別にロベルトのことが嫌いってわけで、ぶったんじゃなくて、貴族が嫌いだからぶったのよ?」


「僕は貴族です! じゃあ、僕のことが嫌いってことです!

 僕が姉上みたいに自分の事ばかり考えている傲慢なヤツで、

 いつも無理なことを人に押し付けるから嫌われてしまうのですっ!!

 みんな……、どうせこんな僕と一緒に居ても全然楽しくないのですっ!!」


「うっ……、私が悪く言われてるのか? これ……」



 広い客室のベッドの上に、一人うつぶせで寝ているロベルト。

 ベッドの横にあった丸椅子に座り、私はへこんでいるロベルトを励まそうと、さっきから必死に説得しているんだけれど、まったく効果がない。



「ロベルト。オリヴィアはネイマルの貴族に捕まっていたのよ?

 オリヴィアの気持ちも少しは考えてあげなきゃ」


「それは先ほどエマニエル伯父様からききました。僕が我慢すればいいのですかっ!?

 僕は黙って殴られなければいけないのですかっ!」



 うーん。そうだよなあ。

 殴られてもいいなんて言ったら、それは単なるマゾになっちゃうからなあ。

 この年齢だと相手の気持ちになって、気持ちの整理をつけるっていうのは、ちょっと厳しいよなあ。



「どうせ、僕は学園に送られてしまうのです!

 お父様やお母様は僕を屋敷から追い出そうとしているのです!

 みんな僕をのけ者扱いにしてっ!!

 学園でもどうせ僕は一人ぼっちですっ!!」



「え? 学園?」



 突拍子もない話題に頭がついていかない。

 学園ってなんぞ?

 前世ではなじみのある言葉でも、この世界で学園ときくのは初めてだ。

 そんなものが王都に出来るのだろうか。



「姉上は学園すら知らないのですかっ?

 こんな何もない田舎に移り住んで、毎日何をされていらっしゃるのですかっ?」


「んだとぉ、ロベ……」



 いや、我慢だ我慢。

 ここは、我慢だ。

 相手の気持ちを考えるんだ。そう……、相手の立場になって、考えるのだ。


 ふぅと息を吐き、いったん心を落ち着かせる私。


 うつ伏せになった状態で、こちらに顔だけをのぞかせているロベルトは、人をバカにしたような薄笑いを浮かべている。


 2年見ない間に、こいつ嫌な奴に育ったな……。

 やっぱ、ユリアっていう存在はデカいのだろうか。

 あの子の傍にいると、何かしら精神的に歪みが生じてしまうのだろうか。



「勉強することは大事ですわ、ロベルト。学園に行ったらいいじゃないですか。

 お父様とお母様と会えなくなるわけでもなしに」


「会えなくなるのですっ!」



 唾を飛ばしながら、叫ぶように言い返すロベルト。

 え? 会えなくなるってどういうこと?

 顔を真っ赤にして怒るロベルトに面食らいつつも、ふと胸に沸いた疑問を尋ねてみた。



「私みたいに領地に移り住むのとは違うでしょ?」


「寮に入れられてしまうのです! 週に1度しか屋敷に戻れなくなるのです!」


「え……」



 とういう展開ですか? これ……。



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