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33

 

 グラリ揺れるその山のような巨体が地面に叩きつけられ、ブワっと砂ぼこりが舞い上がる。


 何が起こったのか理解できず、みな一様にその場に固まる。

 だが、この張りつめた空気を、最初に破ったのは……



「……っ!?」



 尻もちをつき、ガタガタと震えるガイのもとへ、私の手から離れたスイが駆け寄った。

 スイはパタパタと走り、そのままガバっとガイの腕にしがみつく。

 一瞬びくっと大きく震えるガイの体。



「……スイ?」


 

 スイはガイの腕に顔をうずめると、そのまま動かなくなった。

 そんなスイの小さな体にガイは震えながら手をまわし、ギュッと抱きしめる。



「……お、おにいちゃん。おにいちゃん……」


「スイ……っ!」


「あっ! こらっ、危ないっ!」



 アリーが慌てた様子で声をあげるので見てみると、赤毛の女の子もアリーの手から逃れ、ガイに抱き着いた。



「にー、にー!」



 たどたどしい言葉で、ガイに向かって必死に叫ぶ。

 2人を両腕に抱きしめたガイは、しばらくすると落ち着いたのか、体の震えを止めていた。



「ルーン! 僕は前を行く。ルーンは後ろをお願い」


「わ、わかったっ!」



 アリーは私にそう言うと、ガイの前に立ち、手を差し伸べる。

 それに気づいたガイは抱き着く2人を離すと、その手を強く握った。



「ガイ……、歩けるか?」


「あ……ああ、大丈夫だ」



 ガイの様子を見てふっと微笑むと、アリーは少し屈んで、



「……2人とも、お兄ちゃんを守ってあげてね?」



 スイと赤毛の女の子にやさしく声をかける。

 スイは力強く頷き、横にいるスイを見た赤毛の女の子も首を縦にふり頷いた。


 アリーはにっこり笑い、私に視線を移す。

 その目にはもう既に、甘さは一切なく、一刻も予断を許さないといった鋭さがあった。



「もし、変な奴が出たら、僕が戦う。ルーンは3人をお願いね」


「うん、分かった」



 私が力強く返事をすると、アリーはこくりと小さくうなずき、背を向け、周囲をうかがいはじめた。



 ああ、頼もしい背中だな……

 それに比べて……



 なんとなく、悔しさが胸にわくが、今はアリーに嫉妬している場合ではない。 

 ガイは右にスイ、左に赤毛の女の子と手をつなぐ。


 私はそんな4人の背中を見ながら、胸にぐっとくるものを感じつつ、倒れた貴族の男を見下ろした。


 額には銀色に光る短剣がずぶりと刺さっている。

 目は閉じてはいるけれど、少し胸が上下しているから、気絶しているだけだろうか。



 でも……



 私の脳裏に、昨日ジュリアス殿下と出会った時のことがよぎる。

 ジュリアス殿下の後ろに控えていた騎士が持っていたナイフ……、そしてこの貴族の額に刺さっている短剣。

 形状はこちらのほうが少し小ぶりだが……、これは間違いなく……。


 後ろを振り返るけれど、誰もいない。

 この短剣は誰が投げたんだろう……


 アリーはこの短剣を『誰が』投げ、『誰が』ガイを助けたのかを探るつもりはないらしい。

 今はその人物を探すよりも、逃げるほうが先だ。

 でも、この短剣のおかげで、ガイは助かった。



 もし、この短剣で『誰か』が助けてくれなかったら……、ガイは……



 私は申し訳なさを感じつつも、先を歩き始めた皆に気づかれないように、倒れている貴族にサッと近づいた。

 そして、その額に刺さっている短剣を引き抜き、そいつが着ているシャツのフリルで血をぬぐう。

 近くで見れば、それは見事な装飾が施され、金色の……まるで黄金の瞳のような丸い宝石が、剣の柄にひとつ埋め込まれていた。



