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「ネックレス?」
12月も残りわずか。
寒さは日に日に一段と増し、あと数日で新年を迎えようとしていた。
あれから、ガイの弟の捜索は進展のないまま、先週行われた、他の領地開催の剣術大会も終わり、しばらく剣術の稽古が休みになった閑散とした村のはずれのとある一角で、アリーとジル、テオ、そして私の4人はいつものように集まっていた。
「うん、どうやら難民を攫うやつらは、みんな紫色をした透明な石をネックレスにしてつけているらしい」
アリーは砂ぼこりが舞う地面に、細い枝で縦に長いひし形を書いた。
「何か意味があるのかな……? ネイマルの部族にそういうネックレスをつける風習ってあるの?」
私と同じように地面に描かれたひし形を見ていたジルにきいてみる。
ジルは首をひねりながら少し考えたあと、ゆっくりと首を振った。
「いや、俺は知らない。俺のいた村にはそういう装飾品をつける奴はいなかった」
「でも、このネックレスを付けた奴を見つけて後をつけたら、もしかしたら、アジトが分かるかもしれないよ!」
アリーの言葉に希望の光が生まれる。
たしかに、今できることはそれぐらいだ。
でも……。
「マルタナ村でこんなネックレスしてる人見たことないし。他の領地に行くとなると、ウォルフ先生の許可が必要か……」
私の言葉に一同、項垂れる。
別にみんなの心を挫きたいわけではなかったけど、実際問題難しい。
子どもたちだけで、遠出をすることはあまりにも危険すぎる。
唯一、外に出れるとしたら剣術大会ぐらいか……。
でも、それも来年まで待たなければならないし……。
「どっちにしろ、ガイの弟を見つけたら救出しなきゃいけないんだから、みんな強くならないとねっ!」
アリーの言葉に落ち込んでいた気分が、少し上昇する。
本当にアリーはキラキラしていて、太陽みたいだ……。
そんな天使のように眩しいアリーに私も勇気づけられ、早く何か行動したくて、胸がムズムズし始める。
あきらめてたまるもんかっ!!
「よし、とにかく今まで通り情報を集めよう。アリーの言う通り、ガイの弟を見つけても、僕たちに力がなければ助けようにも助けられない! 剣術大会も終わって、みんな士気が下がってるけど、僕たちはもっと、もっとたくさん稽古をしようっ!」
アリー、ジル、テオを順番に見る。
みんなの目の光は消えてはいない。
むしろ、これからやることが明確に分かっている、強い意志の宿っている瞳だ。
「じゃあ、ウォルフ先生叩き起こして、みんなで特訓だっ!」
おーっと拳を空に掲げ、私たち4人は大会が終わり一息ついて、惰眠をむさぼっているウォルフ先生の家に行き、ウォルフ先生を叩き起こすのであった。
〇 〇 〇
「では、こちらが町で開催される祭りの警備員配置の資料です。特に混雑が発生されると思われるメインの大通りは、雑踏警備である者を5メートル間隔で、歩道に沿った形で配置してください。警備員の採用に関しては、隊長、副隊長が正規の雇用で、あとは短期の雇用の者にします。
なお、建物内の施設警備、交通誘導の雑踏警備の短期雇用者につきましては、基本の座学研修を2日、業務別研修2日の計4日間で行います。
研修用の資料は今年起きた事件をもとに作成し最新のものです。各研修受講者に配布をしてくだい。
この内容は別紙に記載してありますので、ご確認お願いします」
「あー、ありがとう、エルーナ。すごい助かるよっ!」
私の汗と涙と肩こりの結晶をエマニエル伯父様はとても短い賛辞のお言葉で返した。
もっと、もっと褒めたたえてくれたっていいのよ?
私すごい頑張った気がする!
ていうか、7歳にやらせる仕事じゃないだろっ!
おかしいと思ってよ!
え? エルーナって、人生2週目? とか! きくことあるんじゃないっ!?
気づいてほしくて、ついつい前世のOL時代の口調をそのままにして言ったのにっ!
私の悶々とした思いを軽々とスルーし、エマニエル伯父様はティーカップに手を伸ばす。
カランと音をたてたカップの中身が空であることに気づき、少ししょんぼり顔の伯父様。
そこへ……。
コンコン。
ノックの音に続き、エマニエル伯父様が「どうぞ」と応答する。
開いた書斎の扉からは、お茶を用意したジェーンが入ってきた。
え? 有能!?
「お茶のご用意ができました。エマニエル様」
「うん、ありがとー。ちょうどなくなっちゃったんだ」
空になったティーカップを下げ、新しいカップに紅茶を注ぎ、物音ひとつさせることなくお茶を出すジェーン。
すごい……。
これが、プロの技。
私が感心して見ていると、ジェーンはさりげなくエマニエル伯父様の背後に視線を移した。
エマニエル伯父様もそれに気づいたようで、ジェーンを目だけでちらりと見る。
「エマニエル様、背後に白い影が……」
「……っ!!!」
ガタンっと机を揺らし、エマニエル伯父様は声にならない悲鳴をあげ、ジェーンに飛びつく。
「どこどこどこ!?」
「あ、消えました」
「えぇぇーーーーー!!」
またもやニヒルな笑みを浮かべるジェーンに、なんとなく私は「もっとやれー、もっとやれー」と声援を送ってしまいそうになる。
エマニエル伯父様は半泣きで、ジェーンにしがみついている。
とりあえず、来年度の『防衛案』はまとまった。
これで、少しは山賊の情報を集中的にリサーチできる時間がとれる。
でも、一応ほとんど資料は読みつくしたけど、これといって有益な情報はなかった。
何か……、何か……、なんでもいいから、手掛かりが欲しい。
ふと、伯父様の机の隅に置かれた書類の下から、ひょっこり出ている報告書が目に入った。
そのタイトルに私はくぎ付けになる。
『紫水晶、不法売買についての報告書』
紫水晶?
むらさき……色。
水晶……、透明な……石!?
――……難民を攫うやつらは、みんな紫色をした透明な石をネックレスにしてつけているらしい
アリーの言葉が脳裏をよぎる。
私は上に積みあがった資料がバサバサと音を立てて落ちるのも気にせず、その報告書を引っ掴んだ。
エマニエル伯父様が何か勘違いし、悲鳴をあげた。
……。
…………。
………………。
「これは……」
私は食い入るように、報告書に書かれている文字に目を走らせる。
違うかもしれない。
でも、可能性はある……。
ただ……。
――……動き出すには、まだ早い。




