~閑話~ ガイの外伝 ①
――…… 必ず助けに来るから、待ってるんだよ。いいね?
誰だ、このおっさん……?
気づいたら薄暗い倉庫みたいな部屋に俺はいた。
だけど、その倉庫がガタンガタンと音をたて、揺れているのに気づいて、それが建物の中ではなく、荷馬車の中だと俺は気づいた。
俺はいったい……?
俺と同じ赤茶色の髪をした男の子を探しにゴフタナ村の中心へ、薄暗い家々が密集した路地裏を走っていた時。
運動神経の悪い俺は、ルーンの後を追いかけるので精いっぱいで、足元ばかり見て走っていた。
もっと、ちゃんと運動しとけば良かった……という後悔はもう遅すぎた。
気づけば大きな手が、俺の顔に掴みかかろうと迫っていて、俺は避けることもできずに、ガッと顔面を掴まれ、横道に引きずり込まれてしまった。
俺は顔を掴まれたまま、引きずられ、両手を振り回し抵抗したが、そのゴツい手はびくともしなかった。
ルーンに助けを呼びたくても、口は大きな手のひらで抑えられ、鼻からかろうじて呼吸ができる程度だった。
しばらくそのまま引きずられ、不安で気がどうにかなりそうな時に、俺はようやく解放され、勢いよく地面に投げ飛ばされた。
右腕に強い衝撃と、たぶん、そん時、頭も打ったのか、今、頭がズキンズキンと脈打つように痛む。
その後の記憶がないから、あれからずっと気を失っていたんだろう。
一体、どれだけの時間が過ぎたんだ……?
モヤのかかった頭で、必死に今の状況を理解しようと呻いていると、俺の頬にひんやりとしたものが触れた。
「……っ!?」
生き物っ!?
それが人とは思わず、俺は飛び上がりそうになったが、体の節々に痛みが走り、動くことができない。
痛む体に鞭を打って、ようやく、左ひじをたて、少し起き上がると、そこには……
「……スイ?」
3歳の時に山賊に連れ去られ、俺を呼んで助けを求めた、あの頃のスイの面影と重なる赤茶髪の男の子が目の前にいた。
薄暗くて、天井の布の隙間から漏れる光で、ようやく見える程度だけど、間違いなく……、それは4年間、俺が一日も一度も忘れることがなかった、弟のスイだった。
「だいじょうぶ?」
上目遣いで心配そうに俺を見つめるスイは、あの頃よりもだいぶ、いやとても大きくなった。
けど、ちゃんと食ってないのか、頬はこけ、腕は今にも折れそうなほど細い。
俺と一緒にいたころは、まだ赤ちゃんみたいに頬がぷっくりしていて、腕もモチみたいに柔らかかったのに……。
一緒にいられなかった4年間、スイは俺が想像できないほどの過酷な環境にいたのは、想像に容易かった。
悔しくて俺は唇をかんだ。
「いたいの? だいじょうぶ? どこいたいの?」
スイの骨ばった指が俺の頬をなでる。
「スイ……、大丈夫だ。どこも痛くない……」
俺はにじむ涙をぐっと堪え、スイの手に自分の手を重ねた。
カサカサな皮膚。
細く冷たい指。
ささくれた指先。
ようやくだ……
俺は、ようやくスイに……
スイを見つけることができた……、でも……、今までスイは……
「逃げるぞ、スイっ! ここから逃げるんだ!」
痛みで悲鳴をあげている体を振り絞り、俺はスイの両肩に手をかける。
ようやく見つけた!
俺はスイを連れて、マルタナ村へ帰る!!
スイにうまいものをたくさん食べさせてやりたいっ!
だけど、スイは俺の言葉を理解していないのか、首をかしげたまま、不安そうに自分の骨ばった指を口にくわえた。
「すいって、なに?」
「……え?」
「すい? スイ?」
うわごとのように言うスイに俺は……、一瞬頭が真っ白になり、ははっと乾いた笑いが口から漏れた。
ああ、そうだよな……。
だって、あの時スイは3歳だったんだもんな……
俺の事……、覚えてなくても……、仕方ないよな……
「ごめんな……、ごめんな、スイ……」
だけど……
だけど、俺は諦めないっ!
この4年間、ずっと探してきたんだっ!! 絶対に諦めないっ!
くじけそうな心にどうにか俺は鞭を打って、自分を奮い立たせる。
俺の事を覚えていなくてもいい!
スイはスイだっ!
俺の弟だっ!
「俺はな! お前の兄ちゃんなんだっ!
4年前……、スイが……俺に助けてって……、言ったのに……俺は……逃げたんだ……。
……でも、俺は……お前の兄ちゃんで……っ!
お前をずっと探してた……!!!」
あふれる涙が頬を伝う。
ずっと謝りたかった。
俺があの時、助けを求めるスイから逃げたことを。
「俺はお前の……兄ちゃんだよ」
「にー? にー?」
突然、スイのものじゃない別の声が俺の後ろから聞こえ、俺の体は反射的にびくっと上下する。
驚いて後ろを振り返ってみると、荷馬車の布の隙間から斜めに差し込んだ一筋の光に反射して、赤く輝く何かが俺の目に飛び込んできた。
「う、うわっ!」
あまりにも鮮やかな赤色だったから、血か!? と思ったら、それは髪の毛だった。
スイよりも少し背の小さい、髪の長い女の子がそこにいた。
「にー? にー?」
そう言って、勢いよくガバッと俺に抱き着いてくる。
お、俺はスイの兄ちゃんだけど、お前の兄ちゃんになった覚えはないんだが……
さっきまで滝のように流れていた涙がとまり、俺はこれがどういう状況か理解できずに、ただ抱き着いてきた女の子にされるがままだった。
「おーちゃん、にーちゃん好きなんだね」
おーちゃんと呼ばれた女の子は、そのまま俺の胸にぐりぐり顔を押し付けてくる。
にこりと微笑むスイ。
訳が分からず俺はどうしていいか途方に暮れていた。
が、その時、思いがけない言葉をスイが放った。
「みんなでいっしょにネイマルにいこう」
「……は?」
ネイマル?
どういうことだ?
ネイマルに行くって、この馬車がかっ!?
「おじさん、ネイマルにいくって言ってた」
「おじさんって、誰だよ……」
俺はスイの言葉が信じられず、頭を左右に振った。
赤毛の女の子が心配そうに俺を見上げている。
嘘だろ?
4年前、ようやく逃げてこっちに来たんだぞ?
また、あそこに戻れってのかよっ!!
ネイマルのどこに……俺たちの住む場所があるんだよっ!!
俺は絶望した。
もう、マルタナ村には帰れない……
あいつらにはもう……会えないのか……?
ウォルフにぃ、アリー、ジル……そして、ルーンの顔が浮かぶ。
いや、もしかして……、ここは、もうネイマルなのか……
そんな馬鹿な事あるかよ……
帰してくれよ……
俺をマルタナ村に……、帰してくれよっ!!
お願いだ……、お願いだよ……、頼むよ……誰か……っ!!
助けて……
「にーちゃん、いっしょにネイマルにいこうね?」
無邪気に笑うスイ。
俺は……、どうすれば……、どうすればいい……?
絶望の中、俺は叫んだ。
――助けて……! ルーンっ!!!




