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やきもち

 

「どうしたんだ?」


 エルシュは表に感情を出していなかったにも関わらず、リディスは内心の変化にすぐさま気付いたようで、穏やかな声色で言葉をかけてくる。本当に敏い人だ。


「やはり、姉が結婚したことが気になるのか?」


「い、いえ……」


 即座に返事を返したが、やはり奇妙に思われただろうか。


「だが、あまり機嫌が良さそうに見えないな」


「……よく、無表情から読み取れますね」


「それはまぁ……。毎日、そなたの顔を見ていれば、どのような感情を抱いているのかくらいは察することが出来るだろうよ。……心配しなくても、ロサフィ第二王女宛ての祝い状を書けとは言わないから安心するといい」


「……お心遣い、ありがとうございます」


 どうやらリディスはエルシュの心中を察してくれているようでこれ以上、アルヴォル王国に関わらなくても良いように配慮してくれるつもりらしい。


「……陛下も姉に会うことはないんですよね?」


「ああ。祝い品を贈りにアルヴォル王国へと赴くのは外交官達だけだ。それに私は国王ゆえに、国からは離れられないからな」


「それなら良かったです……」


 エルシュは安堵するように胸を撫でおろした。


「何だ、ロサフィ第二王女に会って欲しくはないような言い方だな」


「……ええ」


 今度はエルシュが気まずくなる番だった。紅茶が淹れられたカップを手に取りつつ、口に含めながら溜まっていた感情を奥底へと流し込んだ。


「……姉は『アルヴォル王国の花』と呼ばれている美姫(びき)ですから。あなた様がその……視界に入れて心を奪われてしまわないか、少しだけ心配でして」


 最後の方は口籠ってしまった。しかし、その場に無言が続いたため、何気なく視線を向けると目を瞬かせているリディスがいた。


「……何故、そう思うんだ?」


「え? それは……姉は女性の私から見ても、かなりの美形です。姉が微笑めば相手は一瞬にして骨抜きにされてしまうような美貌を持っているので、陛下がもし……そのような華やかな美しさに目を奪われてしまえば、私は……」


 その先の言葉が告げられず、エルシュは口を閉ざした。まるで子どもの言い訳のようだ。気恥ずかしさを覚えたエルシュはあおるように紅茶を一気に飲み干した。


「そなたは私がロサフィ第二王女に見惚れないか心配しているということか。……だが、見たこともない者の姿を想像は出来ないし、それに興味もないからな」


「えっ……?」


 リディスは口の端を少しだけ上げて、余裕そうな笑みを浮かべているだけだ。


「それにエルシュはロサフィ第二王女のことをとてつもない美形だと思っているようだが……。私にとってはそなたが一番だと思っているぞ」


「へっ?」


 つい、素のままで驚いた声を上げてしまう。

 目の前にいるこの端正な顔立ちをした殿方は一体、何を言ったのだろうかと理解するのに時間がかかったが、やがて言葉の意味を飲み込んだエルシュの身体は次第に内側から熱くなっていく。


「あ、あの……。へ、陛下は本当にその……」


「ん? ……ああ。私はエルシュが一番美しいと思っているが? 何か不満でも?」


「っ……」


 まさか、面と向かってそのような言葉を告げられるとは思っていなかったエルシュは人生で初めて狼狽という言葉が似合う程に両手を頬に添えながら、視線をどこに向ければいいのか迷わせていた。


「信じていないのか?」


「い、いえっ……。と、とても嬉しい言葉だと思っています」


 生まれてこの方、誰かに容姿を褒められたことがなかったエルシュは熱くなっていく頬を冷たい手で冷やしながら、ちらりとリディスの方へ視線を向ける。彼は優しげな表情で自分を見ているだけだ。


「……お恥ずかしい話ですが小さい頃から姉と比べられて、見劣りしていると言われたことで、どうしても無意識に相手から見下されているのではと感じてしまって……。あまり、自分に自信がないのです」


「そうだったのか……」


 リディスの瞳は少しだけ悲しみが含まれたものへと変わる。自分自身を卑下してはならないと分かっているが、小さい頃から心の内側に刻まれた傷はそう簡単には拭えないものだ。


 紅潮した頬の熱が少し収まって来たエルシュは手を下ろしてから、短く息を吐く。


「エルシュ」


 リディスに名前を呼ばれたエルシュはぱっと顔を上げた。自分へと注がれたのは熱い視線で、深い感情が込められているように感じたエルシュは途端に動けなくなってしまう。


「私は、花は花でも雪の花が一番美しいと思うし、そして好きだ。……それだけでは駄目か?」


「……っ」


 雪の花が一体、誰を指している言葉なのかを察したエルシュは引き攣るように息を飲み込んだ。リディスの瞳が自分を捉えたまま、言葉の返答を待っている。


「あ、の……。駄目……ではない、です……」


 いつの間にか俯いてしまっていたエルシュは何とかそれだけを言葉にした。今日は気温が涼しいはずだが、自分の身体はいつの間にかお湯が沸騰したように熱くなってしまっている。


「そうか。それなら良かった」


 満足するようにリディスはそう呟いたが、顔を直視することが出来なかったエルシュは胸元に手を置いてから、深呼吸をすることにした。


 ……何だか、今日は陛下に心を大きく乱されてばかりだわ。




 その時、天の助けとも言うべき声がその場に降り注ぐ。


「──あっ、リド! 休憩しているところ悪いけれど、執務室まで来てくれないか? 火急の用件があるんだ」


 聞き慣れた人懐こい声は頭上から降ってきたため、エルシュとリディスは同時に顔を上へと向けると、王城の二階の窓から身を乗り出して手を振って来るジークがいた。

 彼にしてはかなり慌てているようなので、恐らく本当に急ぎの用事なのだろう。


 リディスもジークの様子から何かを察したようで、深い溜息を吐いて椅子から立ち上がった。


「すまない、呼ばれたから行って来る」


「い、いえ……。どうかお気になさらずに」


「……また、来る」


 エルシュだけに聞こえる声でリディスは小さく呟き、そして甘みを含めた笑みを浮かべてから、くるりと背を向ける。


 早足でその場を立ち去っていくリディスの背中をどこか呆けた表情で眺めていたエルシュだったが先程、彼から告げられた言葉を思い出して、再び身体中に熱が巡っていく。


「……やっぱり、今日は暑いわね」


 両頬に手をぺちぺちと当てつつ、自分は今、どのような表情をしているのだろうかと想像しながら、熱を収めるしかなかった。

 

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