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 ちなみに、今の私は貴族が好む煌びやかなドレス姿ではなく、麻で作られた丈夫なシャツに、同素材の膝丈ズボンを着ている。

 穴はあいてないけど、染み込んだ土の汚れがとれず、洗濯してるのにちょっと汚い。

 周りの男の子はみんなこんな格好なので、あまり意識したことがなかったけど。


 たしかに、貴族の令嬢には見えない。

 見るからにザ・平民という、いで立ちである。

 ロベルトにどちら様ですか? と言われても、まあ仕方がない……ということにしておいてやろう。



 『お下品な平民』は余計だが。



「分からないか……? 私はお前の姉、エルーナ・ヴェル・シェルトネーゼだっ!」


「嘘をつかないでくださいっ!!

 ぼ……僕の姉は、ブタみたいに太っていて、あぶら臭いのですっ!

 あなたのような、ひょろひょろしたゴボウみたいな見た目ではありませんっ! 

 それにっ、僕の姉は……そんなボロ雑巾みたいな臭いではありませんっ!」


「……っ!!?」



 雑巾臭い……だと?



 成長期が尋常ではない私は、買う服、買う服がすぐに小さくなってしまうため、今は町の古着屋で古着を買っては売り、買っては売りをしている。


 いつしか古着屋の常連となった私。

 三段腹が記憶に懐かしい恰幅のいいおばちゃんから「あら、アンタまた大きくなったの?」と買いに行く度に言われ、さらに「ここも大きくなってんだろうねっ!」と布だけで仕切られた試着スペースで私が着替えている最中に、セクハラをしてくるのだ。


 服を着るお手伝いでもしましょうかといった具合に、下腹部を狙いすましたように堂々と触ろうとしてくる。

 毎度、私は「きゃーん」と悲鳴をあげ、お代を渡し、間一髪のところで逃げて、すっ飛んで帰る羽目になっていた。



 正直もう行きたくない……。



 どこまで成長するのか分からないため、貴族が着る高いドレスは買えない。

 買うお金はあるが着ていく場所もないし、時間が経つと小さくなって着られなくなるので、もったいない。


 だから、古着のほうがコスパがいいのである。

 ちょっと臭いけど。


 2年前の私はだいたい130㎝。今はそれより30㎝伸びて160㎝はある。

 体型もスラっとして、太っていた当時の面影は全くといっていいほどない。

 たとえ弟といえども、やはり今の私が、5年間共に過ごした姉だということが信じられないのだろう。



「いいだろう。ロベルト。その無駄に空いた耳の穴をかっぽじって聞くがいい!」



 ダンッと私とロベルトの間に置かれた、茶色い重厚なつくりのローテーブルに片足を乗っけると、私は侮蔑の表情を浮かべる相手に向かってビシっと指さした。


 いつから居たのやら、部屋の隅に立っているエマニエル伯父様が「あぁ、そのテーブル高いんだから壊さないでね~」とおろおろした声で私を制するが、気にしてはいけない。



 制裁の鐘が今、鳴り響いているのだ。



「な、なんですか?」



 ロベルトはその緑色の瞳に疑惑に満ちた色を浮かべ、7歳らしからぬ、ツンと澄ました顏で足を組んで座っている。



 ふんっ、余裕をぶっこいていられるのも、今のうちだ。


 我が名はエルーナ・ヴェル・シェルトネーゼ。

 その汚れきった魂を浄化し、安息の地へ導く者!


 ここで会ったが100年目!

 前世の記憶が開花し、賢者となった我がレクイエムを、とくと聴くがいいっ!!



「ロベルト、お前……」


「貴方に僕の名を呼ぶ許可は与えていませんっ!」



 ふっ、しゃらくせぇ……



「ユリアの友達たちが、うちのお茶会に来た時……、

 その子らの飲み終わったティーカップを……おまえ、舐めただろ」


「えっ?」


「特にアリエッタ嬢のカップを念入りに舐めていたよな、ロベルトよ。

 アリエッタ嬢が口をつけていた部分を吸い付くように……」


「ひっ!!」



 ひきつった声をあげるロベルト。

 まだだ。まだ足りない。これしきじゃ、このヘドロまみれの魂はその汚れを落としきれないっ!



「そして、お前はあろうことか、出席していたご令嬢たちが席を立ち、いなくなった頃を見計らって、ご令嬢たちの座った椅子のクッション部分に……、顏をうずめていただろう!!」



「ひぃぃぃっ!!! 姉上! 姉上! あなたは間違いなく僕の姉上でございますっ!

