32
私の必死の捜索も空しく、ガイの姿はどこにも見当たらなかった。
太陽が空の真上に来ようとしている。
早くしないとあの子たちが港に連れていかれてしまう……っ!
「どこ行っちゃったんだよ、ガイのヤツ……っ」
村の建物と建物の間、くまなく探しているのに、ガイの姿はない。
どこかで怪我をして、うずくまっていたらどうしよう。
いや、そもそも子どもだけで、こんな危険なことをするんじゃなかったんだ。
ウォルフ先生だって、言ってたのに。
俺から離れるなよって……、赤茶髪の子どもは攫われやすいって……
マントを被っていても、隙間からどうしても髪の毛は出て、分かる人には分かっちゃうし……
押し寄せる後悔の念に私は押しつぶされそうになった。
あの夏の初め、少しずつガイとの距離が縮まった。
まだ、少しぎこちない時はあるけど、だんだん心を開いてくれている……そんな気がしていたのに。
なんで、急にいなくなっちゃうんだよっ!!
もしかしたら、大会の会場に戻ってるのかもしれない……。
そう思って私はアリーやジルのいる大会の会場へ戻ってきた。
「アリー!」
「どうしたの、ルーンっ!? あれ? ガイは?」
ちょうど試合が終わったところだったのか、私は運良くすぐにアリーを見つけ、その腕に縋り付いた。
あたりにガイがいないのを見て、アリーは不審げに眉を顰める。
「ガイがいなくなったっ! ここに来てない!?」
「え……っ!? いや、見てないけど……。い、いなくなったって、どういうこと!?」
いない……?
どうしようっ……、いやアリーは試合に出てたんだから、ガイがここにいても気づくはずないもんね。
もしかしたら、この人混みのどこかにいるかも……。
「ルーン? ウォルフ兄様に言おう! きっとなんとかしてくれる!」
「う、うん……!」
アリーの提案に私は即座にうなずいた。
ウォルフ先生には怒られかもしれない。
でもっ、もう、私だけじゃ無理だっ!
一人じゃ無理だよ……!
だって、こんなに人がいっぱいいるのに、どうやって探せっていうんだよっ!
赤髪の男の子なんて、どれだけいると思ってるんだ……
ガイに……
ガイに何かあったらっ……私はっ!!
あの日、木の下で「ありがとう」と言ったガイの言葉が脳裏によぎる。
私の事を許さないと言ったガイ。
でも、ガイはあれからずっと、まだガイは自分を責め続けていて、ようやく進み始めたっていうのにっ!!
私のせいで……!!
「ルーン……。泣かないで……。お願い、自分を責めないで……?」
ふわりと私の頭にアリーの大きな手のひらがかぶさる。
暖かい温もりが伝わってきて、私はごしごしと目からあふれる涙をぬぐった。
ガイ……、ガイ……、ガイ……っ!!!
悔しくて、悔しくて、胸が張り裂けそうなほど痛くて、歯を食いしばる。
「行こう……、ルーン。ウォルフ兄様のところへ」
ぽんぽんと頭をやさしく撫で、アリーは私に背を向ける。
「うん……」
涙を袖でぬぐい、私は気持ちを引き締める。
ここで負けちゃだめだっ!
ガイを探そうっ!
そう決意し、アリーの後を歩き始めた。
「っ……!?」
だけど、歩き始めて数歩、キーーーンという耳鳴りと共に、あたりの音が消えて、突然、私の耳のすぐそばで誰かがささやいた。
――……助けて……
「え……?」
あたりを見渡し声の主を探すが、皆、何事もないように通り過ぎていく。
気のせい……?
「どうしたの、ルーン?」
こちらを振り向いて不審げに私を見つめるアリー。
今の……、ガイの声が聞こえた?
――助けて……! ルーンっ!!!
「……ガイっ!!」
「あっ、ルーンっ! どこ行くのっ!?」
私は確信を胸に走り出していた。
ガイがいるっ!
あそこにガイがいるっ!
