~閑話~ エマニエルの憂鬱
僕の名前はエマニエル・マルタナ。
シェルトネーゼ領の仮の領主をやっている。
日々領地の経営に追われ、公爵という爵位をもつ弟からは毎日のように手紙がやってくる。
ほとんどが仕事についての内容だが、最近はこの屋敷に戻ってきた長女のエルーナを心配する内容も含まれるようになった。
マルタナ村を含むシェルトネーゼ家の持つ領地は広大だ。
本来であれば、こんな小さな村に屋敷を構えるのではなく、人口の多い隣町で領を管理するほうが便利なのだとは思うのだが、隣町にあるシェルトネーゼ家の屋敷は今、一般の宿屋として開放している。
王都で宣伝してくれている弟のファウストのおかげで、徐々にシェルトネーゼ領は観光名所として知られるようになった。
領民に雇用を与え、貧しい者をできるだけ減らしたい。
僕のそんな理想をファウストは全面的に応援してくれている。
僕は貴族のパーティーや付き合いがあまり得意ではないし、体が『弱い』ということになっていたから、ファウストに爵位を譲って正解だったと思う。
しかも、ファウストの長女エルーナは、僕の予想をだいぶ上回って2年ぶりに僕の前に現れた。
全体的な大きさもそうなのだが、領地の経営における書類をさばく速度には驚愕した。
手紙でファウストに、エルーナに事務処理について何か教えたのかと尋ねたのだが、そんなものは一切していないということだった。
独学なのか、王都にいた使用人から教わったのかは知らないが、実務だけであれば僕よりも手際はいい。
事業の承認については、これはもうこの土地についてや、今のこの領の状況を鑑みなくてはいけないから、『今は』任せることはできないけれど、ゆくゆくはこなしてしまうだろうと予想している。
王都でのエルーナの評判は良いものではないと聞いていたけれど、実際会ってみると素直で行動力があり、メイドのジェーンにとてもよく懐いている。
少し従順すぎるところもあって、変な奴に騙されないかと心配になるけれど、7歳にしてはよく出来た子だ。
貴族の子というのは、平民の子より大人びているのだろうか。
この領地では貴族の子と接する機会が少ないから、比べられないのだが。
エルーナがこのシェルトネーゼ家に来てから7年。その間に双子のユリアとロベルトが生まれた。
時が過ぎるのは早いものだ。
2年前に突如エルーナがこの国の第一王子の婚約者候補として名が上がった時には驚いたが、エルーナ自身がそれを辞退したと聞き、ほっと胸をなでおろしている。
彼女をこの国の王妃にするのはかなりリスクが伴う。
ファウストも重々承知していたが、事が事だけに慎重に進めなければいけなかった。
それを知ってか知らずか、エルーナは自らこの領地に帰ってきた。
婚約の話はなくなり、かわりに妹のユリアが第一王子の婚約者に正式に決まった。
エルーナにはまだこの事を伝えてはいない。
第一王子のジュリアス殿下の事を相当慕っていたとは聞いている。
だがエルーナはこの領地に来てから、一度もジュリアス殿下の話題をしたことがないので、本人が忘れたがっているのか、それかもう既に忘れているかのどっちかだ。
おそらく後者なんじゃないかと、僕はにらんでいる。
さて、休憩もそそろそろ終わりにしよう。
今日はエルーナがエリンギを大量に採ってきたらしい。
ウォルフのおかげで、ここ最近毎日がキノコ料理だ。
太陽のように眩しい笑顔で「伯父様! 今日もキノコたくさん採れましたわ!」と、キノコのカゴを見せるエルーナが微笑ましく、ついつい必要以上に喜んでしまったせいで、キノコ以外食べたいと言うに言えない状況になってしまった。
ウォルフにはそろそろ山登りではなく、川へ魚釣りにでも行くよう、それとなく勧めてみるとするか。




