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「お待たせいたしました、エルーナお嬢様。替えのクッキーのご用意ができましたので、前を失礼いたします」
クッキーがこんもり盛られた新たなガラスの器が、すっと音もなく眼前に置かれる。
香ばしい甘い匂いが鼻孔をくすぐり、私の口内に唾液がジワッと広がった。
脳が小麦粉と糖に反応している。
嗚呼……、カロリーが私を呼んでいる。
「どうかしましたでしょうか、エルーナお嬢様。お召し上がりには……」
私がクッキーに手をつけず呆けていると、ジェーンが心配そうに尋ねてきた。
ダメだよ、私。
このままじゃ、糖尿病になっちゃう。
成人病まっしぐら。
いや、その前に……。
「ご、ごめんなさい。気持ちが悪くなってしまって。今日はもういいわ。
夕食も軽めのものを自分の部屋で食べるから別で用意してくれないかしら?」
「……」
本当は今すぐにでもクッキーにかぶりつきたい。
さっきはなかったナッツ入りのクッキーがあるのはどうして!?
ひどすぎるわ、ジェーン!
私の好物をドストライクで把握しているなんてっ!
けれど、私はもうこれ以上、太ってはいけない!
だって、太っているせいでアサシンからの襲撃に逃げ遅れて死んでしまうのだから!
「失礼いたしました。
鳥の排泄物を間近で見られたお嬢様の心情を察することができず申し訳ございません。
冷たい水をお持ちしましょうか」
「いいえ、大丈夫。できれば常温の水をお部屋まで持ってきてくれるかしら。
クッキーはジェーンや他の方が食べてくださる?
……も、もったいないからっ!」
「……。か、かしこまりました」
ジェーンの声音が戸惑っているような気がしたけれど、今はそれどころじゃない。
はやく、はやくこのクッキーの前から立ち去らなければ!
クッキーの皿に顔ごとぶち込み、公爵令嬢とは思えない姿でクッキーを貪りくっている私が想像できる。
いや、そんな挿し絵が、小説の幼少期回想シーンにあった気がする!
なんで、そんな需要のないシーンを挿し絵に選んだのだろう。
私をザ・悪役に見せるための巧妙な心理テクなのかしら?
あんな姿絶対にできない! いえ、させてなるものか!
「へ、部屋に戻っているわ!」
私は駆け足、だけど人より何倍も遅いスピードでその場を去った。
うぅ、足が重い。
苦しい……。
いったい、何キロあるんだろう。
早くや痩せなきゃ……。
こうして、私はダイエット生活を決意するのであった。