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18

 ジェーンによる謎のダンスレッスンと、アリーとの剣の特訓で、私の戦闘スキルはめきめきと上達していった。


 2週間の猛特訓。

 ケガをしてこれ以上ジェーンに消毒液まみれにされないよう、毎日汗まみれになりながら稽古し、時には泥にもまみれ、その他色々なものにまみれつつも、諦めず日々精進の上に精進した。


 つまり……、とぉーっても、ミラクルスーパー、最高に、激しく、頑張ったのだ! 

 表現の語彙に小並感が否めないのは許してほしい。



〇 〇 〇



 シュッ、シュッ、シュッ――……。



 標的をとらえきれず、ガイの持つ剣は、むなしく何度も空ぶり、宙をさまよう。

 焦りの色を顏に浮かべ、悔し気にギュッと唇を噛むガイ。

 怒りの炎に揺れるその瞳に、私は意地悪くニヤリと笑った。



「ほいほいほいっと!」



 あたしはここよ! さあ、捕まえてみてごらんなさーーーい!


 ひょいひょいと右へ左、時には真上に飛び上がり、攻撃をかわし翻す姿はまるで、野原をひらりひらり舞うアゲハ蝶のよう。



「ちょこまか、ちょこまかとっ!! ハエみたいに逃げやがって! 正々堂々と勝負しろっ!」



 ハエっ!?

 あなた、今、私のことをハエって言いました!?

 この可憐な身のこなしの私のどこが、ハエなんだっつーのっ!!


 むかついた私は、ひょいっと横一文字に空を切った刀を屈んでかわすと、がら空きになったガイのみぞおちに、ズブリと平らな刀の柄の底部分を刺した。



「うぐっ……!」



 苦し気な、うめき声が上からきこえる。

 これって地味に痛いんだよね。

 鈍い痛みっていうか、ちょうどいい感じにみぞおち入ると、息もできなくなって、しばらく立ち上がれなくなる。


 ガイが前のめりに倒れ込むのを見て、私はさっと後ろに飛び退った。

 ガイの身体がゆっくりと地面に倒れるが、次の瞬間、ガッと一歩足を前に出し、反対側の足でなんとか片膝をつく。

 オゲッと気持ち悪そうに、お腹を押さえ嗚咽しているガイ。


 ちょ、ちょっと、やりすぎたかしら……?



「よし、ルーンの勝ちだなっ! 終わったら、とっとと下がれぇ、二人とも!」



 ウォルフ先生が間髪入れずに指示をとばすと、私はくるりとガイに背を向け、その場から去った。

 ちらりと後ろを見てみると、ウォルフ先生に肩を支えられて、なんとか退場するガイの姿が目に入る。


 よしっ! 勝った! これで、10勝目!

 なんだかんだで、剣術事態はあまり上手くなってないんだけど、俊敏に動けるようになったことで、ゆとりが生まれて、その分の時間を攻撃に充てるようになった気がする!



 周囲に気づかれないよう小躍りする私に、アリーが『やったね! ルーン君』っとガバっと両手を広げ私に抱き着いてきた。

 ギュッと小さい腕に体が包まれ、ほんのりと漂う甘い香りが鼻孔をくすぐった。



 嗚呼――……これぞ、至福の時



「1本だけでも、十分強くなったね!」



「うん、アリーのおかげだよ。ありがとう!」



「どういたしまして!」



 手に持っていた刀を、既にかけられているほうとは逆の腰に戻す。

 腰には2本の刀。


 うーん、二刀流の練習は頑張っているんだけど、正直、まだ無理かも。

 防御と攻撃を同時にできるのは、効率的ではあるかもしれないけど、うまく戦えないんだよね。



「ルーン君なら、もっと強くなれるよっ!」



 アリーが抱擁をといて、にこっと笑う。



 嗚呼――……天使



 せっかくアリーに練習を付き合ってもらってるのに、なかなか二刀流の成果が出ないのが申し訳ない。

 攻撃、防御、攻撃、防御。右、左、右、左。

 こんがらがってしまって、右手に持つ刀と左手に持つ刀がぶつかり、最終的に何故か自分自身と戦っている始末だったりする。


 女性の脳って一度にいくつもの処理ができるマルチタスク型ってきいたことがあるんだけど、もしかして男の子でいる時間が多くなって、女子力が下がってきているのかしらっ!?


 それは、それでヤバいっ!

