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~閑話~ ジェーンの苦悩



 私の名前はジェーン。

 アスタナ王国シェルトネーゼ家の長女、エルーナ様の専属侍女をしている。

 エルーナ様と二人、シェルトネーゼ家の領地マルタナ村に移り住んでから、一か月半が経とうとしている。


 今でもこの状況が信じられない。

 また、この地に戻ってくる日がこようとは。


 エルーナお嬢様はある日、突然変わられてしまった。

 いや、『元に戻った』とも言うべきなのだろうか。

 

 常に眉間に皺を寄せ、苛立った様子で、必死に食べ物をかき込み、味が気に入らなければ皿ごと投げ出す始末。

 何人の使用人がシェルトネーゼ家の屋敷を去ったことか。


 妹のユリア様に嫉妬しているのは明らかで、弟のロベルト様にも時につらく当たっていた。

 ご両親であるファウスト様とマリアンヌ様は、私の目からは分け隔てのない愛情を3人に注いでいるように見えた。


 けれど、エルーナ様自身はどう感じていたのだろうか。

 もしかしたら、私の知らないところで、愛情の差を感じていたのかもしれない。



 昔のエルーナ様は素直で明るく、旅芸人だった私に他の使用人と差別することなく接してくれた。

 あの頃のエルーナお嬢様には、もう戻れないのだろうか。



「ジェーン、私マルタナ村へ療養をかねて、行こうと思いますの。ついてきてくれるかしら?」



 いつものエルーナ様らしからぬ、肩を不安げに揺らし、おそるおそるといった様子で私に尋ねてきた。

 専属の侍女なのだから、命令をすれば「はい」としか言わないと分かっていらっしゃるはずなのに。



「もちろんですよ、エルーナお嬢様。ジェーンはどこへでもお嬢様についてまいります」



 そう言うと、ほっとした表情を浮かべ、エルーナ様は微笑まれた。

 2年前とは見た目はだいぶ変わられてしまったけれども、懐かしさを感じた。




 エマニエル様とは2年ぶりの再会だった。

 だけれど、「そちらの方はどなたかな?」と問われた時、少し悲しい気分になった。

 胸に突如沸いた感情に動揺しつつも、お嬢様から向けられた視線に私は平静を装った。



「お初お目にかかります。わたくしはエルーナ様の侍女のジェーンと申します。

 エルーナ様の身の回りのお世話をファウスト様より仰せつかっております」



 私が自己紹介をすると、エマニエル様はにこりと笑い、そのまま話を進めていった。


 私のことは忘れてしまったのだろうか。

 たしかエルーナ様と初めて出会った時、この方はファウスト様と一緒にいたはずなのに。



 この胸の痛みはなんだろう。

 けれど、あれこれ考える時間はなく、荒れ放題の屋敷をエルーナ様と朝から晩まで掃除する羽目になり、気づけば1週間。


 ほっとしたのも束の間、エマニエル様は村の警備をしている身元不明の男にエルーナ様の武術の特訓を任せると言い出した。

 エルーナ様からエマニエル様へ申し出たそうだが、それなら町にいる、それなりの身分の人間を寄越すべきなのではないだろうか。


 しかも、公爵家の令嬢というのはまずいから、エルーナ様をエルーナ様自身の従者として紹介するという。

 もし、顏に傷でもつけたら……、考えただけでぞっとする未来が目に浮かぶ。



「行ってらっしゃいませ、『お嬢様』。道中くれぐれも『お怪我』のないように。

 捻挫しないよう足首を良くお回しくださいませ」



 エルーナ様の武術を指導する若い男に聞こえるよう、私ははっきりとした口調で言った。

 斜め前に立っているエマニエル様の表情は伺えないが、特に変わった様子はない。

 そもそも、エマニエル様のほうこそ、従者に勉強などありえない事を言ったのだ。


 公爵家の人間ではない、爵位を返上した貴族の男子に、なぜエマニエル様が直々に勉強など施すのだ。

 聡い人間なら気づかない訳がない。



 そして、この若者は聡い。



 さて、そろそろ、現実を見なくてはいけないわね。


 エルーナお嬢様が大量に採ってきたエリンギ……。

 ステーキにして食べたいとおっしゃっていたけど、これ全部かしら。


 最近、マルタナ村ではイノシシが農作物を荒らしているらしい。

 あの若者にそれとなく伝えれば、明日はイノシシの鍋を食べることができるだろうか。

 血抜きは昔よくやっていたから、問題ない。

 

 ちょうど、明日あの若者が村はずれまで、エルーナお嬢様と私を連れていくという。

 その時に、それとなく伝えよう。

 


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