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氷菓子

 

 エルシュがドラグニオン王国に嫁いできて、数週間程が経った。

 その間にもエルシュは宰相であるジークからこの国のことや、外交関係などを学びつつ、他の教育係からドラグニオン王国式の礼儀作法などを教わっていた。


 対人関係も最初と比べれば良くなっており、侍女や衛兵と言った王城内で仕事をしている者達と廊下ですれ違えば、軽く会話を交わせるようになっていた。


 他国から来た姫として、嫌がらせなどされるのではないかと密かに思っていたが、王城に勤める者は誰しもが仕事熱心で、親切な者ばかりであるため、内心は安堵していた。


 だが、国内の貴族の中には自分の娘をリディスの妾にと望む者もいまだに居るらしく、王妃として嫁いで来たエルシュと貴族との関係性はあまり良いとは言えないだろう。


 正直に言えば、自身の娘をリディスへと嫁がせたい貴族にとっては、自分は邪魔とも言える存在だ。

 それでも身分が隣国の姫であるため、嫌がらせや悪口を向けたくても、外交が絡んでくると自覚しているらしく、手を出してくる者はいなかった。


 貴族のご婦人や令嬢達はエルシュとお茶会という名の交流をしたいと思っているようだが、まだドラグニオン王国に来たばかりで日が浅く、忙しいからと理由を付けてはリディスが直接断ってくれているようだ。


 エルシュとしては必要に応じてお茶会などは受ける覚悟は出来ているが、恐らくリディスが貴族達から余計なことを言われないようにと気を遣ってくれているらしい。


 そんな話を教えてくれたのはジークだ。

 彼は魔法使いでもあり、宰相でもあるが、表立って動けないかわりに多くの密偵を城内に忍ばせて、貴族間で交わされる話や取引に関することを集めては様々な人間の弱みを握っているのだという。


 普段はのんびりとした雰囲気であるため、争いごとを好んでいないような人柄に見えたが人は見かけによらないらしい。

 それでもエルシュの前で教鞭を振るう際はいつも穏やかで、たまに様子を見に来るリディスをからかったりしているのだが。


 そんな日々を過ごしつつも、やっと王城内の部屋や通路を覚えたエルシュはリディスの執務室へと向かっていた。


「こんにちは。陛下は在室しておられますか?」


 執務室前ですれ違った文官に訊ねると、彼はすぐに頷き返してくれた。そして、エルシュの手元を覗き込むと、文官の表情はすぐに柔らかいものへと変わった。


「はい、いらっしゃいますよ。……ああ、それはいいですね」


「厨房で少しお手伝いをしまして、たくさん作ったんです。まだ残っていると思うので、良かったらお食べになって下さいね」


「ありがとうございます、エルシュ様。それでは私も一つ頂きにいきましょう」


 では、と言って文官はその場から立ち去っていく。

 エルシュは一つ深呼吸してから、執務室の扉を数回叩いた。


「──入れ」


 部屋の中からはすぐにリディスの声が返って来る。エルシュは手元にあるものを落とさないように注意しながら、扉を開けて中へと入った。

 リディスの執務室には文官達が行き来することもあり、かなり広い部屋となっていた。


 壁沿いには分厚い本が並んだ本棚が置かれており、扉から一番遠い場所には執務机である大きな机が陣取っていた。

 その上には積み上げられた書類と広げられた本、万年筆などが置かれており、いかにも仕事中の風景と言ったところだろう。

 大きな窓は開け放されており、昼間であることから、室内はかなり明るく感じられた。


「エルシュか。どうしたんだ?」


 椅子に座り、書類を眺めていたリディスはすぐに顔を上げてから首を傾げる。エルシュが自ら執務室へと訪れる方が珍しいため、一体何事かと思っているのだろう。


 そんなリディスをちらりと見やると、彼はいつものように銀色の仮面を被っていた。そして黒地の薄手の上着を着ていることから、首筋に汗を浮かべているようだ。


 季節は夏場に近づいているが、リディスは仮面の下や腕に竜の鱗が生えているため、例え日中が暑くても人前で薄着になることは出来ないらしい。

 さすがに外套は脱いでいるようだが、リディスは暑さを我慢しながら仕事をしているようだ。


「厨房で少しお手伝いをしてきたんです」


「手伝い?」


 不思議に思っているのかリディスは小さく首を傾げる。


「王城で働いている皆さんが、暑そうだったのでそれならば身体を冷やすものでも御馳走しようと思いまして……。氷菓子を作ってきました」


 エルシュはトレイに載せていた透明な器の中身をリディスへと見せた。器の中には氷菓子が円形に盛り付けてあり、リディスの仕事の邪魔にならないようにとスプーンと共に机上の端へとそっと置いた。

