彼女は生きた屍も同じ
目の前のデズデモーナは死んだも同然。
それもそうだろう。
背中の皮膚など存在していなかったぐらいに鞭か何かで引き裂かれ、頭部は熱い湯をかけられたことが分かる爛れ具合だ。
許せないのが、それらの傷を負わせておいて、時々にヒールをかけて中途半端に治していたという陰湿さだ。
ヒールは体力回復と、怪我をした体を以前の状態に近くなる修復しかできないものでしかない。
つまり、心臓病の人間にヒールをかけても少々の体力は回復しても心臓病が治ることは無いし、完治した火傷の傷跡に何度ヒールをかけてもケロイドが消えることは無い、というものでしか無いのである。
この哀れな女、デズデモーナは、中途半端に怪我を修復させられた事によって、今後ヒールをどんなにかけられても昔の姿には戻れないのだ。
「見ろ、この反逆者どもめ。デレク、お前が裏切らなければ、私はお前の元女房のあばずれに、このポーションをくれてやったというものを。」
濡れ鼠でなくなったアドブラ・マホーレンは、派手なローブの懐から細長いガラス瓶を取り出して、瓶を揺らしてチャポンと音を立てた。
「ははは。いらないだろう、そんなものは。俺を騙して別の男の子供を産むような女だ。この姿のままくれてやっても、愛とやらが続くそうだからな。」
王と自称する男、アーマッド・マホーレンは、生ごみの袋を汚いと足でどかすようにして、虫の息のデズデモーナを蹴りつけた。
「ふぅっ。」
「あぁ、デズデモーナ!」
俺はこの国の宮殿どころか、マホーレン一族を滅ぼしても良い気もしていた。
デレクこそそうであろう。
彼は両腕をカイユーとフェールから振り払う、いや、振り払えなかった。
彼らはデレクがどんな行動をするのか知っているからこそ、事前に彼の両腕を拘束していたのだ。
「放してくれ。」
「駄目だ。まだ早い。」
カイユーが固い声を出した。
「そうそう。ダグド様の裁定があってからでしょう。」
フェールは歌うように軽く言い放った。
俺の裁定は死刑しかないが、それを知っている彼らがデレクを押しとどめたのは、ここまで彼らを歩かせたのが罠でしかないと気が付いたからであろう。
罠の発動はデレクのひと歩きにかかっている。
あのデズデモーナの傷を癒すポーションを手に入れるには、デレクは俺達に簡単に叛意を翻すのは確実だ。
カイユー達の足をデレクが止めた途端に、カイユー達は幾重にもいる衛兵たちの一斉掃射、魔法にしろ、銃弾にしろ、その身に受けるのだ。
俺が彼らを助けようとも、幾重にもかけた防御結界には手が出せない。
デレク達の不幸こそ俺に無力感を与える目的の餌だったのかと思う程に、カイユー達が入り込んでしまった結界は練られていたものだった。




