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潮の香り。
人々がにぎわう海に面した市場は活気があり、あちらこちらにある露店では新鮮な魚介や、めずらしい果物でいっぱいだった。
そう、ここはゴフタナ村に隣接する港町。
温暖なメールス大陸の中でも、特に暖かく、貿易が盛んで人の往来が激しい。
内陸にある王都の騒がしさとは違う、開放感のある空気で、商売や観光で来る人で大賑わいだ。
屋台の周りには、昼間からお酒を飲んでいる人が集まりどんちゃん騒ぎ。
モクモクとあがる煙が風に運ばれ、香ばしい薫りがあたり一面に満ちている。
「ほうらっ! 今日あがった新鮮なカルーナ貝だよー! 今、食べないと損だよー!」
「ウォルフ先生っ! 貝のバター焼きがありますよっ! 貝のバター焼きっ!」
マルタナ村では見慣れない魚介に私のテンションは爆上がりである。
先ほどから、私の口内は唾液で充満し、早く何か口に入れないと、今にもヨダレがタラーっと出てきそうだ。
――……嗚呼、なんていい匂い、食べたいっ!!
私がその魅惑の香りに浸っていると、風であおられ、ふわりと浮いた私のマントの帽子をウォルフ先生はぐっと目深にかぶせた。
「観光に来てるんじゃねーんだからなっ! ほら、宿舎に行くぞっ!」
そう言って、ウォルフ先生はむんずと私の手首をつかみ、ズルズルと引きづって行く。
うぅ……、少しぐらいいいじゃん……。
ジルからはお菓子を持ってくなって言われて、ただでさえ、カロリーが足りないのに……。
ダイエットしてから、しばらく経つけど、実を言うと昔より食べる量は多くなってきている。
むしろ、食べないと、どんどん体重が減っていき、動けなくなってしまうのだ。
毎日激しく動き回ってるせいだろうか……。
ありがたいような、燃費が悪くてもったいないような……。
宿舎は町の中心地から少し外れたところにある木造の2階建て。
他の地域から来ている子どもたちも、ちらほら見える。
「明日は大会予選、明後日は本戦だっ! 今日は軽く身体動かして、早く寝ろっ。いいなっ!」
「はいっ」と十数人の男の子たちが元気よく返事をする。
ゴフタナ村の剣術大会は、12歳から18歳までの少年の部、19歳からの成人の部に分かれていて、明日はアリーやガイ、ジルが出場する少年の部の予選がある。
そして、予選を勝ち抜いた10名があさっての本戦に出場できる。
その後に、出場人数が多い成人の部は2日間の予選ののち、本戦という計3日間のスケジュールになっている。
マルタナ村は子ども達だけしか剣術大会に出ないので、ウォルフ先生やマルタナ村の大人たちは出場しない。
みんなすっごい強いから、優勝、準優勝、その他入賞、総なめにするんじゃないかって思ってるんだけど、村の警備とかあるから出れないそうだ。
ウォルフ先生は私たちの引率の先生といったところである。
まあ、たしかに村を守る大人がこぞって大会に出ていなくなったら、いざっていう時大変だものね。
「あと、外に出る時はかならず頭を隠せよ! 極力俺から離れないようにっ!」
ウォルフ先生はそう付け足すと、宿舎の中へ入っていく。
それを後ろから、ぞろぞろとマントを被った私たちがついていく。
なんか、宗教集団っぽい感じになった気分。
赤茶髪の子どもは攫われやすいってウォルフ先生が言ってたけど……、逆に目立つんじゃないだろうか、って思うのは私だけだろうか。
他の村の子も日よけ対策でマントをしているし、変ではないけどね。
そんなわけで、私は初めてのお泊り会に、嬉し恥ずかし、ドキドキワクワクしながらも、何故かウォルフ先生と2人だけの相部屋になってしまい、アリーやガイ、ジルと夜の枕投げ大会ができないことを嘆いた。
〇 〇 〇
翌朝。
私はみんなと一緒に予選の大会会場へ向かった。
宿舎から少し歩いたところで、何もない平らな平地が広がっている。
あちらこちらには、子ども達が元気よく剣をふるっており、それを周りの大人、子ども関係なく、ワイワイガヤガヤ、はやし立てている。
「すごいたくさん人がいるね! アリー!」
「まあ、アスタナ王国で一番大きい大会だからね。国外からも来れるみたいだし、かなりの規模だよね」
大会の登録を終えたアリーと一緒に、私は受付ブースから少し離れ、辺りを散策していた。
向こうには受付で男の子たちの名前を記入しているウォルフ先生の姿が見える。
あまり遠くへは行くなって言われてるから、これ以上離れると怒られるので、ここらへんで立ち止まる。
ざっと辺りを見たところ数百人……。いや、それ以上か。
もしかしたら、剣術大会とは関係のない人が混じっているかもしれない。
私はふとそう思いつき、今までの旅行気分だった心に影が落ちる。
今日はとりあえず、ウォルフ先生の目を盗んで、紫水晶が不正売買している場所を『確認だけ』するつもりだ。
そこで人身売買があれば、明日ガイを連れて行く。
可能性は限りなくゼロに近いけど、もしかしたらガイの弟がいるかもしれない。
わずかな希望。
諦めたほうが楽になるだろう。
でも、諦めたらそこで終わりだ。
「じゃあ、戻ろっか? 予選すぐに始まるだろうし」
アリーは出場ナンバーの書いてある木札をちらつかせ、ウォルフ先生のもとへ足を向け、私もそれに続こうとした、その時……。
「おい、お前」
マント越しに聞こえる少し高い少年の声。
その声に、聞き覚えがあったことに、一瞬、私は耳を疑った。
声音はあの頃とはだいぶ変わっている。
けれど……、その威圧感のある高貴な雰囲気。
あの日に感じたピリピリと張りつめた空気。
いや……、まさか……、こんなとこに?
そんなわけはない……。
あの人が、ここに……、いるはずがない……!
全身の筋肉がこわばり、立ち止まる。
私がついてこないことに気づいたのか、アリーは「ほら、さっさと行くよ」とくるりと後ろを振り返る。
だが、私は緊張で返事ができない。
「ルーン?」
私の様子を不審に思ったのか、アリーは心配そうに、こてっと首を横にかしげる。
マントを被った帽子からのぞく、黄金の髪がさらりと揺れる。
「お前が、アリー・マルタナか?」
アリーに向かって、先ほど後ろから聞こえた声が問いかける。
同じ高さにあるアリーの視線は私から少し横にずれ、後ろの相手を見つめる。
私と同じアメジスト色をしたアリーの瞳に、その人物の姿が小さく映る。
「そうだけど……? 君は?」
答えるアリーに、私は悪い予感があたりませんようにと祈りながら、おそるおそる後ろを振り向く。
だが、私の祈りは天に届くことはなく、そこにいたのは……
「俺の名前は、ジュリ。この剣術大会に出る者だ」
後ろに平民に扮したお付きの騎士らしき者をつれ、光をすべて吸い込んでしまうほどの深い漆黒の髪をなびかせる。
力強い黄金の瞳はあの頃と全く変わりがない。
「お前だろ? アスタナで一番強いってヤツってのは?」
不敵な笑みを浮かべるその少年は、2年前、最悪な別れ方をした、
このアスタナ王国、第一王子である――……
――……ジュリアス・クロイ・アスタナ殿下だった。




