シロロ、新たなお家に喜ぶ
シロロが食事を終えると、俺は自分の居室からできるだけ、もうほんとうに離れた部屋にシロロを案内することにした。
寝首をかかれそうだからではなく、シロロが普通に面倒くさそうな生き物だから、というだけの話である。
彼の外見は幼すぎるのだ。
普通に子供を持ったどころか一人っ子だった俺が、今後の育児への恐怖を勝手に感じてしまうほどの幼さなのだ。
俺が前世で死んだときは、魔法使いになったばかりの三十代である。
子育てどころか、子作りだってした事無いんだ、バカヤロウ。
さて、シロロを案内すると連れ立って歩き出したところで、客人など来るわけもない城なのだから何もない空部屋だったと気が付き、俺は心の中で舌打ちをした。
きっと空の部屋にシロロが泣くかもしれない。
それどころか俺の部屋で寝ると言い張るかもしれないとまで俺は想像し、言い聞かせる面倒さにウンザリとしながら、これからシロロが必要だろうベッドや机、さらには布団などを頭に思い描いて歩いていた。
「ほら、一先ずこの部屋を使え。」
木の扉の向こうは空の部屋だ。
俺は扉を開けた後のシロロへの対処に身構えたが、子供は扉が開くや歓声を上げて部屋の中へと飛び込んだ。
「わぁ、お部屋だ!僕のお部屋だ!」
「そうか、不幸な育ちの子供には、自分の部屋がある事こそが幸せか。」
なんて哀れな生き物だと部屋の中の彼を見れば、空の部屋には俺が歩きながら思い浮かべていた家具が鎮座していた。
白塗りの木のベッドにお揃いの箪笥。
白い雲の浮かんだ青空模様のカーテンに、夜空の絵柄のカバーで統一されている寝具。
部屋の隅には本棚と机だが、机は俺が子供の頃に祖父母に買ってもらった無駄に大きな勉強机だ。
驚くことに、俺の頭の中で描いていた、俺が子供の頃の子供部屋にあったものが空の部屋に再現されていたのである。
よって、ちぐはぐだ。
城の石造りの部屋には、マンションの狭い一室に置く様なベッドも箪笥も小さく軽い。
けれどただ一つ、本当の俺の子供部屋には大きすぎた勉強机だけは見合っていた。
俺は幼い頃は体が大きく、祖父母は俺が大柄に成長するはずだと思い込み、規格外の物を購入してくれたのだ。
「俺は標準程度にしか大きくならなかったけどねぇ。」
「そうですか?ダグド様は大きいですよ。」
まぁ、今は竜だしと、何気なく部屋にあった姿見を覗けば、
当り前だが鏡に映っているその姿は前世の俺ではなかった。
「うぉ!」
黒い髪に黒い瞳は同じだが、俺の顔はとても濃いものになっていたのである。
とてもとても前世と比べればインポッシブルな奴だ。
身長がもう少しあれば最高な男性だと言われていた俳優に似た整った顔立ちだが、そんな顔が身長のある見事な体格の体に乗っているのだ。
即ち、この姿は完璧な男性像ともいえるだろう。
しかし俺はこの姿に喜ぶどころか、怖気にブルんと体を震わせてしまっていた。
映画俳優のような外見だとしても、ああなりたいと過去に考えていた事があったとしても、やはり俺は俺であり、俺は自分の以前の姿が好きだ。
せめてもの前世のよすがを求めるかのように、俺は無意識に鏡に目を凝らした。
どこかに俺といえるものがあるはずだ、と。
俺の頭の中には情けない笑顔を浮かべた普通の男でしかない俺が浮かび、すると、鏡の中でスルスルと俺の体が縮んでいき、遂には俺の顔も体も俺がよく知っている俺の顔と体に、つまり、標準体型をした普通の二重の日本人男性へと変化したのである。
「きゃあ、ダグド様が!」
俺の外見の変化にホッとした俺とは反対に、当たり前だがシロロが叫び声をあげた。
彼はぱしっと両手で口元を覆うと、大きな目だけがきょろきょろと俺の姿を上から下へと、ぐるぐるぐるぐると、俺が前の姿に戻ろうかと思う程しつこく眺めまわしているのである。
「えぇと、変かな。これが俺の本当の姿なんだけどね。」
「え、えと、いいえ。」
まぁ、居候が大家に文句は言えないだろう。
俺も文句が言えないから、大家に差し出されるままに、あのモルモットを飼う羽目になったのだから。
ペット不可の物件だったはずだろうに、あのモルモット妖怪め。
「あの、ダグド様。」
「なに?」
「あの、僕はこっちの方が好きです!可愛いです!だから、僕に嫌われるとか、そんな心配しなくてもいいですよ。」
俺はシロロにありがとうと応え、本気で図々しい生き物を部屋に置いて自室へと戻った。