25
「ジルやテオからきいた……、おまえのこと」
弱弱しくかすれた声に私はぎょっとした。
いつものガイじゃ……ない。
少し間をあけて隣に座ったガイは、膝を抱え突っ伏していて、どんな顔をしているか分からない。
イライラして怒った様子のガイしか記憶にない私は、戸惑うばかりだ。
ど、どうしようっ……!!
も、もしかして、余計なことすんなっ! とか、お前なんかの手を借りなくても自分で見つけてみせる! とか……そういう事を言いたいのだろうか!?
でも、私はなんと言われようとも……、諦めるつもりはない!
返事をすることもできず、無常に時間が過ぎていく。
周囲の音も全てなくなり、私はガイの次の言葉に意識を集中した。
「ごめん……」
今にも消え入りそうな声。
肩が上がり、強く握った拳はさらに力が入り、震えているよう見える。
そんなガイに私の心は強く締め付けられた。
ガイの謝罪の言葉に、今まで頑張ってきたことが、報われた気分になる。
ガイに好かれようとか、そういう邪な考えがなかったかと言えば嘘になる。
自分を嫌っている相手がいたら、嫌わないでほしい、仲良くなりたいと思ってしまう。
……たすけて、あげたい。
だって、私そんな悪い人じゃないよ?
私は人に嫌われるような事をする人間じゃないんだよ?
私は……、私は、人に嫌われるような悪役ではない……。
みんなを救って……、善人になりたい……。
みんなから、良い人だって、認められたい……!!
だって、私、自分が悪役だって分かってるんだもん。
みんなを助ければ、悪役にならずにすむんでしょ?
だって、私は転生者だもん。
「ガイ……?」
私は小さく縮こまっているガイの肩に触れようと手を伸ばす。
だけど……、
「ごめん……
やっぱ――……お前のこと許せない……」
伸ばしかけた手が、ぴたりと止まる。
今、なんて……?
胸に沸き上がってきた『善人ずらした私の』黒い様々な感情が、ガイの一言でガタガタと崩れ落ちる。
ガイの口から出た言葉が信じられなくて、私は奈落の底に落ちたような気分になった。
「ごめん……、ごめん……っ」
そう言ってガイは、小刻みに体を震わせた。
嗚咽が混じった謝罪の言葉に、私の心は引き裂かれそうになる。
頭に様々な言葉が、とめどなく私の意志とは関係なく湧いてくる。
どうしてっ!
こんなに私は頑張ってるのに!
私は何も悪い事をしていないっ!
ガイの弟をさらったのは、私じゃないっ!
ネイマルの貴族に似てるからって、なんで私を嫌いになるのっ!
嫌いにならないでよっ!
私は、嫌われ者になんてなりたくないっ!!
私はギュッと目を閉じ、ゆっくり、おおきく息をすい、そして細く長く、自分の中にある汚い何かを出すように、息を吐きだす。
肩の力が徐々に抜けていった。
うっすらと瞼をひらく。
先ほどまで見えていた、うららかな初夏の景色が、今は灰色のように見える。
自分の心の汚さに触れてしまった。
そうか、私ってこんなこと考えていたんだな……。
他人事のように思い、自嘲気味に笑う。
ひどい人間だ。
心のどこかで、うぬぼれていたんだ。
『自分』と『この世界』にいる人間は違う。
私のほうが有利だって……
今ようやく気付いた……
最低だ……
でも……
でも、私はやらなきゃいけない。
ガイの弟を探す事、ガイと仲良くすること、みんなから認めてもらうこと。
そんな表面的なものじゃない。
今の私にはもっと大切な、今、乗り越えなければいけないものがある。
「いいよ」
たった3文字。
その言葉を言う事が私にはとても苦痛だった。
認めなければいけない。
自分が嫌われていることを。
私の言葉にガイの体がピクリと反応する。
私は必死に、そうだ、それで『いいんだ』と自分自身を説得する。
だけど、頭の隅のほうでは、もう一人の自分が全力で叫んでいた。
『私は悪くない! 私は悪ではない! 私は私を悪だと絶対に認めない!』
私はのどから、何かがせりあがってくる感覚を必死に耐えながら、言葉をつなげた。
「いいよ、許さなくても」
返事はない。
それでいい。
それでいいんだ。
「許さなくてもいいんだよ」
ガイの嗚咽が大きくなる。
視界がぼやけ、涙がぽたりと落ちる。
いつの間にか私は、唇を痛いほど噛んでいた。
ガイの謝罪する声だけが耳の奥で響く。
「ごめんっ……!! ごめんっ……」
ガイは私を許せないと言った。
でも、ガイは本当に『私』を許せないのだろうか。
私は隣で身を縮こまらせた、まだ小さな10歳の子どものガイを見て思った。
『自分』を許せないのではないだろうか。
それを理解し、相手を思いやること。
自分を中心に考えて、他人が自分をどう評価しているのかを考えるのではなく、もっと客観的に、自分のおしつけとか、偏見とかなく、相手が『何を考えているか』を察すること。
相手の考えを無理にでも変えさせることではなく、自分の考えを変えてあげること。
たとえ、それが……
私という存在がとても悪くなってしまっても……
私はそれを受け入れなくては、この先、前には進めない。
『許さない』ことを、『許そう』。
心の痛みに耐えながら、私も膝を抱え、しばらく俯いていた。
許さないことを許そうと言葉では決意しても、心が追い付かない。
抵抗する何かと必死に戦いながら、私はじっとうずくまっていた。
「ごめんっ……。
――……ありがとう」
ガイの今にも消えてしまいそうな、か細い声に、私は息を押し殺して泣いた。