 リディスは驚いたのか少しだけ目を瞬かせている。


「牛乳と卵などを混ぜて冷やしたものに、桃を一度凍らせてからすり潰したものを混ぜてみました。味見をしましたが、我ながら美味しく出来ていると思います」


「これを……そなたが作ったのか?」


「主に冷やして凍らせる過程を私が担当しました。混ぜるのは厨房の方に手伝ってもらいましたが」


 王城で暑そうに仕事をしている者達に何か出来ることがないかと考えた結果、氷菓子を作って配ろうという案を思いつき、さっそく行動してみたのだが、厨房を少し借りようとしていたところ、それなら自分達も手伝うと厨房に勤めている料理人達も手を貸してくれたのだ。


 おかげで予定よりも大量の桃味の氷菓子を作ることが出来たので、王城で働く多くの者達に配り回っていた。


「色んな方に食べて頂きましたが大絶賛でした。厨房の料理人達からも美味しいとお墨付きを頂いています」


 エルシュが胸を張って伝えるとリディスは驚いていた瞳をいつもの穏やかなものへと戻してから、そして息を漏らすように噴き出していた。


「なるほど。雪華の力を使って、作ったのだな」


「ええ。……この時期は氷が貴重なものとして扱われていると聞いたので、それならば私の力を使って、皆さんを涼めることは出来ないかと思いまして」


「確かに今の時期、王城の氷室の氷は大事に使われているからな。氷菓子を作ることなど、ほとんどなかっただろう」


「そうみたいですね。なので、料理人の方々がとても楽しそうに手伝って下さいました」


 エルシュが雪華の力を持っていることは王城内に勤めている者ならば誰でも知っていることだ。


 皆が皆、というわけではないが恐る恐ると言った様子でエルシュに雪を見てみたいと願い出る者もいるため、少しだけ雪華の力を使って庭先を銀世界にしてみれば、老若男女問わずに人が集まって来ては夏の雪を楽しむという光景がしばしば見られるようになっていた。


 そのおかげなのか、隣国から嫁いで来た姫という立場であっても、最初の頃と比べれば使用人や文官のほとんどがエルシュに対して気さくに挨拶をしてきたり、話しかけてくれるようになったのである。


「あ、でも陛下には毒見が必要ですよね……」


 忘れていたことを思い出したエルシュはリディスへと出していた氷菓子に向けて手を伸ばそうとする。しかし、その手はリディスによって阻まれてしまった。


「いや。今、いただこう。でなければ、溶けてしまうからな」


「え……。ですが……」


 エルシュがリディスを制止するための言葉を紡ぐよりも早く、リディスはスプーンを手に取ってから桃の氷菓子を一口分、掬うとすぐに自らの口へと運んでいった。


 口の中ですぐに溶けていったのだろう、空になったスプーンをもう一度、桃の氷菓子へと突き刺してから掬っては次々と口の中へと運んで行く。


「……」


 そんなに勢いよく食べてしまって、大丈夫だろうか。

 冷たいものを一気にお腹の中に入れると、具合が悪くなることもあるため、出来るならばゆっくりと食べて欲しいが、リディスはあっという間に氷菓子が入っていた器を空にした。


「──美味しかった」


 そう言って、目線を上へと向けて来たリディスと視線が重なったエルシュは少し肩を揺らす。


「本当、ですか?」


「ああ。甘すぎず、爽やかな口当たりだった。おかげで身体が少し、涼しくなった気がする。……作ってくれて、ありがとう」


「……い、いえ」


 何だか、リディスから向けられる瞳に熱が込められている気がして、エルシュは視線を逸らしながら、空になった透明な器をトレイの上に載せた。


「……もし宜しければ、明日も作っていいでしょうか。もちろん、課せられている勉強や礼儀作法の時間をしっかりと終えてからになりますが……」


「それは……。また、この美味しい味を楽しめるならば嬉しい限りだが……。いいのか?」


「はい。他にも試したい味などがありますし。……それに夏場だったら、私の力も人様の役に立てるかと思いまして」


「……別にそなたに役に立ってもらいたくて、嫁いできてもらったわけじゃないからな」


 ぶっきら棒に、早口でそう告げるリディスは少し強張っているような顔をしていた。


「でも、私……とても嬉しいんです。今までこの雪華の力を使って、誰かに喜んでもらったことなどなかったので……」


 アルヴォル王国に居た頃は、雪華の力は忌み嫌われる力として認識されていたので、エルシュは血が繋がっている者からさえも遠巻きにされていた。

 そのため、自分の力が誰かの役に立てる上に、笑顔を見せてもらえることが何より嬉しくて仕方がなかったのだ。

 

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