 たぶん、これは……、ここに置いていっていいもんじゃない……。

 知らない人がこれを見つけ、知った人がこれを見たら……

 きっと、良くないことが起きる……



 私は自分のマントの端をその短剣でビリっと切り裂く。

 1枚の長い布になったマントの切れ端を、刃の部分にグルグルとまいて、落ちないように腰にさした。



「ルーンっ! 何してんのっ! 早くっ!」



 既に4人は私のはるか前方を歩いていた。

 アリーの呼び声に私は慌てて駆けだす。



「ご、ごめんっ! 今行くっ!」



 それから、アリー、ガイ、スイ、赤毛の女の子、そして私はその場から逃げ切り、なんとか泊っている宿舎に無事辿り着いた。

 2人の子どもを連れ、泥だらけの私たちを見たウォルフ先生が、今まで見たことのないほどの鬼の形相で私たちを叱ったのは、それはまた別の話。




 〇 〇 〇




 マルタナ村へ帰る途中、翌日には村に着くというところで、今夜は野営と決まった。

 テントがようやく張り終わり、既に日暮れ。


 地平線にほのかな赤い光を残し、群青色に染まる空の下。

 すこし肌寒い風の中、私は焚火の前で暖をとっていた。

 隣にはガイ。


 向こうにはアリーやジル、ウォルフ先生たちが夕飯の支度をしている。

 それ以外の子たちも、自分たちのテントが張り終わったのか、徐々に焚火の前に集まりだした。

 スイや赤毛の女の子は、慣れない旅路に疲れたのか、今テントの中でぐっすり眠っている。



「こうやって、ここにいるのが夢みたいだ」



 パキリ、と炎の中で燃える枝が音をたてる。

 話し始めたガイのほうを見てみると、その瞳は前を見つめ、顏は炎に照らされ赤くそまっていた。



「うん……」



 ガイの言葉に私は覇気のない声でうなずく。

 安堵の色を浮かべ、すっきりとした表情のガイとは対照的に、私の心には何かが引っかかったような、モヤモヤとしたものが残っている。


 結果的には良かったかもしれないけど、私はやっぱり今回の事は後悔してる。

 ガイはあの貴族に捕まった時、右腕を痛め、今腕が上がらないみたいなのだ。

 しばらく剣は握れないだろうって、ガイは笑ってたけど、私の心は晴れない。



「ありがとうな……、全部、お前のおかげだ」


「ううん。みんなが頑張ったからだよ……、でも、僕は……、僕はガイを……」


「ルーンっ! だから、それはいいって言ってんだろ!」



 膝を抱えうずくまる私に、ガイが少し語気を荒げる。



「なんで、お前がそんなに気にすんだよ……。俺はこれでよかったって思ってる!」


「でも……」


「だーかーらー、うじうじするなんて、お前らしくないんだよ! いつものヘラヘラしてるお前が俺は好きなんだから、いつも通りにしろよっ!」



 『好き』という言葉に、少し心の痛みが和らいだ。

 最初に出会った時、嫌われていたあの時の自分から見れば、きっと今の自分はとてもうらやましいものに違いない。



「僕はもう絶対に、ガイを傷つけたくない」


「ルーン……、お前ってさぁ」



 半ば呆れたように、わざと大きくため息をつくガイ。

 パシッパシッと少し強めに頭がはたかれる。

 どうやらガイが私の頭を撫でているようなのだが、少し痛い……



「ほんっと、バカっ! おまえ、ほんっとバカっ! バカ正直で、まじめバカ!」



 叩かれ、バカ呼ばわりされ、私は少しムっとなる。


 こ、こんなに私が心苦しんでいるっていうのに……

 その張本人はこんなにケラケラとしやがって……っ!

 どんだけ、ガイのことをかわいそうだと思って……



 そこで、私は思考をとめた。



 かわいそう?

 

 ……あれ?

 

 私は……、ガイのことをかわいそうって思ってたのか?