 僕が間違っていました、ごめんなさいっ!!

 たとえ、平民のボロボロの服を着ていても、あの頃と寸分もお変わりのない、傲慢で麗しく、人を蔑むことに容赦のない、世界で一番美しい、僕の姉上様でございますっ!」



 一言か、二言多いな……。

 だが、まあいい。


 今や崩れ落ちた上半身をソファーの上に横たえているロベルト。

 泣きながら慈悲を訴える憐れな姿を見て、私はにやりと笑った。



 ふっ、成仏しろよ。



 私の宗教不明のレクイエムという名の説得の甲斐(かい)あって、とりあえずロベルトは私が姉であることを信じてくれる気になったみたいだ。


 ちなみに、この情報はまだ前世の記憶がよみがえる前のものである。


 妹のユリアに友達が遊びに来た日のこと。

 羨ましくなった私は庭の隅から、きゃっきゃ騒ぐ妹とご令嬢たちをこっそり盗み見ていた。

 ご令嬢たちがいなくなった後、私も自分の部屋へ引き上げようとしたところに、ふらりとロベルトが一人で現れたのだ。


 ロベルトは周囲を確認するように、目をキョロキョロさせ、辺りを見回していた。

 なんか怪しいなと女の直感が働いた私は、そのまま隠れて様子を見ることにしたのだが……。

 その後、私は激しく後悔することになる。


 なんと、ロベルトは恍惚とした表情で使用済みのティーカップを手にとると、むしゃぶりつくようにカップの淵をなめまわし始めたのだ。

 ちゃぷちゃぷ、ぴちゃぴちゃした生々しい音は私の脳裏にいまだ焼き付いている。


 当時の私はロベルトが何をしているのか全く理解が出来なかった。

 理解が出来ないからこそ、恐怖に感じ、ロベルトにはよくケンカを売っていたが、この件に触れたことは一度もなかった。


 おそらく何かしらの本能が働いたのだと思う。


 私はローテーブルから足を下ろすと(エマニエル伯父様がホッと胸を撫でおろすのが見えた)、そのまま後ろにあるソファーに座り、ロベルトと向かい合った。

 無意識に私は腕を組み、足を組んでいた。


 おそらく、コイツには心を開きたくないという心理からきていると思われる。

 私はつっけんどんな調子でロベルトに問うた。



「で、何の用ですの? この年の瀬に。お父様とお母様にはこちらに来るように言ってあるのかしら?」


「口調変わりすぎですよ、姉上っ!」


「一応、公爵家の令嬢ですからねっ! マナーですわ、マナー!」


「エルーナ……。テーブルには足は乗っけちゃいけないよ? マナー違反だよ」



 エマニエル伯父様のツッコミが入るが、気にしてはいけない。

 ロベルトは私のレクイエムが効いたのか、しばらく体(魂)を震わせ、起き上がれない様子ではあったけど、数分後なんとかソファーに腰掛けるくらいまでには落ち着いた。



「で? 要件をおっしゃってくださる? ロベルト」


「姉上……」


「私は今朝ゴフタナ村から帰ってきたばかりで、疲れているんですの。手短に用件を言ってくださらない?」



 ちょっと高慢ちきな姉っぽい感じになってしまった。

 まあ、変に甘やかして懐かれても困る。


 特に、このロベルトは恐らく……、いや、間違いなく天性の『変態』に違いない。

 決して、懐かれてはいけないっ!!



「姉上……」


「手短にね」


「姉上……」


「簡潔によ?」


「姉上……」



 ピキッ……



「姉上……」


「とっとと、言わんかぃ!! このボンクラがぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」


「やめてっ! エルーナっ! テーブルに足をかけるのだけはやめてっ!」



 急かす私にもじもじと膝っ小僧を合わせ、なかなか言わないロベルト。

 力づくで言わせようと、ローテーブルに足をかけた私の肩にすかさず伯父様の手がかかる。


 そのままエマニエル伯父様に後ろから羽交い絞めされ、「離してくださいっ! 伯父様っ! 制裁を与えるのです!」と肘鉄を食らわす私に「テーブルには何も罪はないんだよっ! やるならテーブルを退かしてからじゃダメなの!?」と私の攻撃にめげず顔を押し潰されるエマニエル伯父様。


 にっちもさっちもいかない押し問答を繰り返し、ようやくロベルトの重い口が開いたのだが……



「姉上っ! 王都に戻ってきてくださいっ! お願いしますっ!!」



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