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「おらっ! 早く運べぇ!! タラタラしてんじゃねぇぞぉ!」


 大きい布袋を引きずる2人の子どもたちの後ろから、野太い男の怒声がきこえた。

 見れば、見事な金糸の施されたテラテラと光るエンジ色の上着、襟元にフリルがあしらわれたシャツの、いかにも金持ちそうな服を着た男が現れた。


 その黒いズボンのウエストは今にも、はちきれんばかりに膨れ上がっており、足もとにかけて、きゅっとすぼまっている。

 小さな黒光りする革靴で一歩一歩進むたびに、ドシンドシンと音が響いてきそうなほどの重量感。


 まあ、つまり……、その……

 とても太っているわけで……



 ――…… 間違いないっ! 貴族だっ!!



 刷り込みにほかならないが、太ってるやつ=ネイマルの貴族という思考回路がどうやら私の中に出来てしまったらしい。

 だけど、おそらくその予想は当たっていると思う。



 その太っているちょび髭を蓄えた貴族は、イライラした様子で、



「ったく、飯代だけかかって仕方ねえ! 小さい子どもは、手間がかかるから売れにくいって、あれだけヤツらに言ってんのに、これだから低能はすかん!

 ようやく、一人はまともに喋れるようになったが、まだまだ時間がかかりそうだなっ!」


 道端の小石を子どもたちのほうへ蹴飛ばす。



「あ、旦那っ! ここにいましたか!」



 太った貴族の後ろから、へこへことした足取りで、質素なシャツにループタイ、茶色のベストを着た、少しやせた商人と思しき中年の男が出てきた。



「例のアレの業者が来ております。明日の昼間にブツを港にまとめて、その次の早朝に荷積みで段取りは整いました」



 手をもみながらゴマすりをする商人に、ニヤリと下品な笑みを浮かべる貴族。



「ふんっ、まあそっちのほうは、順調なようだな」


「はいぃ! あ、それとあの赤毛の子どもなんですがね、司教のほうから了承が得られました。今回の船に乗せ、ネイマルへ連れてこいとのことです」


「まあ、あの娘は利用価値があったな。なにせ渓谷の民の末裔だからな。ネイマルの王都にはアイツもいることだし、うまくいけば増やすこともできるからな」


「旦那……、えげつない事を、お考えになりますねえ」


「ふんっ、そうして我がネイマル神もながらえておられるんだ。今に始まったことじゃない」


「たしかに……。あっ、それはそうと、旦那。あのもう一人の赤茶色の坊主なんですがね、あいつも一緒に連れていってはどうでしょう?」


「あいつをか? なぜだ? ただのネイマルのガキだろ」


「えぇ、ですが……、見れば、あの子らはずいぶんと仲が良いように見ますからね……」


「ふんっ、なるほど……。娘のほうが逃げないように、人質ってわけか……」


「さすが、旦那……。話が早い」



 そして、くつくつと笑う貴族と商人。

 内容は分からないところもあったけど、とりあえずあの子どもたちは2日後の朝、船でネイマルに連れていかれるみたい……。


 あの赤茶髪の男の子がガイの弟かどうかは分からないけど、でも……、たとえそうでなくても、あんな小さな子が大人のいいように使われるのを黙って見過ごすわけにもいかない。


 幼い子どもを2人連れてここから抜け出すのは、さすがに私一人じゃ無理だ……。

 明日ガイを連れてこよう。

 まだ1日、時間はある。


 そう思って私はその場を後にしようとした、だけど貴族と商人の話はまだ続くみたいで、進みかけた足をとめた。



「ったく、でも最近は難民も全然捕まりやしねえ。あのシヴァートのせがれが手を引いてるってきいたが」


「はいぃ。なんでも、アスタナ王国にマルタナっていう村を作りましてね、あすこの領主と逃げた奴らの戸籍を作って、囲ってるって噂ですぜ」


「ったく、いまいましい。あの神のなりそこないがっ!」


「まあまあ、あれでもネイマル神の弟ですから、多めに見ませんと……」


「うるさいっ!」


「ひえぇぇぇ、すみません旦那っ!!」


「ふんっ、まあいい。今にアスタナの地はネイマル神のものとなる。全ての者がネイマル神のもとへ還るのだ。アスタナの王都も、今やもう……」



 高笑いする貴族の巨体がふんぞり返り、シャツのフリルが大きく揺れる。

 ふと、その首元にきらりと光るものが見えた。

 


 あ、あれは……っ!



 私は身を乗り出し、その揺れ動く光に目を奪われる。



 ひし形の紫水晶のネックレス……っ!



 着ている服が豪華なわりには、麻紐でくくられた紫水晶をぶら下げたネックレスは安っぽく見えて、ひどく不釣り合いだ。


 さっき、表にいた赤茶色の髪をした男たちはネックレスをしてなかったけど、こいつが何故、ネックレスをつけてるんだ?


 てっきり私は山賊たちがネックレスをしてると思ってたけど、なんでネイマルの貴族が……?



 商人のほうはネックレスをしていないのかな?

 うーん、あまりここからじゃ見えない……、もうちょっと、近くに……。



 パキンっ。



 足元にあった無造作に捨てられた木板が私の体重に耐えきれなくなり、割れる。



 ヤバイっ!!!



「誰だっ!」



 貴族の男がバッとこちらを振り返る。

 私は慌てて路地裏に逃げ込み、両側の壁を交互に蹴り上げ、建物の屋根まで駆け上がると、一目散に逃げだした。


 後ろから待てえぇぇぇっという声が聞こえる。



 誰が、待てって言われて、待つ奴がいるかっ!

 てか、あっぶなー! マントつけてたから、たぶん顏は見られてないはずっ!

 よかったぁ、マントつけてて!




 私は家の屋根と屋根を縦横無尽に飛び渡り、みんなのいる大会会場へ向かった。



 にしても……、ネイマル神? 渓谷の民? シヴァート?

 どれもすごい重要なことのように思えるのに、全然つながらない。




「一体この国で何が起こってるんだろう……」


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