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「まあ、飲み物もなんもないけどさ、座ってくれ」
ウォルフ先生に促されるまま、ジェーンと隣り合わせに座る。
その対面にウォルフ先生が腰を下ろし、アリーは私の横にちょこんと座っていた。
なぜ、私の隣に……?
こんな、デブで汗臭い私の隣に……。
この子は天使か何かなのだろうか?
「びっくりしたろ? あらかじめ説明しようかとも思ったんだけどよ、まずは先入観無しで見てほしかったんだ」
言いづらそうにウォルフ先生は話し始めるが、その先が続かない。
先入観無しで見て欲しかったのだとしたら、それはもう、地獄としか……。
「ここは、ネイマル王国からの難民を受け入れている、難民キャンプ場といったところでしょうか?」
ウォルフ先生の言葉に答えられない私のかわりに、ジェーンが話を進めてくれた。
難民? ネイマルから? 一体どういうこと?
「ご名答。 ジェーンさんはネイマルの事を知ってるのか?」
「もともと私は旅芸人で各地を回っていました。ネイマルにも何度か入国したことがあります」
「へぇ、旅芸人ねえ。てことはやはり、ジェーンさんってあの伝説の踊り子、赤髪の……」
ほぅとウォルフ先生が目を眇めて、ジェーンを上下舐めるように見る。
なんか、いやらしいっ!
やっぱり、ジェーンのことを狙ってるんだな!
くそっ、今の私じゃウォルフ先生にまだ歯が立たないけど、いつかジェーンを守れるぐらいには強くならなくちゃ!
「伝説の踊り子? すごいっ! 踊りがとても上手なんだねっ!」
アリーがキラキラした目で、ジェーンに尊敬のまなざしを向ける。
踊り子っていうのは知ってたけど、『伝説の』踊り子だったなんて。
怪我なんてしなければ、今頃世界を股にかけるスターだったかもしれない。
いや、怪我をしていても、うちのメイドとして雇わなければ、怪我も治って、また踊り子として活躍していただろう。
私が項垂れていると、何かを察してくれたのか、ジェーンがそっと私の背中をさすってくれた。
「私はシェルトネーゼ家に来て、本当に良かったと思います。エルーナお嬢様に仕えることができて、今の私はとても幸せです」
「ジェーン……」
今の私はルーンだけど、なんか泣いちゃいそう。
「取り込み中悪いが、話を続けさせてもらうぜ?」
ウォルフ先生がコホンと一つ咳ばらいをしたので、私も気を取り直してシャキッと背筋を伸ばした。
そうだ。今はこのシェルトネーゼ領の村の端っこに、隣の国のネイマル王国から難民が流れ込んでいるという一大事なのだ。
「ウォルフ先生……、先生の言うネイマル王国ってメールス大陸の北に位置する氷産業で有名な、あのネイマル王国でしょうか?」
エマニエル伯父様から受けている一般教養はまだ始まったばかりだけど、隣の国のことは、もう既に少しずつ教えてもらっている。
でも、難民がいるなんて言っていなかったような……。
「そのとおりだ。温暖なメールス大陸で唯一、氷に覆われた国がネイマルだ。
作物はあまり育たないが、1年中氷が取れるって有名だわな」
「ネイマルは氷を各国に輸出し、財政的には潤っていると教わっているのですが……、
どうして難民が?」
「潤っているっていうのは、民ではなく特権階級のあるごく一部のやつだけって言えば分かるか?」
それを聞いて、私はネイマルの状況を理解してしまった。
いつの時代にも、どこにでもいる、独り占めするヤツら。
つまりは、氷産業は王家、貴族が独占し、平民にはその恩恵がないということ。
貧富の格差が激しく、貧しい者は食べるものがなく、国を出るしかないのだと。
でも、そんなことを本当にネイマルの国王が知っていて、そのままにしているのか?
王侯貴族は国の民を守る義務があるのでは?
様々な疑問が浮かぶ。
でも、現状が物語っていることが真実だ。
今まさにネイマルからの難民はシェルトネーゼ領にいる。
しかも、ざっと見たところ、30人はいた。
「アスタナ王国とネイマル王国の間には険しい山ある。それを越えるのは大人だって厳しい。
今ここにいる奴らはどうにかしてたどり着けたヤツだけだ。
お前が見た奴らは、そのほんの一握りなんだよ」
それは、山を越えられなかったっていうこと……?
アスタナとネイマルの堺に無数の屍があることを想像すると、ゾッとした。
まるで、残酷なおとぎ話をきいているようで、無意識にブルっと身体が震える。
今まで知らなかった情報がどっと流れ込んできて、頭はパニック状態だ。
それを知った上で私の頭には当初からあった疑問が浮かぶ。
「で、でも、なんで僕がここにいる難民の方から嫌われてしまっているのでしょうか?
僕は皆さんとは初対面なのに……」
「今、その難民を狙って人身売買がこの国で行われている」
「え!?」
アスタナ王国で、人身売買!?
たしか、人身売買は10数年前に禁止になって、罰則が強化されたはずだけど!
基本的な法律についても、もう既に学んでいた私は驚きで固まってしまった。
そんなことがシェルトネーゼ領で行われたら、一家全員断罪される……。
私一人アサシンに殺されるだけじゃ済まない結末になっちゃうよ。
「安心しろ、ネイマルの貴族とつながりのある商人や賊のヤツらが、女、子どもを攫って、別の領地の闇市で売っているらしい」
血の気の引いた私に気づいたウォルフ先生がすかさず補足をしてくれた。
良かった……。ひとまず首の皮一枚つながった気分。
「てことは、僕をネイマルから来た人さらいだと思ったのですか?
でも、僕はまだ子どもで、人さらいなんてする見た目ではないはずです……」
太っていてもさすがに、賊には見えないだろう。
いくら何でも無理がある。
ウォルフ先生は私から視線を外すと、あからさまに大きなため息をついた。
私は固唾を呑んでウォルフ先生の言葉を待つ。
「お前がな、その……、ネイマルの王族にちょっと似てるんだよ」
「え? 僕が?」
どこが? どのへんが? もしかして、雰囲気かしら? 貴族のオーラってやつかしら?
「ああ、その太った腹とかがな。ネイマルの人間はみんな食べるものがなくて痩せているから、太ったやつはみんな王族、貴族だけなんだ」
えっーーーーーー! やっぱり太ってることが原因だったの!?
そ、そんな……。
嘘……。
絶対に嘘……。
頭が真っ白になり、意識が遠のく私。
アリーが隣で大丈夫? とこてっと首をかしげて、私の手を握ってくれた。
ああ、幸せ……。
じゃなくてっ!
なんて、ひどい現実なんだろうっ!
太っているだけで、そんなことになるなんてっ!
この世界では問答無用に私という存在に対して悪役フラグが立ってしまうのだろうか……。
ふんっ、いいだろうっ!
とことんあらがって見せる!
悪役フラグが乱立しても、とことん折ってみせるっ!
絶対に、ゼッタイに痩せてやるんだから……っ!
と、私は強く決意するのであった。




