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~閑話~ ガイの外伝 ③




「ガイ……」



 女みたいな声でささやかれ、俺はビクっと身体を震わせる。

 さっきまで雑に掴まれていたのとは違う、そっと触れるような手つきで俺の顔を包み込んだルーンは、細い指先で俺の頬をすーっと撫でる。


 ゾワゾワゾワゾワと全身の毛という毛が総毛立ち、俺は身の危険を察知した。



 これは……、本格的にヤバいやつだ……。

 もう……ダメだ……、グッバイ俺の……。



 熱をはらんだルーンの紫色の瞳に見つめられ、俺は諦めてギュッと目を閉じた……。



「くおぉらっ!!!!! エル……、じゃなくて間違った。ルーンっ!!! おまっえ、何やってんだっ!!!」



 ウォルフにぃの怒声とともに、俺の体を抱えこんでいたルーンの体が離れる。

 俺を包んでいた温もりが消え、すぅっと冷たい空気が全身を吹き抜けていく。



 た、助かったあぁぁぁぁ……。



 俺は全身の力が抜け、安堵でその場にバタリと崩れおちる。



「何するんですか! ウォルフ先生! これからいいところだってのにっ!」


「おまっ! 仮にも公しゃ……れい……、うっ……うぐっ……、ぬぐぅぅぅぅ……! こ、こっ、肛門の毛も生えそろってねーのに、何ませたことしてやがんだっ!!」


「なっ!? そ、そんなものっ!! は、生えそろってたまるか、ボケェェェェェ!!!」


「おまっ! かりにもおまえの剣の師である俺にっ! ボケとはなんだ、ボケとはぁぁぁぁ!!!」 



 遠くでルーンとウォルフにぃの言いあっている声が聞こえるが、俺はもうそれどころじゃない。

 全身がプルプルと震え、腰が抜けて俺はもう立てそうになかった。

 そこへ……



「大丈夫、ガイ? 平気? なんか騒がしいなって思ってきてみたら……、ガイが襲われてたから。

 なんか、ルーンに……」


「いや、ききたくない」


「怖かったんだね」



 そう言って、アリーは地面に倒れた俺の肩に手をまわし、そっと抱き起す。



 ああ、ありがとう、アリー。

 俺を心配してくれるのは、お前だけだよ……


 アリーに抱き起され、仰向けになった俺は、こめかみに涙が伝うのが分かった。



 正直、めっちゃ怖かった……。

 まじで、怖かった……



 だが、そんな俺のアリーに対する感謝の思いも空しく……

 おでこに身に覚えのある生暖かい感触がして、はっと気づいたときには、



「ガイはいいね。みんなから愛されてるね」



 アリーが満面の笑みで俺を見下ろしていた。





「畜生……、なんで、俺ばっかり……」



 あの日の事を思い出して、俺はふてくされていた。

 俺は今ウォルフにぃのお使いで、町へ行く途中だ。


 あれから右腕の調子はだいぶ良くなったけど、剣は無理だろうってウォルフにぃに言われた。

 スイもようやくこのマルタナ村に慣れてきて、今はみんなと毎日剣術の特訓をしている。

 これから俺は何か自分の出来ることを探さなきゃいけない。


 ルーンには強がってみせたけど、俺はいったいこれから何をすればいいんだろう。



「俺に特技なんてないしなぁ……」



 両側一面は畑で一本道。

 秋の収穫が終わって、冬がはじまるこの時期は茶色の土がむき出しで、草も何もない光景は、より一層俺の心を沈んだ気分にさせた。


 ここいらは住んでる人も少ないし、あまり歩いている人もいねえ。

 だから、俺は道端の豆粒ぐらいの石を蹴り、その5メートル先の同じくらいの小さい石っころに当て、歩きではそこそこかかる道のりを暇をつぶしながら歩いていた。



 コツっ……

 コツっ……

 コッ



 地面に視線をおとし、石の位置を確認して、蹴りあげ、ふと前を見てみると、5メートル先の小石の上に、今まさに足を下ろそうとしている、スカートをはいた女の人がいた。



「うわっ、やべっ!」



 だが、もう後の祭り。

 既に蹴り上げられた小石は宙を舞い、5メートル先の小石まで弧を描いている真っ最中だ。


 そのまま、その女の人が真っすぐこっちにくれば、絶対に当たるっ!

