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~閑話~ 時を待つウォルフ



 ルーンっていう少年の面倒を見てほしいとエマニエル様から頼まれた時、俺の頭には疑問符しか浮かばなかった。


 公爵家のご令嬢の従者に、武術、特に剣術を教えて強くしてほしい……と。


 なんで、俺がそんなことしなくちゃいけねえんだって思ったけど、そのルーンってやつを見て俺は息をのんだ。



 姉様…… 



 あの日の記憶がよみがえる。

 同時に、今この現状を受け止めるには、かなりの苦痛を伴った。



 す、すっごい――……太ってやがる……



 肉団子のように、ぱんっぱんに膨れた頬。

 元は白銀だったはずの髪の毛は、油でぬめり毛を帯び、昨日町の定食屋で見た、鉄板に油を塗る、あのてかった白いハケを彷彿させた。

 俺はあの店に当分行けない気がする……。


 さらに目線をそらした先にいたメイド服の女を見て、俺はまたもやギョッとした。


 コイツ、ただのメイドじゃねえ。

 軽くめまいを覚えた俺は、とりあえずこの件はなかったことにしようと思って、遠回しに断ろうとした……が。


 エマニエル様はずいっと少年を前に出し、ニコリと微笑んだ。



(よ・ろ・し・く)



 その有無を言わさない殺傷力を秘めた眼力に、俺は『否』という言葉を口にできなかった。


 何をお考えになっているか分からないが、俺たち3人の、命の恩人であるエマニエル様の頼みならば仕方がない。

 とりあえず、すぐには無理だから、しばらく俺はルーンという名の『お嬢様』を山につれていき、キノコを採取させていた。



「ウォルフ先生! 今日もキノコたくさん採れましたね!」



 あの人のことを愛しているといった姉様の面影と、重な……なっ、……ふぐぅぅッ!! 

 い、いや、重ならないが胸は痛んだ。

 

 とりあえず本人は痩せたいみたいなので、俺は全力で応援することにした。


 だが、俺の弟アリベルトと、こっちに避難しているヤツらに合わせるのは、かなり慎重にしねえと厄介だ。

 神から逃げた俺たちに、エルーナ……、もといルーンを見るのはきつすぎる。



 もうどうにでもなれって感じで、俺はネイマルからのヤツらとルーンを引き合わせたが、案の定、最初は修羅場になった。


 メイドのジェーンさんを連れてきたのは、間違いなく正解だった。


 特にひどいのが、2年前に俺たちと一緒にネイマルから来た、アリベルトと同い年のガイだ。

 あいつは、目の前で弟を連れ去られ、助けられなかった自分を、あの日からずっと責め続けている。


 自分ではどうしようもねえ怒りの矛先が、ルーンに向いているのは間違いなかった。

 でも、俺が入ることで、ややこしくなるんじゃねえかって思って、何も手を打たずに、とりあえ様子見をしていたんだが。


 気づかねえうちにルーンのやつはガイを倒すほどの実力を身につけちまった。

 おそらく、あの動きはジェーンさんから教えてもらったに違いねえが……、明らかに7歳の子どもの動きじゃねえ……。



 にしても、なんか最近ガイと仲がいい、ジルとテオの兄弟とルーンが話しているのを良く見かける。

 アリベルトに何があったか聞いてみても、上手くかわされちまうし。

 何を企んでることやら……。


 逃げてきたネイマルの民は徐々に集まってきている。

 子どもたちに剣を教える毎日は、立場的に喜んじゃいけねえはずなのに、楽しいと思っちまう。

 このまま、こんな毎日がずっと続けば、どんなにいいことか……。


 でも俺たちは、いつかネイマルの地に帰る。


 ――……たとえ、神がいなくなっても。


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