地母神プラタナス
古は太陽は二つあり、神を信じる者には紛い物の太陽など不要であると、異教徒の信じる女神プラタナスに教会信徒は矢を射った。
彼女の流した血は地上に悪鬼を生み、光り輝く肉体は土に埋もれてプラタナス鉱石と変わり、人々に光と熱を与えているのである。
「だから……ね、私達コポポル人が、……めが、女神さまを信じていれば、ぜ、ぜったいに、女神さまが生き返って、わた、わたしたちに、ひか、ひかりをあたえてくれる。だから、で、デレク、……しん、しんじて。」
デレクは肩をカイユーに支えられ、王宮を足を引きずるようにして歩きながら、死んだ姉の最期の姿を思い出していた。
元コポポル人はコポポル人だからこそザワークローゼン王国では最下層民として生きねばならず、しかし、コポポル人の女にしか伝統的な意匠の絨毯を織ることが出来ない。
そのことにより元コポポル人への虐殺は押しとどめられたが、女達は絨毯を織ることを強制され、次々と胸を患って死んでいるのである。
コポポル人の神は、教会に殺された女神プラタナスだ。
この暮らしは女神プラタナスを信じ切れず、また、守り切れなかったからこその罰であり、地母神を失ったからこそコポポルの王は王城を異邦人に奪われたのだと考えられている。
姉の言ったようにデレクは女神プラタナスに祈りを捧げるべきなのだろうが、彼の口はダグドへの祈りを唱えていた。
「あぁ、ダグド様。信じています。信じていますから、お願いします。女房を助けてください。あいつは、母と姉が死んだ後の俺の生活を助けてくれた恩人でもあるのです。」
「そこはさぁ、自分でやろうよ。手伝うから。」
ぐいっと右肩を支え直されたとカイユーを見返せば、彼はデレクに対して軽く片目を閉じてから言葉を続けた。
「あの人、奥手だし、男女間の事に疎いから、あんまし女房女房言うもんじゃないよ。嫉妬されるかも。」
デレクは左肩も持ち上げられて、体が軽くなったと左を見た。
「そうそう。イヴォアールさんの失恋が自分のせいだってわかっていないってさぁ、鈍感すぎるよね。」
ヒールは全部妻に使って欲しいと頼んだが、有無を言わさずデレクにヒールをかけてきたからと、デレクに殴られたはずの男だった。
「フェールさん。あの……。」
「おこここー。ダグド様はそんな純な方だったかー。」
しわくちゃな顔をさらに皺だらけにして嬉しそうな顔で若者の会話に加わってきた男は、デレクも知っているどころか尊敬している御仁である。
「あの、コポポル王さま。」
「もう王じゃないじゃ。明日からは家なしじゃ。無宿人だってぎゃ。」
「王様、僕のために。」
「違うじゃ。娘のためじゃ。」
おいっと、俺はようやく彼らの話題に入り込もうとして、しかし、俺よりも早い闖入者によって俺は耳をそばだてるだけの単なる空気となった。
彼らの目の前には衛兵がずらっと並び、衛兵の中にはマホーレン兄弟、つまり、王とその王弟達勢ぞろいをしていた。
また、なぜかそこに場違いに煌びやかに着飾った寵姫らしき女もいた。
そして、王の足元には屠殺されたばかりの羊のように、力を失ったボロボロの姿でデレクの愛妻がくの字姿で横たわっているのである。
体が辛いと自分で体を曲げたのではなく、適当に床に放り投げられてのその姿勢だと、彼女の姿を目にしたものはわかるだろう程に、彼女は死んだも同然の状態だった。
俺達は彼女のその姿に息を飲み、全員が言葉を失うしかなかった。




