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「うるあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」



 十字に重ねた2本の刀を、全身のバネを使い、相手の両肩をめがけて振り落とす。



 ガギィーーーーーーンッ!!



 木刀にも関わらず、耳をつんざくほどの大きな音があたり一面に響きわたり、赤い火花が飛び散る。

 ギリギリと衝撃に耐える面の広い大きな剣が、その細い2本の刀の行く手を阻んでいた。



「くっ……」



 これ以上は無理かっ……!



 2本の刀を下げ、私は後ろに跳躍し、態勢立て直す。



 くっそ……っ、もう一度だっ……!!



 地面に足がつくやいなや、前方に加速しようとした、その時……



 はっ……!?



 こちらへ猛烈に迫りくる剣に目を疑う。

 一瞬、何が起こったのか分からず、動揺が走り、視界がぶれる。


 さらにもう一回、後方へ跳躍し距離をとったが、さらに加速した相手がもう目前にまで迫っている。

 胴を狙ったその攻撃に、これ以上後ろへは逃げられないと瞬時に判断し、真上に飛び上がる。



 な、なんで、こんなに速いのっ!!



 乱れる呼吸を整えようと空中で、息をつく。

 だが、下にいる相手を見てぞっとする。


 紫色の鋭い光が――……こちらを見ていた。



 シュッと空気を切る音。

 間一髪のところで、宙を浮く私の足に向かって振り上げられた剣を避ける。



 あっぶなっ……!



 危うく、右足をもっていかれるところだった。

 速く、距離を取らなきゃっ!


 私は軽く冷静さを失いつつも、空中で体をひねり一回転。

 相手の攻撃の届かない場所へ降り立ち、背後に迫ってくる相手の気配を感じつつ、屈んだ体をひねり、振り向きざまに刀を繰り出した。



「――……やめっ!」



 ウォルフ先生の太く鋭い声で、相手の胴にあともう少しで触れる刀と、私の頭上に振り下ろされているであろう剣がぴたりと止まる。


 頭頂部に風圧がぶわっと押し寄せ、緊張で無意識に呼吸がとまり、体が硬直する。

 砂ぼこりが舞い、静寂があたりを支配する。

 そのピンと張りつめた空気を破ったのは――……黄金の髪を風になびかせた――…… アリーだった。



「9勝10敗。えーっと、1,591分けだっけ? ルーン?」



「はっ……、一桁違うよ。15,910分けでしょ? アリー」



 アリーの胴に向けた刀を腰にしまう。

 差し出されたアリーの手をつかみ、屈んでいた私はグイっと引っ張られ、起き上がった。

 同じ高さの目線にある、私と同じアメジスト色をした瞳が私に向けられている。


 その目は先ほどの鋭さはなく、いつものやさしい、おだやかさが浮かんでいた。



「いよいよ、明日出発だね。ルーンが出場できないのは、残念だけど。優勝は僕で決まりかな?」


「今のうちに喜んでおくといいよ。3年後は、アリーが準優勝になるだろうからね」



 そう軽口を言い合い、私とアリーは「はやく、下がれー」というウォルフ先生の言葉に追い立てられるように、その場を離れた。



 強くなった……

 そう自分で思えるほど、私は強くなったと思う。


 隣の村と行われる合同の練習試合では負け知らず。

 唯一アリーには、たまに負けてしまうこともあるけれど、ほぼ互角といった具合だった。

 いつしか、私とアリーは近隣の村でちょっとした有名人になってしまっていた。


 一週間後に開催されるゴフタナ村での剣術大会は、優勝の最有力候補としてアリーの名があがっている。

 私はまだ9歳だから出場資格がない。

 本来であれば、行くことはできないのだが、特別に見学という形で連れていってもらえることになった。



 ようやく、動き始められる。



「ジルも頑張ってるから、いい成績出せるといいねっ!」



 向こうで打ち合っている、ガイとジルを見てアリーは変声期前のかすれた声を弾ませた。


 美少女だった頃のアリーはもういない。

 一抹の寂しさをおぼえた私だったけれど、生物なのだから成長するのを止めることは出来ない。



 嗚呼――…… 若さとは限りがあるから美しいのである。



 あの頃よりだいぶ短くなったと思える2本の刀を見下ろす。


 私も背は伸び、平均的な女子より少し……、いや、かなり高いほうなんだけど、アリーの成長のほうが度を越してすさまじい。

 160㎝の私を、今まさに追い抜こうとしている勢いだ。


 私のほうは、もうこれ以上、背が伸びてほしくないので気が気ではないけれど。

 ていうか、9歳でこの身長は伸びすぎだよっ!


 かつて横に広がっていた私の体は、今は縦にびよーんと伸びた状態になり、何故か胸にあった脂肪までいつの間にか消失し、まっ平らの、つるぺたの、ぺたぺただった。



 か な し い 



「でもガイは予選落ちになっちゃうかもね……、頑張ってるけど。で、そのあとルーンと一緒に行動するの?」



 ジルに押されて後退するガイを見て、アリーが問う。

 重心がぶれ、後ろ斜めに傾くガイは今にも倒れそうだ。

 こう言っては何だけど、ガイはあまり剣術が得意ではない。



「うん、そのつもり。ちょうど試合中に闇市が開催されることになってるはずだから、ガイを連れて偵察に行こうと思ってる」



 2年前、紫水晶の不正売買が行われている報告書を見てから、私は色々と調べた。

 すると、ゴフタナ村では、人身売買が行われる闇市が、紫水晶の売買と同時に開催されていることが分かった。


 開催日はゴフタナ村で、何かイベントが開催される日。

 村を出入りする人間が増えるその日を狙って、混雑に紛れて人目を盗み、闇市が開催されるのだ。


 ようやく敵をこの目で見ることができる。

 期待と不安。そして恐怖。

 ないまぜになったこの気持ちをどこに吐き出して良いのか分からず、私は手に持ったもう一本の刀を、上から下へ空を切り裂くように振り下げ、腰にさす。



「あまり、無茶なことはしないでね」


「わかってる……」



 アリーの不安げな紫色の瞳が揺れる。

 あの頃と全く変わっていない。

 その表情に私はくすっと笑った。



「ジェーンさんに怒られるからね」



「……わかってるっ!」



 さあ、いよいよ始まる!

 ようやく、この時が来た――……!


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