~閑話~ 故国を思うジル
白銀の髪に、紫色の目。
俺は最初こいつを見たとき、協会へ行ったあの日々を思い出して、泣きそうになった。
父ちゃん……、母ちゃん……。
いつか幸せになれると信じて、ずっと……ずっと祈り続けていた。
でも、『神様』は助けて……くれなかった。
俺とテオは両親を亡くし、幼かった俺たちだけでは生きていくことが出来ず、ユグタナの地を出た。
ネイマル王国にある村だけど、ユグタナ村は元アスタナ王国の支配地で、ネイマル王国建国時に返還された。
支配された記憶を忘れさせないために、新たに君臨したネイマル王国の王は、ユグタナ村の名前を変えることなく、そのままの名を残した。
アスタナ王国にネイマルの難民を受け入れてくれる村が出来たというのを聞いて、俺とテオは難民として、同じユグタナ村の人とアスタナへ向かった。
険しい山道だったけど、周りの大人が助けてくれて、俺とテオはアスタナのマルタナ村へ無事来ることができた。
あとから聞いた話によると、ここいらは山賊が出るらしく、半分以上の人は連れて行かれるのをきいてぞっとした。
この地に1年前、難民を受け入れる場所を作ってくれたウォルフ兄さんや他の難民の大人が、山賊に目を光らせてくれているおかげで、最近はその被害が少なくなってきているという。
「ジオ、ごめんっ! 待った?」
息を切らせて俺の前に現れたのはルーン。
なんか偉いお嬢さんの従者らしい。
最初はブクブク太ってて、臭いし、髪の毛と瞳のせいで、俺は嫌悪感しか湧かなかった。
最初は……。
俺と同じ境遇で、いや俺より過酷で……、弟を目の前で連れていかれたっていうガイの話をきいて……、
もしそれが自分だったらって、重ねちまって、それでガイと一緒にルーンをいじめてた。
けど、ずっとルーンを見ているうちに、こいつは俺が思っているようなヤツじゃないってことがわかったんだ。
どこかおどおどしてて、必死になってみんなの輪に溶け込もうとして、でも最初のうちは誰もアイツのことを毛嫌いしてて。
それでも、アイツはめげなかった。
次第に俺の周りの奴らはアイツを『神様』なんて思わなくなった。
俺もこいつは『違う』って思い始めてきた。
なんで、俺は見た目でこいつを『悪い』ヤツと判断していたんだろう……。
「だから、俺の名前はジルな? ジオじゃなくて」
馬鹿で素直なくせに、いつの間にかすげー強くなってるし。
「ごめんっ! 人の名前覚えるのすごい苦手でっ!」
たぶん、テオっていう名前につられて、俺のジルって名前がジオになっちまうんだろうなって思うんだけど、コイツはたぶん気づいていない。
こんな人の名前すら覚えられないヤツが『神様』なわけがない。
こいつはただの……『人間』だ。
『ガイは脇が締まってないから、もうちょっと締めたほうがいいかも』
『こ、こうか?』
去年の夏前あたりから、こいつらの関係が明らかに変わった。
今まで、ルーンの事を避けていたガイが少しずつ、ルーンと会話をするようになってきていた。
何があったかは、そんなの野暮だからきかないけど。
ルーンも、おどおどした感じがなくなって、急に大人びた感じがした。
なんか、俺だけ置いてけぼりになったような気がして寂しい。
アリーも二人が仲良くなってくれることは喜んでいるみたいだけど、こいつはたまにすげー暗い顔をする。
ウォルフ兄さんの弟であるアリーは小さいけど、すごく強い。
小さかったのに、いつのまにかぐんぐん背が伸びて、すっかり俺を追い抜いちまった。
まあ、ルーンも俺より年下のくせに、伸びやがって……、太ってたせいでその分、縦に伸びたに違いねえ。
街で針仕事してる女子たちが、ルーンとアリー目当てで最近来ているのを知っている。
まあ、こいつらはあんまり興味がねえみたいだけど、俺としてはちょっと面白くない。
でも……。
こいつらはマジですごい。
俺とテオがルーンに頼んで、ガイの弟を探してくれって頼んだら、ここの偉い人に色々情報をもらえることになったし。
最初は大人は助けてくれないのかって、ちょっと気分が落ち込んだけど、俺の予想を何倍にも上回ってルーンはいろんな情報をくれた。
来週はガイの弟を攫って行った奴らの仲間を見つけに行く。
だけど……
俺には一つ気がかりがある……
紫色の宝石のネックレス……
あの情報はアリーがくれた情報だ。
俺がいくらがんばって情報を探し回っても、一番でかい収穫は、果物屋のおばさんからもらった情報で、山賊は「赤茶色の髪の男たち」っていうものだった。
その赤茶色の髪っていう情報は、つまり俺たちと同じネイマルのやつが同胞の俺たちを苦しめているっていうことで。
なんで、同じ国の奴が俺らにそんなひどいことするんだよって思った。
なかなか前に進まないガイの弟探しが、アリーの情報のおかげで、かなり進展した。
ルーンがその情報でゴフタナが怪しいって突き止めてくれたから。
でも……
アリーはどこでそんな情報を手に入れたんだ?
一体、誰から……?
「ジオは何持ってく? お菓子、何持ってく?」
ルーンは明日出発する剣術大会の荷造りリストを手に、色々とかき込んでいる。
俺は字が読めないから、何が書いてあるか分からないけど……
なんとなく、分かる。
たぶん、コイツ――…… すっげー、字がきたねぇな。
「ジルな? 次呼んだら返事しないからな?」
「あっ、ごめんっ! なんでだろっ! 本当にごめんっ!」
泣きそうになりながら謝るルーンに、俺は諦めたように「お菓子はもってくな、虫歯になるから」
と言って、リストを奪い取ってぐしゃぐしゃにした。
ルーンが悲鳴をあげたが、気にしない。
ここでの日々は楽しい……
でも……
いつか、帰れる日を俺はずっと待ってる。
そのために、今、頑張っている。
アリーも、ガイも、ウォルフ兄さんも、テオも……
ここにいる全員が、ネイマルに帰る日を待っている。
その日まで、俺たちは剣をふるう。




