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 私は片手に1枚の紙を握りしめ、その王都からの客人とやらと、一階にある応接間で対峙していた。

 黒のソファに座ったまま動かない客人は、目を大きく見開いて私を凝視している。

 久しぶりの再会にも関わらず、相手はまだ一言も私に言葉を発していない。



「よくもまあ、こんな手紙を出しといて……

 どのツラ下げて私に会いに来たんだぁぁ? えぇェッ!!」



 強く握った紙はさらにひしゃげ、くしゃりと音をたて、紙としての限界を訴えている。

 私の怒りの元凶であるのは、まさにこの『紙』なのではあるが、この怒りを助長する、もう1枚の別の『紙』について、まずは説明したいと思う。




 それは、かれこれ、数十分前の出来事であった。

 その1枚目の紙というのは、先ほど玄関でエマニエル伯父様から手渡されたもので。

 いかにも高級そうな厚手の羊皮紙に書かれていた。



「お客様も来ているんだけど……。あとね、手紙が来ていたよ?」


「お手紙ですか?」



 はて、来客といい手紙といい、私がいない時にかぎって用のある奴らが沸いてくるとは……。



 私って……意外と、人気者っ!?



 と、ポジティブシンキング丸出しで、まだ名も知らぬ差出人に思いをはせ、ルンルン気分で内心小躍りする私。

 だが、差出人の名前をきいた途端、一瞬でダンス終了の鐘が鳴る。



「王都のジュリアス殿下から、ルーン宛てにだよ」



 こともなげに伯父様は「今月の領収書お願いね」と私の机に大量の書類を置く時と同じテンションで、一通の封筒を差し出してきた。



 ジュ……ジュリアス殿下が、私に……?

 しかも、私の従者であるルーン宛てに……?



 金箔で装飾された重厚感のある封筒。

 伯父様から受け取った瞬間、腰に下げた剣の重みが2割増した。

 有頂天に達した喜びがくるっと華麗にUターンし、真っ逆さまに急降下し不安に変わる。



 やっぱり、大事な剣だったのかな?

 あのまま置いていけば、ジュリアス殿下は自分で取りに来たかもしれないのに……

 他の人に見つかったら厄介だと思って持ってきた私の行動は、いらないお節介だっただろうか。


 銀色のシーリングスタンプの押された封筒をじっと見つめる私。



 見たくないけど、見たい……、見たくないけど……、見なきゃいけない……



 私は一人自室で読む苦痛には耐えられないので、その場で読むことにした。



「あ、第一王子からの手紙だったから、一応、先に中を確認させてもらったよ。

 もちろん、シェルトネーゼ家の領主代理としてね」


「は、はい。問題ありませんわ、伯父様」



 見れば封筒は横から既にペーパーナイフで綺麗に開けられている。

 たしかに、変な内容だったら子ども同士の手紙のやり取りではなく、王家とシェルトネーゼ家の問題になってしまうだろう。


 エマニエル伯父様が私に普通に渡してくれるってことは、大した内容は書いてないってことだよね。


 たぶん……


 私は恐る恐る封筒から角が丁寧にそろえられた2つ折りの羊皮紙を取り出し、固唾を呑んで、流れるような曲線美がすばらしい、とても綺麗な文字で書かれた文面に目を落とした。



 『お前の忘れていった物を預かってる。取りに来い。 ジュリアス』



 ――……はぁ?



 ピキッと私の中で、何かが切れる音がした。

 その次の瞬間、私の頭の中には、殿下に対する罵詈雑言がとめどなく溢れ始める。



 んだとぉぉ、こるぁぁぁぁ!!!

 取りに来いだぁ!? こんっの年齢詐称傲慢王子っ!!


 それはこっちのセリフじゃ、ボケェェェェェ!!!

 お前の短剣預かってんのは、ワシじゃ、ワシっ!!!

 

 そんな上から言われて、私が王都に行くと思ってんのか、ゴラァァァァァァ!!!

