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午後、ジェーンと一緒に屋敷から出てみると、昨日約束したとおり、門の前にはウォルフ先生の姿があった。
いつもと違って凛々しい感じがするのは何故だろう。
あっ、そうか! 寝癖がない!
「ジェーンさん、今日はお忙しい中、ありがとうございます!」
「いえ、エルーナお嬢様からのご命令ですので」
陽気なウォルフ先生と、いつもと変わらないクールなジェーン。
とてつもない温度差を感じる。
大丈夫だろうか。
ジェーンとは2年ほど一緒にいるけれども、分からないこともたくさんある。
ウォルフ先生のおかげで、彼氏がいないことと、好きなものはパンケーキ、年齢は24歳であることが分かった。
今日はジェーンもメイド服ではなく、平民の服を着てもらっている。
さすがに、あの姿で私の後ろを歩くのはおかしいからね。
私たちはウォルフ先生に連れられ、村のはずれまで来た。
マルタナ村には100人ほどが住んでいて、住民のほとんどは畑仕事をしている。
馬を使えば30分ぐらいで町に出れるということもあり、小さい村ではあるが、かなり利便性が良い。
だけれど、村のはずれに来ると少しずつ様子が変わっていった。
食べ物が腐敗した臭いと、汚物の臭いがまざり、昼に食べたエリンギのスープがのど元まで出かかる。
明らかに衛生状態が悪い。
しかも、あちらこちらに子どもがいる。
マルタナ村の子どもは、数こそ少ないが、立派な先生を町からお招きして、今の時間は学舎で勉強をしているはずである。
正直これってすごい事なんだよね。
シェルトネーゼ領以外の平民の子どもなんて、ほとんどが親の手伝いをして、文字の読み書きができない子ばかりなのだ。
なので、シェルトネーゼ領の人々の識字率はほぼ100%。
なんらかの事情でシェルトネーゼ領に引っ越して来た人も、大人でも子どもでも無料の学び舎に入ることができる。
だから、『まだ』シェルトネーゼ領であるこの場所に、この時間、子どもがいるのはおかしいのである。
「なんか、皆さんこちらを見ていますね」
ジェーンの言葉どおり、先ほどまで遊んでいた子どもたちが急に立ち止まり、こちらに顔を向けている。
違っていて欲しいのだが、私を見る目が少し厳しいような。
なんか、睨まれているような気がしてならない。
何か悪い事でもしたのだろうか。
いや、でもここに来たのは今日が初めてだし。
もしかして、貴族が嫌いだとか?
平民の恰好をしていても、私ったら高貴な貴族の空気が醸し出てしまっているのかしら?
「ウォルフにぃ! そいつ誰だよ! ネイマルのやつか!」
突然、私たちの前に飛び出してきたのは、私と年齢の近そうな、赤茶色の髪をした少年だった。
着ているものはボロボロだけれど、痩せてはいない。
日に焼けた健康そうな足が、ひざ丈のズボンからスラリと伸びている。
「いや、こいつはアスタナの人間だ。ネイマルとは関係ない。
ここ最近、俺と一緒にキノコを採ってくれていたヤツだ」
「こいつが……?」
ウォルフ先生が少年に歩み寄り、その頭をワシャワシャと掻きまわす。
あまり見た目は似てないけれど、年の離れた兄弟とかだろうか。
しばらくすると、ぞろぞろと他の子ども達も集まってくる。
少し遠くのほうには大人の姿も見える。
皆、一様に赤茶色の髪をしていた。
その目は、ほのかに昏い色を帯びている。
あたりにある家は、テントのような簡易的なもの。
着ているものもあまり綺麗なものとは言えない。
あまりの光景に私は開いた口が塞がらなかった。
エマニエル伯父様はこの事を知っているのだろうか?
知っていたら絶対にこの人たちを放っておくはずがない。
信じがたい光景に私は、しばらく呆然と突っ立っているしかなかった。
「ルーン、ここは少し危ないようでございます」
ジェーンがそっと私に耳打ちをする。
「え、そう?」
ちょっと、スラムっぽい感じはするけど、危険というほどでもないような。
私がジェーンのほうを向こうとした時、シュッと何かが横切った。
あまりの速さに何が起こったのかわからない。
けど、音がした以外に何も起こらなかった。
何? 何これ? どうなってるの!?




