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「お嬢様? お怪我だけはされないよう、お約束しましたよね?」
ひぃぃぃぃぃっ! ジェーンが怖いっ! めっちゃ、怒ってるっ!
抜き足、差し足、忍び足で屋敷の裏側から忍び込み、急いで自室に向かおうとしたところ、やはりジェーンに見つかってしまった。
膝も擦りむけてるし、手のひらの皮もデロンデロンになってしまったので、気づかれないうちに自分で手当てをしようとしたんだけど。
「消毒液と包帯をお持ちしますので、お部屋でお待ちください」
「自分でやるから大丈夫よ、ジェーンっ!」
「傷口から菌が入ると感染症にかかって、運が悪ければ死に至ります。消毒はわたくしがいたします」
ひえぇぇぇぇぇっ! それだけはご勘弁をっ!
涙目の私を後目に、ジェーンはくるりと背を向け行ってしまった。
ジェーンは容赦なく消毒液をぶっかけるから、自分でやるより何倍も痛いのだ。
そりゃ、感染症は怖いよ。
でもさ、そのために人間っていうのは免疫っていうものがあってね、あんまり過保護になりすぎると身体がやることなくなっちゃって、アレルギーになったり……。
って、そんなの説明しても消毒されるのは決定事項なので、私は肩を落とし項垂れたまま自室に重い足取りで向かった。
〇 〇 〇
午前中2時間のエマニエル伯父様との一般教養と領地のお仕事は順調に進み、ジェーンとの柔軟体操は徐々に基礎的なものから踊りのようなものになっていった。
柔軟体操を始めて2カ月。
私はなんと股割りが出来るようになった。
180度ぱっかーんと開くことができるようになったのである。
体重もかなり落ちて、40キロぐらいになった。
BMIはギリ普通ライン!
もう、太っているとは言わせないぞっ!
「では、お嬢様。今日から少しダンスのレッスンをしましょう」
「ダンス? ワルツかしら?」
領地に引っ込んだとはいえ、デビュタントの時期になったらお披露目会やら舞踏会に行かなければいけないから、やっぱりそういう教養は必要なのかな。
そう思っていたら、ジェーンは首をふり、
「柔軟体操をさらに進化させたものです。たとえば、こんなふうに……」
スパッツのような、足に密着したパンツ衣装のジェーンが、膝を曲げ、少しかがんでから後方へ跳躍する。
何をするんだろうと、ぼーっと見ていると、その身体はふわりと浮かび、くるりと後ろに一回転をした。
ぴんと伸ばされた足の指先が弧を描くように空中に舞い、音もなく静かに、片足ずつ床に着地をする。
あまりの美しさに声がでない。
バレエみたいな……、いやあれだっ! 新体操だっ!
だが、前世の記憶では後ろに背中を倒し、両手を床について、バックブリッジからの回転しか見たことがない。
こんな、高くゆっくりした速度でバック宙回転をする人がこの世に存在していたとはっ!
「これをやっていたきます」
できるかぁぁぁぁぁっーーーー!!
私の悲痛な叫びはジェーンに届くことなく、そこから私はジェーンと両手をつかないバック宙回転を練習し、他にも体にひねりをいれ、遠心力で早く腕を繰り出す踊りとか、素早く左右に移動する踊りを練習するのであった。
「ハァハァ……っ。ジェーン……。
ジェーンは踊り子だった時に、こういう踊りをしていたの……?」
「そうでございます」
息も絶え絶えの私と比べ、ジェーンは私よりハードな動きをしているはずなのに、顔色一つ変えることなく、反復横跳びのごとく左右にステップを刻んでいる。
そりゃ、伝説にもなるよ。
「では、お嬢様。最初からやってみましょう。さん、はいっ!」
私はジェーンの手拍子に合わせ、教えられたステップを踏む。
左右に素早く移動し、後方に跳躍、かがんだまま片足を上に蹴り上げ、右へ一回転。
謎の木片を右手左手に持ったまま、体を左右に捻り、それと同時に腕を繰り出す。
思いっきり、遠心力で木片を投げつける。
世界には知らない踊りがたくさんあるんだなあ……。
「お上手です。お嬢様。素質がございます」
「そ、そうかしら?」
何の役に立つのかは良く分からないけど、体幹は鍛えられそうなので、おとなしく練習される。
「お嬢様、次は体を下にかがめ、足を床と並行に伸ばし、そのまま右周りで一回転しつつ、前方にいる敵に足蹴りをしましょう。体をひねり遠心力で足を繰り出すのです」
今、敵って言ったよね?
これ、絶対ダンスじゃないよね?
とはいえ、体力のない私には体を鍛えるより、体をひねり遠心力でパワーを出す方法のほうが合っているのかもしれない。
「ワルツもこれと似たようなものでございます。
これが出来ればワルツなどすぐにマスターするでしょう」
ワルツってそんな荒々しい踊りだったっけ……?
至極まじめな顔で、手を叩きリズムを刻むジェーンに合わせて、敵と対峙、後ろへ跳躍、木片を投げて、右へステップ、敵が攻撃してきたっ! 屈んで腹部を殴打っ!
イメトレも大事だという。
いつかダンスの相手になってくれる、屈強な男性を想像し、私は練習に励むのであった。