 そう思って、俺は女の人に横にどくよう声をかけようとした……が。


 その女の人はひょいと横にずれると、立ち止まり、俺の蹴り上げた小石が、足元の小石にコツっと当たるのを待ってから、



「わざとですか?」



 そう俺に話しかけてきた。

 俺はその女の人の足元だけを見ていたけど、見上げてその人の顔を見たとき、しまった……と激しく後悔した。



 こいつ、ルーンとこのメイドじゃねぇか。

 ルーンのところってことは、この村のめちゃくちゃ偉い人のところで働いてるメイドってことだよな。


 まずいなぁと俺が頭を抱えていると、そのメイドが、



「わざとですか? 今のは?」



 二度聞かれて、俺は慌てて首を振った。



「いや、その……、わざとっていうか……、あんたに当てようとしたわけじゃ……」



 俺がしどろもどろになっていると、そのルーンとこのメイドは鋭い目つきで俺を睨んだ。



 ごめんなさい! ごめんなさい!

 メイドじゃなくて、メイドさんっていうんで、ごめんなさい、メイドさんっ!!



 俺は声にならない声を上げ、身を縮ませた。



「わざと『小石』を狙って、『小石』を蹴ったのですか?」



「へ?」



 メイドさんの言葉に俺は一瞬何を言われたのか分からなくて固まる。

 だが、呆然と立ちすくむ俺にかまうことなく、メイドさんは話し続ける。



「あなた、強くなりたいですか?」



 メイドさんが突拍子もないことをいきなり言ってきた。


 つ、強くなりたい?

 は? 何言ったんだ、コイツ……


 俺は黙って改めてメイドさんを見た。



「あっ……」



 メイドさんの赤く燃えるような赤髪に目が吸い寄せられる。

 スイと一緒にいた女の子と同じ赤い髪。

 俺の頭にあの日の光景が鮮明によみがえった。


 あの日。俺が捕まった日。ルーンに助けられて、みんなで脱出しようとした時。

 突然俺たちの前に現れた変な貴族の服を着ためちゃくちゃ太った男に、俺は殺されそうになった。

 もうダメだって思った。


 ようやくスイに会えたのに……

 俺はここで終わるのか……?

 俺が、俺が、もっと強ければ……。



「強くなりたいですか?」



 イラついた。

 このメイドさんにイラついたんじゃなくて、何も出来ねえ、弱っちぃ俺にむかついた。

 何をやってもだめで、のろまで。


 弱いヤツだったルーンをイライラのはけ口にして。

 そうやって、必死に自分を守ってきた。

 弱い俺が……。



 強くなりたいだ?



 ――……はぁ?



「あ、あったりまえだろっ! 強くなりたくないヤツなんているのかよっ!

 なりてぇよ!! 俺だって、アリーやジル、ルーンみたいに強くなりてぇよ!!」



 俺が怒鳴ると、そのメイドさんはにやりと不敵な笑みを浮かべ、



「では、参りましょう」


「は?」



 俺の横までくると俺の腕を強引につかみ、そのまま後ろへ、マルタナ村のほうへ戻る道を歩き始めた。



「は? 俺、いまから買い物に行くんだけど……!?」


「大丈夫です。ウォルフさんには伝えておきます」


「なっ、何勝手に!?」



 俺はじたばたして何とかそのメイドさんから逃れようと頑張ってみるものの……、全然歯が立たなかった。

 俺とそんなに身長変わらないのに……、俺って女のメイドさんより弱いってこと……?


 と、項垂れている俺に、メイドさんははっきりした声でいった。



「ガイ……」


「へ? あ、俺の名前……、おぼえて……」



 燃えるような赤い髪、吸い込まれそうなほど透き通った琥珀色の瞳。

 片方の口の端をくいっと上げた妙にかっこいい笑い方をするこの人が。



「――……あなたには、素質があります」



 俺の運命を変えてくれた。

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