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な、なななななんで、ここにいるのぉぉぉぉ、この馬鹿王子じぃぃぃぃぃぃ!!!!!!
お前、何かあったらどうすんねーーーーーーーんっ!!!!
と内心、心臓がバクバクの私は、間違いなくこの国の第一王子であるジュリアス殿下を見て、突っ込まずにはいられなかった。
後ろの平民姿の騎士は鋭い目つきで、私たちを睨んでいる。
こ、怖い……。
わ、わかるよ? 第一王子でしょ? 何かあったら、大変なんでしょ?
知ってるよ? 王族なんだもんっ、怪我とかさせたら、もう、死罪じゃん。
死罪確定じゃんっ! 国家反逆じゃんっ! 過失致死でも、最悪……、死罪じゃんっ!
どっちにしろ、死亡エンドだよ……はぁ?
なら……っ、ならっ、外出すんじゃねぇよっ!!
城に縛り付けとけ、ごるぁぁぁ!
つーか、剣術大会は12歳からじゃん!
なんで、出場してるんだよ。
歳、数えられないんだったら、教えてあげるよ?
お前、9歳だから。
わたしと同じ、9歳だから。
両手でまだ数えられるよ~?
金か? 金なのか? お前、金で出場権買いやがったのか?
世の中、金なんか?
えぇっ! なんとか言えよぉぉぉ!
という心の声はもちろん、相手には伝わらず、私はアリーと二人、ジュリアス殿下と平民に扮する騎士と対峙する形となった。
「一番強いかは、分からないけど。優勝はさせてもらおっかな? とは思ってるよ」
涼しい顔でにこりと笑うアリー。
つ、強い……、知らないとはいえ、この国の第一王子にその微笑は……強すぎるっ!
「言ってろ。ま、明日までのお楽しみだな」
言うねぇ! 王子っ! お前も負けてないなぁ!
まだ、9歳なのに、そんなませた言葉遣いなんて……、くっ、可愛いんだよっ!
そう、なんとジュリアス殿下は、私より頭一つか一つ分半くらい背が低くて、とても可愛いお姿でいらっしゃった。
年齢にしては大きいほうなんだと思うけど、私が異常なだけだね、たぶん。
不覚にも自分より小さい殿下に、身もだえする私がプルプル震えていると、突然、
「で、お前は誰だ?」
ジュリアス殿下が私に話しかけてきた。
思いがけない殿下の言葉に震えがぴたりと止まり、殿下の金色に光る瞳が私を射抜く。
何故、私に話しかけた……っ!?
冷や汗がダラダラと流れ、私は必死に色々考えた。
知らない体とはいえ、相手はこの国の第一王子。
無礼な態度をとったら、どんな罪を着せられるか分からない。
でも……、でも一体どうすればっ!
「誰だ、ときいている」
ギラリと黄金に輝く瞳が眇められ、自分より小さいはずなのに、その圧倒的な威圧感に体が押しつぶされる。
脳がじわじわと何かに支配される感覚。
このお方は――……王族
このお方は――……私よりも偉い
偉いものには……
従え――……
息が止まり、私の意志とは関係なく、反射的に体が動いていた。
「はっ! わ、わたくしはルーン・マルタナ。マルタナ村のルーンでございますっ!」
右手を胸にあて、頭を下げ、片膝をついた。
息が震える。
王族とは……、こんな子どもの時から圧倒的な存在感をまとうものなのだろうか。
身体が勝手に動く、忠誠を誓えと動く……っ!
怖い……。
なんで、こんなに怖いって思うんだろう……っ!
「なぜ、膝をつく?」
「そ、それは……」
「……」
あたりのざわめきが耳から遠のく、この状況をどうすればいいのか、私には皆目見当もつかなかった。
ただ、私とは『違う世界』の人間が、すぐ目の前にいるという事だけは分かった。
しばらく、そのまま膝をついていると……
「顔を上げろ。立て」
「……」
私はジュリアス殿下に命令され、スッとその場に立つ。
それはもちろん、私の意志とは関係ない。
命令されたから、きいただけだ。
ツカツカと足音が近づいてくる。
地面に下げた視線の先に、ジュリアス殿下のよく手入れされた黒光りする革靴が目に入った。
もう、私にはなんの意志もない。
アスタナの民であれば、アスタナ王国の王族に従うのは当然の事。
上の者に、従うのは当然の事。
それが社会のコトワリ。
自分の意志など関係ない。
下の者は上の者の言う事を、きくのが、それがこの世の中というもの。
殿下の手が私のマントの帽子に伸ばされる。
私は目を閉じて、静かに頭を垂れた。
「ルーンっ! ……っ!!」
アリーの切羽詰まったような声に、我に返った私はハッと瞼をあける。
全身がんじがらめに巻き付いていた見えない鎖から、解き放たれたような感覚におちいる。
私は一体どうしちゃったんだろう……。
そして、視界が開けたその先には、目を疑うような光景があった。
ジュリアス殿下が私の顏にかかったマントに手を伸ばし、その手をアリーが止めようと掴みかかろうとしている。
だけど、ジュリアス殿下の後ろにいた騎士が、いつの間にかすごい近い距離にいて、アリーの首筋に銀色に光るナイフを突きつけていた。
こ、これはどういう状況!?
「やめろ、クリス。ここで騒ぎを起こすな」
「ですが、この者は……」
「いい。この場合、俺が悪かった」
ジュリアス殿下は私に伸ばしていた手を引っ込め、
「悪かったな。また、明日会おう」
と何事もなかったかのように、表情のない顔で言い放つと、くるりと私たちに背を向けた。
横目で殿下の動きを一瞥した騎士は、アリーの首もとに向けたナイフを、音もなくすっと懐にしまう。
「以後、気をつけよ」
ギラリと鋭い眼光をアリーに戻し、殿下の後に続いた。
騎士の迫力が凄まじく、私もアリーも声がでない。
嵐が去った……
周りの喧騒が今更ワッと耳に流れ込んでくる。
息をつき、ゆっくりと横にいるアリーに視線を向けると、ギロリと鋭い目で殿下と騎士の背を睨んでいた。
「だ、大丈夫? アリー……?」
「う、うん。何? あの人たち……? ていうか、ルーンはなんで、頭を下げたの?」
私が声をかけると、アリーはパッと表情を変え、ニコリとほほ笑む。
うっすらこめかみに汗を浮かべるアリーに、私はどう説明しようかと迷ったが、さすがに王族とは言えないので、
「たぶん、あれは良いところの貴族の子だと思う。後ろにいるのは従者だよ」
「へぇ……、ルーンって見ただけでわかるんだ。すごいねぇ……」
感心したように目を丸くするアリー。
そんな様子に、ちょっと得意げになる私。
「うーん、まあシェルトネーゼ家に仕えているし、もともとは僕も貴族の端くれだったからね。爵位は返しちゃって、今はただの平民だけど」
「ふぅん……、シェルトネーゼ家よりも、いい家? あの子……」
「うんっ! だいぶねっ!」
そこでアリーは意地の悪い笑みを浮かべた。
この顔は……、あまり良いことを考えていない顏だな……。
なんだろ、アリーって可愛い顔をして、裏があるんだよな……。
二面性? なんか、怒らせたら、怖そう。
アリーは何かを納得したような顔をして、ふぅっと息をついた。
「そっか。じゃあ、王族みたいなもんだね」
……。
…………。
………………。
アリー、こえぇぇぇぇぇぇ。




