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「あ、違うよ。後ろの子じゃなくて、こっちの子」
そう言って、エマニエル伯父様は私の背に手を添え、一歩前へ出した。
へ?
「あー……、それ人間だったのか! 家畜に人間の服着せて、とうとうエマじーさんも頭おかしくなっちまったのかと思ったぜ」
家畜っ!
ブタなら言われ慣れているけれども、家畜っ!?
これでも、少し痩せたほうなのにっ!
しかも、エマニエル伯父様のことをエマじーさんってっ!
エマニエル伯父様は気にしていないようだけれど、私としては全く納得がいかない!
「お手柔らかに頼むよ。ルーンはこう見えて、結構頑張り屋さんなんだ。あまり無理をさせないでやってね。
ルーン、この方はウォルフ。2年前にこの村に流れ着いて、今は村の警備をお願いしている元騎士様だよ」
「騎士って言っても下っ端だったけどな」
ルーンっていうのは私の従者としての名前である。
没落貴族で爵位を返上し、シェルトネーゼ家のご令嬢の従者になったという設定。
平民なので家名はない。
もし、名乗るのだとしたら、このマルタナ村ではルーン。
よその村で名乗るとしたら、ルーン・マルタナとなる。
マルタナ村のルーンということらしい。
「よし、じゃあ手始めに、山登りでもするか!」
「へ?」
山登り? 剣は? 私、剣術を習いたいってお願いしたはずなんだけど……。
ていうか、その前に武術を……
私の不満をこの分厚い肉で覆われた顔から読み取ったらしいウォルフ先生は、チッチッチと人差し指をたて、左右に揺らした。
「まずは、その贅肉落としてからだ!
そんなんじゃ、ブタと間違えて串刺しにして食っちまいかねないからな!」
うっ! なんて、ひどいっ!
エマニエル伯父様の前だから、怒るのをなんとか我慢したけど。
くっそおぉぉ! おぼえてろよぉぉぉ!
いつか絶対にあんたを串刺しにしてやるんだからっ!
「じゃあ、気を付けてね! 明日も勉強しなきゃいけないから、ほどほどにするんだよ」
勉強じゃなくて、仕事の手伝いだろうがぁぁ! と叫びたいのを堪え、
「行ってらっしゃいませ、お嬢様。道中くれぐれもお怪我のないように。
捻挫しないよう足首を良くお回しくださいませ」
いつもと変わらないジェーンにがっくりと項垂れる。
自分から言い出したことだけど、そう簡単にダイエットできたり、強くなったりしないよね。
地道に頑張ろう! 地道に!
やる気ゼロの私はウォルフ先生に連れていかれるまま、お屋敷から2キロ先にある山へ向かい、日暮れまで山登りをさせられるのであった。
〇 〇 〇
「ウォルフ先生! こっちにたくさん群生しています!」
「お、良くやった、ルーン! じゃあ、カゴに詰めて、今日はこのぐらいで終わりにするか!」
山登りを始めて1か月。
ウォルフ先生にキノコの採集を学び、なんと今日はエリンギが大量に群生しているのを発見しました。
前世ではエリンギは傘の閉じたものがスーパーに良く売られていましたが、ここではどちらかというと傘が開いているほうが好まれるようなのです。
見てください、この立派なエリンギを。
私の手の2倍はあります。
それがあたり一面に広がっているなんて、なんて素晴らしいんでしょう。
今日はジェーンに頼んでエリンギのステーキにしてもらいましょう。
夕食楽しみです。
エマニエル伯父様も、喜んでくれるでしょうか……。
「って、いつまでキノコの採集なんてやらせてるんですかああ!!」
と、エリンギを地面に叩きつけ、思わずツッコミを入れてしまった。
この一か月間、おかしいなと首をひねりながらも、それでも従順にキノコを毎日採集し、キノコをたくさん採る度に、喜んでくれる伯父様とジェーンが嬉しく、意気揚々と山へ繰り出していたわけだが。
ここに来てようやく目が覚めた。
私は武術を習っているのではない、キノコを採集しているのだ。
「とうとう、気づいちまったか」
ウォルフ先生はわざとらしく頭をかかえ、首を振った。
いやいや、誰だって分るでしょうよ。
よく私も一か月気づかなかったもんだよ。
「いつになったら、武術を教えてくれるんですか!」
「まあ、ぼちぼちやろうと思ってたんだ。ぼちぼちな」
そう言ってウォルフ先生はキノコが大量に入ったカゴを背負い、山を下り始めた。
私は先ほど地面に投げつけたエリンギを拾い、慌ててカゴを背負い、その後を追う。
「明日はちょっと村のはずれに行くとするか! 最初の頃よりもだいぶマシになったしな! ヤツらに紹介しても大丈夫だろう!」
ヤツら?