「俺はもういいの。どうせ、剣もそんなに得意じゃなかったんだしさ。

 他でなんか出来ること見つけるさ。ちょうど良かったんだよ。

 それより、スイを取り返せたことが、何よりもうれしい。

 だから、俺は今すっげー幸せ。だから、お前は気にすることはねーんだよ。

 むしろ、そんな顏されたら、喜びたいのに喜べねーだろ?」



 そっか……。

 私は……、何を勘違いしてたんだろう。

 私は勝手に『私の中のガイ』を作り上げて、勝手に悲しんでいたんだ。


 そうか。

 うん、もう『勝手に』悲しむのはやめよう。

 今回はこれでよかったと思おう。


 でも……

 でも……、私はもう後悔はしたくない。

 もう二度と、仲間が危ない目には合うところを見たくない。



 『責任』



 この2文字が頭に浮かんだ。

 そうだ。何かやるときは、責任を持たなくちゃいけない……。

 私は責任を負う準備をしてこなかったんだ。


 だから、ガイがいなくなっちゃった時、あれだけ動揺した。後悔した。

 何かやるにはリスクがともなう。

 それをやるには、責任がともなう。


 責任を受け止めること。何かあっても受け止められる心……。

 私はそれを持たなければならない……

 何か行動する時は……っ!



「ガイ……」



 頭の上に乗ったガイの手をつかみ、私は体を横に向け、ガイと向き合った。



「お、おう。なんだよ。元気出たか?」



 私に突然手をつかまれ動揺しているのか、きょとんとしているガイ。

 私はその手をぐいっと自分のほうに引き寄せ、ガイに真正面から抱き着く。



「お、おいっ!!!」


「ガイ、大好きっ! 僕が責任とってあげるから、大丈夫だよっ!!」



「はぁ? なんだよ、それっ! 意味わかんねーだろっ! つーか、離れろ! 誤解されんだろうがっ!!」



 周りで見ていた男の子たちがヒューヒューとはやし立てる声が聞こえるけど気にしない。

 私はそのまま、ガイの頭の両端を両手で挟み込み、グィッと下に向けると、



「むちゅぅぅぅぅぅーーーーーーーー」



「うあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!! 何やってんだよ、お前っ! ふざけんなっ! 気持ちわりぃぃぃぃんだよぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」



 ガイが腕に中で暴れるけれど、私より小さいガイが私に勝とうなんて、100マン年早いのだ。


 ガイの叫ぶ声はあたり一面に響き渡り、そして私はウォルフ先生が騒ぎに気づいて、私をガイから引きはがすまで、ガイの顔中にキスの嵐をおみまいしてやった。




〇 〇 〇




 マルタナ村に無事到着すると、私は赤毛の女の子を連れて屋敷に戻った。

 2週間ぶりの我が家。


 少ししか経っていないはずなのに、なんかすごい懐かしく思えるのは何故だろう。

 ホームシックになってたのかしら?


