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「さすがはジェーンさんお見事!」
ウォルフ先生が笑顔でパチパチと手を叩く。
でも、目が笑っていなくて怖い。
ジェーンの右手にウォルフ先生の視線が向いていたので、ちらりと見てみると、ジェーンの指先には先の尖った石が握られていた。
い、いつの間に!?
誰かが投げてきたってこと?
え? しかも、私に?
もしかしなくても、私って命を狙われてる?
ここに来て一か月半。10キロぐらいは痩せたような気がするんだけど、もしかしてここにいる人にとっては、『太ってる人間』イコール『悪』ってことなの!?
「従者と言えど、ルーンもシェルトネーゼ家の者です。大事があったらいけません」
ジェーンの周りの空気がピーンと張りつめた緊張を帯びはじめる。
す、すごい。これが公爵家のメイドのオーラ。
並みの貴族のメイドとは一味違う。
今にもウォルフ先生を刺し殺しそうなジェーンの様子に、ウォルフ先生は両手を上げ丸腰降参のポーズをした。
「悪かったよ。そう怒らないでくれ。こうなるだろうと思って、あんたを呼んだんだからな」
ウォルフ先生は腰に手をあてると、何かを確認するように周囲をぐるりと見まわす。
そして、すぅっとゆっくり大きく息を吸い込むと、周囲にいる人全員によく聞こえるよう、大きな声を張り上げた。
「シェルトネーゼ家からの客だ! 別に俺たちに何かしようっていうんじゃねえ! 余計なことはするなっ! いいなっ!」
えぇぇぇぇ!?
どういう事?
ウォルフ先生の言葉に周囲にいる大人や子どもは、低いうなり声をあげた。
辺りにどんよりとした重い空気が漂う。
大人たちはテントの中に入っていき、子どもたちはどこかへ散って行く。
自分の領地にいるのに、このアウェー感はなんだろう。
しばらく、突っ立っていると砂ぼこりがこちらに向かって放たれた。
誰かがこちらに向かって地面を蹴ったようだ。
「俺は無理っ! こいつ嫌いっ! いくら、ウォルフにぃが言ったって、俺は認めないっ!」
そう言って、先ほどウォルフ先生に頭をなでられた少年は走り去ってしまった。
よく分からないけど、後味悪いし、意味も分からない。
これは、どういう事なんだろう……。
「この一か月、どうにかルーンの印象良くしようと説得してみたんだがな。
やっぱアイツはダメだったか。まあ、他の奴もどっこいどっこいだが……」
え? 今日初対面のはずなんですが、なんで嫌われてるんでしょう?
なんか聞くのが怖くて、そのまま黙って突っ立っていると、ドスンと右腕に何かが掴みかかってきた。
まだ、他に私に危害をくわえるものがいたかっ!? と思って見てみると、そこにはウォルフ先生と同じライオンのような黄金の髪に、不安げに揺れるアメジスト色の瞳をした少年が私の腕にしがみついていた。
どちらかというと、抱き着いてきたと言ったほうがいいだろうか。
「ごめんね! ガイや皆だって君は悪い人じゃないって頭では分かっているんだ。
でも、やっぱり、すぐには受け入れられないみたいなのっ!」
とりあえず、状況を色々整理したいのですが。
この金髪、美少年? 美少女? 着てるものは男の子みたいな服だけど、顏が美少女すぎて、女の子にしか見えない。
頭がパニック状態で、頭やら脇やら股やらから汗が噴き出して止まらない。
こんなかわいい子に抱き着かれた状態で、汗を垂れ流すなんて……。
この世界に消臭スプレーがあれば良かったのに!
「アリー。ルーンが困ってるから離してやれ」
「は、はい。お兄様」
アリーと呼ばれたかわいい子は、ぱっと私から離れた。
嗚呼、そのまま抱き着いてくれていても構わなかったのに。
でも、汗の臭いを嗅がれてしまっては嫌われてしまうから、良かったのだろうか。
「全然説明できないで、わりぃな。とりあえず、この先に休憩するところがあるから、そこで少し落ち着いて話すか」
ウォルフ先生の指さす先には、小さな丸太でできた小屋があった。
中に入ってみると、木のテーブルに、丸太をそのままを使った椅子が5つある。
それ以外は何もない、殺風景な部屋だった。




