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「ジルやテオからきいた……、おまえのこと」



 弱弱しくかすれた声に私はぎょっとした。



 いつものガイじゃ……ない。



 少し間をあけて隣に座ったガイは、膝を抱え突っ伏していて、どんな顔をしているか分からない。

 イライラして怒った様子のガイしか記憶にない私は、戸惑うばかりだ。



 ど、どうしようっ……!!

 も、もしかして、余計なことすんなっ! とか、お前なんかの手を借りなくても自分で見つけてみせる! とか……そういう事を言いたいのだろうか!?

 でも、私はなんと言われようとも……、諦めるつもりはない!



 返事をすることもできず、無常に時間が過ぎていく。

 周囲の音も全てなくなり、私はガイの次の言葉に意識を集中した。



「ごめん……」



 今にも消え入りそうな声。

 肩が上がり、強く握った拳はさらに力が入り、震えているよう見える。

 そんなガイに私の心は強く締め付けられた。


 ガイの謝罪の言葉に、今まで頑張ってきたことが、報われた気分になる。

 ガイに好かれようとか、そういう(よこしま)な考えがなかったかと言えば嘘になる。

 自分を嫌っている相手がいたら、嫌わないでほしい、仲良くなりたいと思ってしまう。


 ……たすけて、あげたい。


 だって、私そんな悪い人じゃないよ?

 私は人に嫌われるような事をする人間じゃないんだよ?



 私は……、私は、人に嫌われるような悪役ではない……。

 みんなを救って……、善人になりたい……。

 みんなから、良い人だって、認められたい……!!



 だって、私、自分が悪役だって分かってるんだもん。

 みんなを助ければ、悪役にならずにすむんでしょ?

 だって、私は転生者だもん。



「ガイ……?」



 私は小さく縮こまっているガイの肩に触れようと手を伸ばす。

 だけど……、



「ごめん……

    やっぱ――……お前のこと許せない……」




 伸ばしかけた手が、ぴたりと止まる。


 今、なんて……?


 胸に沸き上がってきた『善人ずらした私の』黒い様々な感情が、ガイの一言でガタガタと崩れ落ちる。

 ガイの口から出た言葉が信じられなくて、私は奈落の底に落ちたような気分になった。



「ごめん……、ごめん……っ」



 そう言ってガイは、小刻みに体を震わせた。

 嗚咽が混じった謝罪の言葉に、私の心は引き裂かれそうになる。

 頭に様々な言葉が、とめどなく私の意志とは関係なく湧いてくる。



 どうしてっ!

 こんなに私は頑張ってるのに!

 私は何も悪い事をしていないっ!

 ガイの弟をさらったのは、私じゃないっ!

 ネイマルの貴族に似てるからって、なんで私を嫌いになるのっ!

 嫌いにならないでよっ!

 私は、嫌われ者になんてなりたくないっ!!



 私はギュッと目を閉じ、ゆっくり、おおきく息をすい、そして細く長く、自分の中にある汚い何かを出すように、息を吐きだす。

 肩の力が徐々に抜けていった。


 うっすらと瞼をひらく。


 先ほどまで見えていた、うららかな初夏の景色が、今は灰色のように見える。


 自分の心の汚さに触れてしまった。

 そうか、私ってこんなこと考えていたんだな……。

 他人事のように思い、自嘲気味に笑う。



 ひどい人間だ。

 心のどこかで、うぬぼれていたんだ。

 『自分』と『この世界』にいる人間は違う。


 私のほうが有利だって……


 今ようやく気付いた……

 最低だ……


 でも……


 でも、私はやらなきゃいけない。

 ガイの弟を探す事、ガイと仲良くすること、みんなから認めてもらうこと。


 そんな表面的なものじゃない。

 今の私にはもっと大切な、今、乗り越えなければいけないものがある。



「いいよ」



 たった3文字。

 その言葉を言う事が私にはとても苦痛だった。

 認めなければいけない。

 自分が嫌われていることを。


 私の言葉にガイの体がピクリと反応する。


 私は必死に、そうだ、それで『いいんだ』と自分自身を説得する。

 だけど、頭の隅のほうでは、もう一人の自分が全力で叫んでいた。


 『私は悪くない! 私は悪ではない! 私は私を悪だと絶対に認めない!』


 私はのどから、何かがせりあがってくる感覚を必死に耐えながら、言葉をつなげた。



「いいよ、許さなくても」



 返事はない。

 それでいい。

 それでいいんだ。



「許さなくてもいいんだよ」



 ガイの嗚咽が大きくなる。

 視界がぼやけ、涙がぽたりと落ちる。

 いつの間にか私は、唇を痛いほど噛んでいた。

 ガイの謝罪する声だけが耳の奥で響く。



「ごめんっ……!! ごめんっ……」



 ガイは私を許せないと言った。

 でも、ガイは本当に『私』を許せないのだろうか。



 私は隣で身を縮こまらせた、まだ小さな10歳の子どものガイを見て思った。



 『自分』を許せないのではないだろうか。



 それを理解し、相手を思いやること。

 自分を中心に考えて、他人が自分をどう評価しているのかを考えるのではなく、もっと客観的に、自分のおしつけとか、偏見とかなく、相手が『何を考えているか』を察すること。

 相手の考えを無理にでも変えさせることではなく、自分の考えを変えてあげること。


 たとえ、それが……

 私という存在がとても悪くなってしまっても……

 私はそれを受け入れなくては、この先、前には進めない。



 『許さない』ことを、『許そう』。



 心の痛みに耐えながら、私も膝を抱え、しばらく俯いていた。

 許さないことを許そうと言葉では決意しても、心が追い付かない。

 抵抗する何かと必死に戦いながら、私はじっとうずくまっていた。



「ごめんっ……。

     ――……ありがとう」



 ガイの今にも消えてしまいそうな、か細い声に、私は息を押し殺して泣いた。


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