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華やかな雪だるま

 

 フィオンを連れて、庭へと出たエルシュは周囲に人がいないことを確認してから、そこら一帯を雪華の力を使って、雪景色へと変えていった。


 フィオンはエルシュが雪華の力を使えることは知っていたようだが、力を実際に見るのは初めてだったらしく、最初は驚いていたがすぐに軽く跳んではしゃぎ始めていた。

 やはり、子どもと言うものは雪が好きらしい。


 もちろん、この場所は遊び終えたらすぐに元に戻すつもりである。

 雪華の力で空気中の水分を氷や雪へと変換することの方が得意だが、その逆として、自らが作った氷雪を元の気体へと戻すことも出来るのだ。


「さ、触っても宜しいでしょうか!」


 うずうずしているのかフィオンは早く、ふわふわの雪に覆われた地面の上を歩きたくて仕方がないらしい。


「ええ、いいわよ」


 エルシュの返事を聞いたフィオンはすぐに、雪上へと自らの足跡を付けながら歩き始める。それに続くようにエルシュも雪の上を歩いた。


 今の季節は春と夏の間くらいだ。暖かい季節に雪を見ることなど本来はありえないため、フィオンがはしゃぐ気持ちも分かってしまうのだ。


「凄いのですっ! わぁっ……雪が柔らかくてふわふわです!」


 フィオンは手で掬っては、それを頭上へと持ち上げて、一気に散らすように両手を離した。


 さらさらと雪が空気中を舞うように降り落ちていく。その光景を眺めながら、エルシュは子犬のように走り回るフィオンの姿を眺めていた。


 自分が作り上げた雪で遊んでもらったり、楽しんでもらうのは初めてだ。

 自国に居た際は、植物を操る力を使えないのは自分だけだったので、親兄弟に見つからないようにこっそりと雪や氷を形成しては、一人寂しく遊んでいたことを思い出す。


 ……私もこの力を誰かのために、役立てることが出来ればいいのだけれど。


 雪華の力を持っていても、未だに使いどころがないのが現実だ。

 ただ、雪と氷を作るだけ。


 植物を操ることが出来れば綺麗な花を咲かせたり、実のなる木を生やすことが出来るらしい。

 しかし、自分はその力を一切持っていないのだ。


 走り回るフィオンが雪の上で転ばないようにと見守りながら、エルシュはその場に座り込んでから、両手で掬った雪で雪玉を作り始める。

 そして、作った雪玉を地面に降り積もっている雪の上でゆっくりと転がし始めた。


「あっ! もしかして、雪だるまをお作りになられているのですか?」


 エルシュの行動に気付いたフィオンがすぐに駆け寄ってきて、興味深そうに手元を覗き込んでくる。


「フィオンも手伝ってくれる? 一緒に大きな雪だるまを作りましょう」


「はいっ!」


 快く返事を返したフィオンはすぐにエルシュの側に座り込んで、両手から溢れ出る程の雪を掴むと、それを手で丸め始めた。

 二人で並びながら雪玉を大きくするべく、少しずつ転がしては固めていく。


 ……誰かと一緒に雪だるまを作るなんて初めてだけれど、楽しいものね。


 昔は一人で雪だるまを作ってはこっそりと庭先に飾っていたものだが、次の日には意地の悪い腹違いの兄弟達に壊されていた。 

 そのため、いつからか雪だるまを作っても、すぐに自分の力で分解して空気中の気体へと戻してしまうようになっていたのだ。


「エルシュ様。雪だるまのお顔はどう致しましょう」


「そうね……。もし、この庭先に咲いている花を使わせてもらえるなら、それらをお借りしたいわ」


「可愛い雪だるまになりそうですねっ。あとで私がお持ちします!」


 楽しげに笑っているフィオンを見て、エルシュは薄っすらと口元を緩めていた。





 それから数十分後、二人の力作である雪だるまはなんとフィオンの身長を越える高さにまで出来上がっていた。

 

 この庭を管理している庭師の許可を貰ってきたらしく、フィオンは両手いっぱいに薔薇の花を抱えて戻ってきてくれた。

 あとで庭師にはお礼を言いに行った方がいいだろう。


 庭師とフィオンのおかげで、雪だるまの顔となる部分には鮮やかな色が刻むように彩られていく。


 真紅とも呼べる薔薇の花びらを使い、口となる部分には弧を描くように付けていった。目と鼻には薔薇の花をそのまま使用し、枝が付いた二本の薔薇は両腕として突き刺すことにした。


