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アリーってこんな顔もするんだ……。
まるで別人にでもなってしまったかのような、アリーの愁いを含む大人びた表情にドキりとした。
「ガイは8歳の時に、弟を連れてネイマルを出て、アスタナに向かったんだ……」
戸惑い、返事が出来ない私に、アリーはぽつりぽつりと話し始めた。
向かい合って立っている2人も、口をはさむことなくアリーの言葉に耳を傾ける。
「まだガイの弟は3歳で、よくぐずってガイがおぶっていたらしい。
ガイだって自分のことで精いっぱいなのに、弟の面倒を見ながらだなんて、すごいよね」
「ご両親は……?」
つい、私はふと胸に浮かんだ疑問を口にしていた。
アリーは目を伏せ、力ない笑顔で首を横にふる。
「両親もいなくて、大人でも厳しい山道を、アスタナへ向かう大人たちに助けられながらとはいえ、ガイはなんとか耐えきったんだ。
でもね……」
そこで、アリーはいったん区切った。
あたりにずんとした重たい空気が沈む。
予想される展開に、私の心臓は何かに強くわし掴まれたかのように、ギュッと縮んだ。
「あともう少しっていうところで……、山賊が出たんだ。
半分以上の人が連れ去られた。特に女の人や子どもが。
ガイの弟も、その時に、連れ去られちゃったんだよ」
そこで、アリーはこれでこの話は終わりというふうに、「僕も人からきいた話だから、これくらいしか知らないけどね」と言って肩をすくませてみせた。
「でも、僕に助けてほしいってどういうこと?」
私はそれまで黙っていた2人にきいた。
背の高いほうの男の子が、今にも泣きそうな瞳で、きゅっときつく閉じた口を開く。
「お前、ここの偉い人のところに住んでるんだろ? だから、お願いしてみてほしいんだっ! ガイの弟を探してくれるようにって、……頼む」
「お願いっ!」
対面する2人の必死な様子に、私はどうしていいか悩んだ。
エマニエル伯父様のことだから、きっと手は貸してくれると思う。
だけど、攫われて、どこへ行ったかも分からない子どもを探し当てることは出来るのだろうか。
アスタナではなく、ネイマル……いや、もっと遠くの、別の国に連れていかれたかもしれない。
限りなく不可能に近いお願いだ。
「ガイは弟を助けてやれなかったことをずっと後悔してるんだ。
……俺たちにも両親はいない。ガイの気持ちはよく分かる。俺だってテオが攫われたら、きっと同じようになってた」
背の高い男の子のほうは、隣に立っているテオの赤茶髪の頭を愛おしげに、やさしくなでた。
そうか、この子たちは兄弟なんだ。
「ガイはお前に八つ当たりしてるだけなんだ。
まあ、俺たちも最初はそうだったけど。お前自身は何も悪いことしてないのに……。
だから、だんだんさ、なんか、すごい心がもやもやして……。
こんなことしてる自分がすっげー、嫌になって……。
だからガイに言ったんだ。もうやめようって……。でも、ガイは……」
そこで、言葉を区切った。
聞いていた私は、切なさで何も言葉が出てこなかった。
苦しい……。
なんとかしてあげたい……。
心が震え、体の底から何か得体のしれない力が沸いてくるような感じがした。
助けてあげたい……っ!!
「僕たちは神を信じない……」
「え?」
突然、隣からぼそりと聞こえた、低くうなるような声に、全身の毛という毛が総毛だつ。
先ほどまでに沸き上がった感情が一瞬で跡形もなく消えた。
「ア、アリー……?」
横を振り向きアリーをのぞき込むが、ゆるくカールされた髪が顏に覆いかぶさり、表情をうかがい知ることはできなかった。
神? なんで、ここで神様がでてくるの?
背の高い男の子のほうが、アリーの言葉に続く。
「俺たちには神様がいるって……、困った時には絶対に助けてくれるって信じてきた。ガイだって同じだ……。だからアイツも神を信じるのをやめたんだ。でも、今は……憎んでる」
頭が話に追いついていかない。
でも、たしかに待っていたって何も解決しないというのは分かる。
混乱する頭の中、必死に言葉を探した。
何を言えばいい? 何を言えばいい? 何を言えば『正解』なの?
「ルーン君」
冷え切った何かが、そっと私の手に触れた。
そのあまりの冷たさに反射的に曲がった背筋が伸びる。
横を見ると、私の手を握った、いつもと変わらない笑顔のアリーがいた。
「ルーン君は神様じゃないよ。ルーン君は、ルーン君だよ。ごめんね、急にこんな話して。
でもね……、お願い……」
不安げな私の心を見透かすように、さらに笑みを濃くした。
「……―― 力を貸して? ルーン君」
この世界のことは小説で読んだ。
ある意味、私は神様みたいなものかもしれない……?
でも、こんなストーリー知らない。
私はこの子たちを知らない……。
私はいったいどうすれば……、『みんなの望む結末』へ導けるんだろう。
アリー、そして2人の兄弟の真剣な目に見つめられ、私はこくりと頷くしかできなかった。