 取りに来るんだったら、菓子折り持って、そっちからこいやぁぁぁぁぁあああ!!!



 と、私が怒りでプルプル震えていると、エマニエル伯父様が笑顔で尋ねてきた。



「ジュリアス殿下が預かってる物って、何? エルーナ?」



 ハッと、その言葉で正気に戻る私。



 いけないっ!

 わたくし、公爵家の令嬢でしたわっ!

 いくら心の中だからって、殿下に対してボケやゴラなんて、はしたない言葉をっ!



「し、知りませんわ、伯父様!

 ……たしかに、ゴフタナ村でジュリアス殿下にはお会いましたが、私は何も忘れてはいませんし。

 会ったのだって一度きりですわ!」



 私は無実である。

 あのホラ吹き王子には本当に困ったものである。

 お前は、ユリアと黙ってちちくりあっていればよいのである。



 殿下に対して、かなりの低評価を下している私だけど。

 ゴフタナ村で出会った殿下の印象は、……そんなには悪くはなかった。


 偉そうだなとは思ったけど、落ち着いた雰囲気は、あとから思い出して素直に好感が持てたし、何より平民相手に謝罪するという、王族であるなら控えるべき行為をさらっとやってのけたのだ。

 2年前と比べるとだいぶ、いや、かなり大人びた様子に変わっていた。



 仕方がない……、ここは私の海よりも広い心をもって、この手紙は見なかったことにしよう。



 なんとか冷静さを取り戻し、私はその手紙を封筒の中に戻す。

 だけど、伯父様はまだ何か思うところがあるようで、私の腰にかけられている短剣に視線を落としていた。


 殿下のものと思われる短剣は、刃の部分は隠れているけど、柄の部分がひょっこりと布から顔をだしている。

 細かい装飾が施され、金色の宝石が埋め込まれた、いかにもお高そうな見た目は、平民姿の私とはあまりにも不釣り合いだ。


 存在感が半端ないのでウォルフ先生からも「おまえ、それどこでパクってきたんだ?」とすごい突っ込まれた。



 ネイマルの貴族の頭にぶっ刺さってました♪ てへっ☆

 なんて、死んでも言うまい。



 だけど、エマニエル伯父様にはゴフタナであったことは、ちゃんと言うつもりだ。

 命の危険すらあったけど、別に隠そうとは思っていない。

 あの赤毛の女の子をうちへ連れて帰る時点で、決めていた事だ。


 どうせ、ウォルフ先生からだいたいの事情は、伯父様へいってしまうし、それなら私のほうから先に伝えたほうがいいだろう。



「実を言うと伯父様、ゴフタナ村での件なのですけど……」


「ああ、それなら、もう知ってるよ。大変だったね。ちょっと危なかったみたいだけど、ガイも大事がなくて良かった」


「へ?」



 もう、伯父様のところへ話がいっている?

 ウォルフ先生が伝えたにしては早すぎる。

 だって、今朝一緒にマルタナ村に到着したんだもん。


 あ、もしかして手紙とか書いたのかな……?

 でも、あの事件があって翌日にはゴフタナ村を発ったし、手紙を書くような時間があったとは思えないんだけど……。



「じゃあ、お客様は応接間に通してあるよ? 今着ている服はかなり泥だらけだから、一度着替えてくるといい」



 そう言ってエマニエル伯父様はくるりと背を向けると、屋敷の中へ入っていった。

 私も慌てて伯父様のあとに続く。



 いったい……、誰から聞いたんだろう……。



 尋ねるタイミングを見失い、応接間の中へと消えていく伯父様の背を、私はただ黙って見送ることしかできなかった。



 今度きけばいいか……。



 すっきりしない気分で自室へと向かい、泥だらけの服を着替え、私は腰に下げた短剣と殿下からの手紙を机の引き出しにそっとしまった。


 その後、私はジェーンから来客者の名を聞き、直接応接間へは行かず、先に伯父様の書斎に『あるもの』を取りに駆け込むのであった。


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