もしかして、ウォルフ先生のお弟子さんかな?
この1か月、ずっと私に付きっ切りでキノコの採集をしてくれていたから、お弟子さんがいたのだとしたら、申し訳ないな。
でも、キノコの採集は私の本意ではないんだけど。
「もう、キノコ採らなくていいんですか?」
「そうだな。しばらくはいいだろう。採りすぎてなくなっても困るからな」
キノコのほうの心配ですか……。
「っと、その前にだ。ルーン、一つお前に頼みたいことがある」
ウォルフ先生は急にくるっと振り返ると、にんまり笑顔を浮かべた。
これは、なんか変な事企んでる顔だな、絶対。
初日は逆光でウォルフ先生の顔を見ることができなかったけど、あとあとじっくり見てみたら、なんとウォルフ先生もエマニエル伯父様に負けずイケメンだったんだよね。
聞けば年齢はまだ21だという。
日に焼けた浅黒い肌に、頬には十字の傷。
なんか、漫画に出てくる剣士見たい。
瞳はなんと私の瞳の色によく似た、アメジスト色。
なんか、運命感じちゃうかも。
「ジェーンさんを連れてきてくれないか?」
「ジェーンですか?」
私の侍女のジェーン?
いったい何故……。
「いいですけど。夕食の支度もあるので、あまり長居はさせられないと思いますよ?
あと、エ、エルーナお嬢様に了承を得ないことには……」
「いや、そこをなんとかっ! マジで一瞬でいいから」
眼前に両手を合わせ、お願いポーズをするウォルフ先生。
これはまさか、ウォルフ先生ってジェーンのこと……。
「わかりました。いいですよ。エルーナお嬢様に頼んでみます」
「ほんとか! よっしゃあ! じゃあ、明日から張り切って弓矢の特訓でもするか!」
「僕が習いたいのは剣なんですけど……」
ひゃっほーっと叫び、駆け足でさらに山を下るウォルフ先生の背を見て、ため息をつく。
きいちゃいないよ、あの人。
なんとなく、そうじゃないかなとは思ってたけど、ウォルフ先生ってジェーンにホの字だったとは。
キノコを採っている時にジェーンが何歳なのとか、好きなものは何かとか、彼氏はいるのかいないのとか。
わざわざジェーンに尋ねて、翌日ウォルフ先生に教えるという愚行をこの1か月何度したことか。
たしかにジェーンは元踊り子だけあって、綺麗な顔をしている。
特にあの真っ赤に燃えるような赤毛はいつ見ても美しいと思う。
アスタナ王国は王家、貴族には金髪や黒髪が多く、平民は茶髪や青みがかった髪はよくいるけれど、赤毛という人はいない。
だから、ジェーンはアスタナの人ではないんだろうなとは思っていたけれど、どこの生まれかは聞いたことがない。
「じゃあ、明日はお前の家まで迎えに行くから、ジェーンさんによろしくなっ!」
今まで山のふもとの山道入り口で待ち合わせだったのに、ジェーンのために家まで迎えに来るとは……、この待遇の差よ!
「わかりました。お待ちしております」
納得はいかない胸の内をぐっと抑え、これでも師弟関係なので、軽く頭を下げる。
そんな私を後目に、ウォルフ先生は今にもスキップしそうな足取りで帰っていくのであった。