 悪役フラグを回避して、のんびり暮らしたいって言っても、一生独り身でいるつもりはない。

 いつかは幸せな家庭を築きたいって密かに思っているのにっ!



「どうしたの? 大丈夫? ルーン君?」



 私が無言で一人アワアワしているのに心配したのか、こてっと首をかしげ、揺れるアメジスト色の瞳で見上げるアリー。


 マジで美少女。

 本当に男の子なのだろうか……。

 守ってあげたくなるような、小動物的なしぐさがあざと可愛い。


 てか、私より女子力が高いってどういうこと?



「最近のルーン君、ほんっとーにかっこいいよねっ! 町からやって来る女の子たちが噂してたよっ!」



 え? 嬉し……くはないよな、でも、嬉しいような……。

 体重は40キロのままなんだけど、その分、少しずつ身長が伸びてきているらしい。



 成長痛で毎晩悲鳴をあげていたら、エマニエル伯父様から、「この屋敷って、『出る』っていう噂があるらしいんだよね」と寝不足気味の顔で言われてしまった。


 ジェーンは真相を知っていながらも、



『そういえば、昨夜こちらの書斎を片付けておりましたところ、白い影が……』


『や、やめてぇぇぇぇぇっ!! エルーナっ! 今日はずっと書斎で勉強しようっ!!』



 悲鳴を上げるエマニエル伯父様を見て、ジェーンは唇の片端をほんの少しだけ上げ、ニヒルな笑みを浮かべていた。


 ジェーンって、エマニエル伯父様に何か恨みでもあるのかなっ!?

 あれは、かなりヒヤヒヤした。



「ルーン君、髪の毛さらさらだし、スタイルいいし。いいなあ、僕なんてちっちゃいし、髪の毛もクルクルだし」



 ぷっくりとした桜色の唇を突き出し、自分のふわふわ天然パーマの髪をいじるアリー。



 嗚呼――……悶絶



 私はアリーみたいな、ゆるふわお姫様ヘアーのほうがうらやましいと思うんだけど。


 ちなみに、今の私はようやくギトギト白髪から、うるサラの銀髪ヘアーになり、ストレートの肩下まで伸びた髪を首の後ろで一本に縛っている。


 我ながら、惚れ惚れする色艶。鏡で見ると頭頂部にできた天使の輪っかがまぶしいっ!


 散髪は訓練の時に邪魔にならないよう、いつもジェーンにやってもらっている。

 ここに来た当初、エマニエル伯父様に一度切ってもらったんだけど、前髪を右下から左上へ斜めに切られてしまい、それ以来ジェーンにお願いしている。


 ウォルフ先生からは腹を抱えて笑われ、ガイたちからは「イカレおぼっちゃま」と陰口をたたかれ、アリーに至っては、



「変だね!」



 にぱあっと輝く笑顔で言われてしまった。

 シンプルに一番傷ついた。



「もう少し練習してから、帰る?」



 日は高く、夕暮れまでにはまだ早い。

 アリーさえよければこちらからお願いしたいところだった。

 私は二つ返事で、腰に下げた2本の刀に手を伸ばした。


 ここから数キロ離れた村で、剣術大会というものが毎年開かれているらしい。

 少年の部は12歳から出場できるみたいで、まだ7歳の私は出場できないけど、年齢に達したここの子たちは来月の試合に向けて俄然練習に励んでいる。


 私も12歳になったら、大会に出てみたいなあ。

 ジェーン……、許してくれるな?



「よし、じゃあ、あっちでやろう、アリー!」



 私はアリーと共に少し広い場所に出ようと、その場を離れようとした、その時だった。



「あ、あの……」



 不意に声をかけられ、声のしたほうへ体を向けると、珍しい相手がそこにいた。



「ガイ……と、いつも一緒にいる……?」



 赤茶色の髪をした、ひょろひょろした体系の男の子が二人。

 どちらもいつもガイとつるんで一緒に行動をしている子たちだ。


 私がここで剣術の稽古を始めたばかりの頃、ガイと戦っている時にヤジを飛ばしていたのを覚えている。

 最近は、私がガイと互角、いやそれ以上に強くなったから、何も言ってこなくなったんだけど、急にどうしたんだろう。



「ちょっと、話いいか?」



 二人のうち、背の高いほうの男の子が私に尋ねる。



「ガイの事なんだけど……」



 楽しい内容ではないんだろうな、と察するには十分の、ひどく思い詰めたような顏をしていた。


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