私は先ほどまでガイを探していた村の中心地へ急いだ。
人目もはばからず、建物の屋根に上り、屋根と屋根を飛び越える。
「なんだ、ありゃー」と口をあんぐりあけている村の人の声を無視し、ひたすら前に進んだ。
あれだっ!!
数メートル先の通りを、屋根を布で覆いかぶせた荷馬車が走っている。
荷馬車の後ろの布の隙間から、ちらりと太陽に反射し赤く光るものが見えた。
あれは……、ジェーンと同じ髪の色の……!?
何故かはわからない……。
でも、必ず、あの中にガイもいる……!
私は地上に降り立ち、2本のうち1本の刀を腰から引き抜き、手に握ると、上半身だけを思いきり後ろに捻り、肩から手へしなるように前へ繰り出した。
「アッタレエエエェェェェェッーーーーーーーー!!!!」
ヒュンッ――と目にもとまらぬ速さで飛んだ刀は、荷馬車の後輪めがけて一直線に進んで行く。
お願いっ!! 当たってっ!
ガゴンッ―――!!
右の後ろの車輪と荷馬車本体部分に刀が挟まり、急ブレーキをかけたように荷馬車が大きく一度、上に飛び上がるようにして止まった。
それに驚いた馬が大きくいななき、荷馬車を操縦していた男が「うわっ!」と声をあげる。
つながれた馬はなお暴れ、揺れる荷馬車は大きく右に傾き、ドスンとけたたましい音をたて横転した。
あたりに砂ぼこりがもくもくと漂う。
「よしっ!」
私は急いで荷馬車に駆け寄り、布を押し分け中を覗き込む。
「ガイっ!!」
「ルーン……っ!! やっぱり、来てくれた……っ!!」
そこにはずっと探していたガイと……、昨日見かけた赤茶色の少年、そしてジェーンにそっくりな赤色の髪をした女の子がいた。
「ガイっ! なんで、こんなところにっ!?」
「ごめんっ! 急に誰かが俺をつかんで……、気づいたら俺……この中にいて……、でも……、でも……」
ガイは急に顔をくしゃりと歪め、大粒の涙をこぼし始める。
そんなに怖かったのだろうか……
私は、そんなガイを見て後悔をする。
こんなことするんじゃなかった……
「いたんだ……! ほら、スイ。これ、俺の弟……」
ガイの言葉に一瞬何を言われたのか分からなくて、私はぽかんとしてしまう。
隣にいる赤茶色の髪の少年を見る。
ちゃんとご飯を食べていないのか、頬が少しこけている。
けど、どことなく……ガイに似ている?
「オレ……、オレは……?」
泣いているガイとは対照的に、弟だと言われた少年は何を言われているか分からない表情だ。
それに気づいたガイが、しゃくり上げながら必死に説明をしてくれた。
「……っ。お、俺のことっ……、覚えてない……っ、んだ……っ。し、仕方ないよなっ……うっ……、もう4年も前のことだし……っ!!」
そのガイの言葉に、もっと、もっと早く助けてあげられれば……という思いと、今回ガイをこんな目に合わせてしまって申し訳ないという思いが、心の中でせめぎあう。
私の行動は本当に良かったことなのだろうか……。
ガイの弟を見つけることはできた……、でも今回はあまりにも危険すぎた。
これからだってまだ分からない。
それより……、早く逃げなきゃ!
今の状況を思い出し、私は慌てて刀を手に持つ。
いつ誰かが襲ってきてもおかしくはないっ!