 スイはガイに連れられ、村はずれに住んでいるウォルフ先生が面倒を見ることになった。

 ガイも一緒に住んでいるので、4年ぶりに兄弟水入らずで過ごせるだろう。


 私はふと、ガイと手をつなぎ、初めてみるマルタナ村に、体を縮こまらせ緊張していたスイを思い出した。

 早くこの村に慣れるといいなあ……。



「おかえりなさいませ。お嬢様」



 玄関前にはジェーンとエマニエル伯父様が私の帰りを待ってくれていた。

 懐かしい顏に私の頬は無意識に緩む。



 けど……、なんか二人の距離が近いような……。

 いや、気のせいだな。



「おかえりエルーナ。……? あれ、その子は?」



 玄関前まで来るとエマニエル伯父様は、私と手をつないでいる女の子に視線を向けた。

 その表情は少し戸惑っているように見える。


 そりゃ剣術大会に見学に行って帰ってくるなり、ジェーンの髪の色にそっくりな女の子を連れてきたんだから当然だよね。



「ガイの弟と一緒にネイマルの貴族に捕まえられていた女の子ですわ。

 あまり喋れないみたいで……、女の子だし、ウォルフ先生のところじゃ預かれないので、わたくしが連れてきたんですけど……。

 あと、この髪の色が……」



 久々のお嬢様言葉に舌を噛みそうになりながらも、どうにかエマニエル伯父様に説明をした。

 近くにいたジェーンを盗み見ると、目を大きく見開いてその女の子を見ている。


 エマニエル伯父様もジェーンの様子に気づいたようで、ジェーンの腰に手をまわし、



「話してみる?」



 と、すっとジェーンをその子の前に出した。


 なんっか、距離近いんだよなぁ……と、首をひねる私にかまうことなく、場面はどんどん進んでいく。


 ジェーンは私が聞いたことのない言葉でその女の子に話しかけると、今まであまり表情のなかった女の子の瞳が、光を当てたように急に輝きだした。

 そして、堰を切ったように、その口からきいたことのない言語が飛び出してくる。


 最初は喜んでいた赤毛の女の子だが、次第にその目には涙が浮かび、叫ぶような大きな声で泣き始めてしまった。


 ジェーンは泣き出した女の子をぎゅっと抱きしめ、何かを語り掛ける。

 その顔は私が今まで見たことのない、悲し気な表情で、私の心は何かにギュッとつかまれたように強く痛んだ。



「エマニエル伯父様。この子をうちで預かることはできませんか?」



 私が伯父様にそう提案すると、ジェーンが慌てて、



「い、いえ、それは、ご、ご迷惑に……」



 私の言葉を遮った。


 珍しい……。


 私=公爵家の令嬢からのお願いなのに、ジェーンがそれを『否』というのは……、侍女にあるまじき失態だ。

 これは……、ジェーンが相当、テンパっているっ!!


 そんなジェーンの様子を物珍しげに観察していると、エマニエル伯父様はくすりと笑い、



「ああ、もちろん。迷惑なんてとんでもない。……大歓迎だよ?」



 快く承諾してくれた。

 私は安堵でほっと胸を撫でおろしたが、ジェーンを見るとその顔はエマニエル伯父様を睨んでいた。



 え? なんで?



「ほら、ジェーンはその子を綺麗にしてあげな? 服も切れてボロボロだね。洋服はたしかユリアがここで着る用の服があっただろ? あれ使ってもいいから」


「え? ですが……、エマニエル様……」


「『様』はいらないって言っただろ? ほらほら」



 戸惑うジェーンにエマニエル伯父様はジェーンの肩を押し、屋敷の中へ押し込んでしまった。

 しぶしぶといった様子でジェーンは赤毛の女の子を連れ、奥へと入っていく。


 私はというと……、それをただ一人、蚊帳の外から茫然と眺め、色々と考えることがありそうだ、と遠くを見、さて、私も着替えてゆっくりするかと思って、屋敷の中へ入ろうとしたんだけど……



「あ、エルーナにお客様が来てるよ?」


「へ? 私に……、お客様ですか?」



 誰だろう?

 お父様?

 いや、お父様は仕事で忙しいって、この前、手紙で言ってたし……。


 お母様は今、妹のユリアがジュリアス殿下の婚約者になったと決まって大忙しだ。

 まあ、ジュリアス殿下が皇太子になるとは、まだ決まってないけど、一応、妃教育は今のうちから準備をしなきゃいけないらしい。

 で、それ以外で私に来る客といえば……。



 ふっ、私には……、マルタナ村以外に、遊びに来てくれる友達なんざいないのさ……



 と悲しくなったところで、突然、腰に差した剣がその重みを主張し出す。

 あれからずっとマントの切れ端に巻いて、腰にさしていた剣……



 そういえば……

 なんとなくもってきちゃったけど、この剣どうしよう。

 たぶん、この剣は、あいつの……



 王都のお父様にそれとなく事情を話して、お城に持ってってもらおうか……

 などと考えていると、エマニエル伯父様は上の空の私を気にすることなく、満面の笑みで爆弾発言をかますのであった。



「王都からのお客様だよ? エルーナ」



 ――……私の顔が青くなったのは、言うまでもない。


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