 そして余った花々を頭などに飾っていけば、華やかで可愛らしい雪だるまの完成だ。


「わぁっ……。私、これほど大きな雪だるまを作ったのは初めてです!」


「フィオンのおかげで可愛い雪だるまを作ることが出来たわ。手伝ってくれて、ありがとう」


「いえ、私も雪で遊ぶのは久しぶりだったので、凄く楽しかったです」


「でも、せっかく作ったのに、これほど大きいと庭仕事の邪魔になるかしら……」


「あとで庭師の方に暫くの間だけ、置かせてもらっていいか聞いてきますね」


「あら、いいの? ありがとう、フィオン」


 二人で雪だるまの出来栄えを眺めながら、次は何を作ろうかと和やかに話していた時だ。

 後ろから足音が聞こえた気がして、エルシュははっとしたように振り返る。


「っ……」


 そこに立っていたのはリディスだった。彼はエルシュ達が作った雪だるまをその瞳に映したまま、どうやら固まっているらしい。


 やって来たのがリディスだと知ったフィオンは侍女であるためか、すぐに姿勢を正してから頭を垂れる。


 リディスは雪だるまとエルシュ達を交互に見やって、視線でこれは自分達が作ったのかと訊ねてきた。


「えっと……。あの、勝手に庭を使ってしまい、申し訳ございません」


 作り終わった後すぐにリディスに知られるとは思っていなかったため、エルシュは弁明するように彼に向けて頭を下げた。


「いや、それは良いんだが……。二人で作ったのか?」


「……はい」


 勝手なことをするな、と怒られるだろうかと気構えながら、上目遣いでリディスを見上げると彼はふっと息を漏らすように突然、笑ったのである。


 まさか笑うとは思っておらず、今度はエルシュの方が固まっていると、彼は大きな雪だるまを眺めながら呟いた。


「良い出来栄えだな。溶けてしまうかもしれないが暫くの間、そこに飾っておくといい」


「えっ。あ、ありがとうございます……」


 どうやら、怒ってはいないらしい。エルシュは安堵の溜息を吐いてから、フィオンの方へと振り返る。


 フィオンの表情も気が抜けたように柔らかいものになっていた。

 目の前に国で一番身分が高い人間がいる、ということに加えて雪だるまの件についても何か言及されるのではないかと気構えていたに違いない。


「……そこの者、確かフィオンと言ったな」


「は、はい!」


 名前を呼ばれるとは思わなかったらしく、フィオンはすぐにリディスの方に顔を向けて、背を真っすぐと伸ばした。


「私が執務をしている昼間は、あまりエルシュのもとへは足を運べないだろう。どうか、彼女のことを宜しく頼む」


「承りましたっ」


 緊張しているのか、リディスに返事をするフィオンの声は少しだけ裏返っているようだった。


「では、私は執務に戻る。……エルシュも空いている時間は好きに過ごすといい。何かあれば、遠慮しないで周りの者を頼ってくれ。私も出来るだけ、顔を出そう」


「はい。お心遣い、ありがとうございます」


 エルシュが一度、リディスに頭を下げてから、再び顔を上げるとそこには穏やかな瞳で自分を見つめているリディスがいた。


 ……余程、雪だるまが気に入ったのかしら。


 しかし、リディスはすぐにその場から立ち去っていく。本当に自分の様子を見に来ただけらしい。


 リディスの姿が見えなくなってから、エルシュの斜め後ろに立っていたフィオンが少しだけ深い息を吐く。


「やはり、陛下と直接、顔を合わせると緊張しますね……」


 侍女という立場柄、目上の者を前にすると萎縮してしまうのだろう。


「でも、陛下から雪だるまを置いておいても良いって許可を貰えたから、良かったわ」


「そうですね。あ、さっそく庭師の方にもお伝えしてきますねっ」


「ええ、宜しくね」


 フィオンは軽く駆けるようにその場を立ち去る。残ったのは自分と大きな雪だるまだけだ。


「ふふっ……」


 誰かと一緒に雪で遊ぶことに対して、久々に楽しさを思い出したエルシュは可愛らしい雪だるまを眺めながら穏やかな表情を浮かべていた。

 

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