「ガイっ! 逃げようっ! 早くっ!」
「分かった! あ、でもっ! この子も一緒にっ! なぁ? ダメか!?」
いつの間にか、ガイの後ろに隠れていた赤髪の女の子がちらりとこちらをのぞく。
ジェーンに似た子だ……。
「なあっ! 頼むよ! こいつも連れてってくれよ! こいつも捕まったんだよっ! 一人でここに置いてくなんて、俺、できねぇよっ!!!」
しがみついている少女と弟のスイを抱きしめ、泣き叫ぶガイ。
でも、この状況で2人も子どもを……、ガイだっておそらく殴られて気絶させられたんだと思うし、きっと本調子ではない……。
そんな時に、最悪、ネイマルの貴族に捕まってしまったら……。
「なあ、頼むよ……。俺は、俺は……何もできねえし、お前に頼むことしか出来ねぇ……、俺にできることは、頼むことしかできねぇんだよ……。お願いだよ! 頼むよっ!!」
「ガイ……、そんな事言わないで……」
ガイの涙の溜まった目から、さらにぽたりぽたりと雫が落ちる。
そんなこと言ったって……
そんなこと言われたって……
いまさら……
私は喉の奥からから絞り出すような声でガイに言った。
「最初から、『全員』助け出すって決めてたんだから、そんなこと言わないでよ!」
私は不敵に笑った。
ガイが一瞬呆けた顔をする。
こういうの、ちょっとやってみたかったんだよね。
「さあ、行こうっ! 僕がまず外に敵がいないかを見る。そしたら、すぐ路地裏にまわって、逃げるよっ!」
ひとまず偵察に私一人が外に出て、辺りを見回し、荷馬車の前のほうへ気配を消して近づいてみた。
すると、馬はどっかに逃げ去り、操縦していた男は頭をどこかにぶつけたのか、一人のびていた。
よかった……。
あとは、けっこう盛大な音を出しちゃったから、それに気づいて誰か来なければ……
「ルーンっ」
振り返ると私を追ってきてくれたのか、アリーの姿があった。
その額には汗が大量に流れている。
「アリーっ! ガイが見つかった!」
「えっ! どこっ!?」
目を丸くするアリーに私は荷馬車の中に案内する。
アリーはガイが無事なのと、他の2人を見て、にこりと微笑んだ。
「早く逃げよう! この辺りは閑散としてるけど、一つ向こうの通りは結構人がいた。すぐに誰かくるかもしれないっ!」
アリーの言葉に一同頷くと、アリーは赤毛の女の子をひょいと抱きかかえた。
ガイも弟のスイを抱きかかえようとして……
「うぐっ……」
「どうしたの、ガイ?」
ガイは右腕を抑えて、その場にうずくまってしまった。
どうやら怪我をしているらしい。血は出ていないようだから、打撲だろうか?
よし、それなら……。
「僕がスイを運ぶから。ガイは前を行って?」
「悪りぃ……」
手が塞がっている私とアリーは後ろに回り、ガイを先頭にする。
あたりを確認しながら、薄暗い荷馬車の中から、外へ出る。
赤毛の女の子はガイから離され、うぅぅとぐずったが、ガイが人差し指を口にあて、しーっと言うと、おとなしく黙った。
結構、なついてるな……と思いながら、私たちはその場を後にした……が。
「おいおいおいおい。お前たち、どこへ行くんだ?」
どこからともなく、昨日のあの太ったネイマルの貴族が出てきた。
今日も今日とて、エンジ色の上着にぱつんぱつんの黒のズボンを履いている。
だが、その手には鋭い大きな剣が握られていた。
「昨日からネズミがいるかと、思いきや。3匹もいやがったのか。
ふんっ、逃げられると思ってんのか? えぇぇっ!!!!」
そう言って、猛然とこちらに走り出してくる。
腰にある刀を取ろうにも、スイを下ろさないと……、いや、間に合わないっ!
それはアリーも同じで、女の子を今まさに下ろそうとしているが、この距離では間違いなく、ガイが……っ!
「ガイっ!!!」
貴族の振り上げた剣がガイに振り下ろされる。
じっとして、動かないガイの背中……。
そして……っ!!!
ガッ――……!
しぶきが上がり、私の目にはその体がスローモーションで地面に倒れていくように見えた。
息が止まり、開いた口が塞がらない。
なんで……
なんで…………
どうしてっ………………!?
ドスッ――……!




