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教会とエランの一族

 エランは何度も自分が司祭を親族に持つ有力な一族だと口にしていた。


 それは真実であり、過去であり、彼の不幸そのものだったようである。


 イグナンテスが教皇の座に就いたばかりの十五年前に、教会の変容に異を唱えたエランの父ジズマンは司祭の位を剥奪されて投獄されたのだという。

 それに伴いエランの一家は極貧層に落とされて、エラン以外の家族は全員飢えによって死亡した。


 幼いエランだけは、父親の手によって子供のいない農家の養子に出されていたために生き延びることができたのである。


 しかし、彼は司祭見習いをしていた十三の時に全てを知り、家族の復讐と投獄された父親の行方を掴むために教会の兵士となったのだそうだ。


「もうあなたは死んだと。教皇自ら俺に語ったのは嘘だったのか。」


 イヴォアールのヒールによって少々の体力は戻ったが、エランの父、ジズマン司祭はこれ以上は生き抜くことが困難な状態でしかなかった。


 否。


 本来であれば死んでいた彼を生かしていた邪悪な細胞がイヴォアールのヒールによって死滅したのだから、彼の命はようやく終わるのだと言ってもよい。

 息子は無力な幼児でしかなく、死んでいく父親をただ抱きしめる事しか出来ない。


「あぁ、俺は、だれも、誰ひとりとして、救えなかった。父さんをこんなに苦しめたまま、俺は何年も、なにも、なにも。」


 骨と皮だけどころか、指までもほとんど失った右手で、ジズマンは息子の腕をそっとなぞった。


「いいんだよ。いいんだ。お前はこうして私を助けた。お前は種族を超えた友までも引き連れている。これこそが神の慈愛、お前はそれを体現したのだと、私は幸せのまま逝くことが出来る。」


「とうさん。」


「泣くな、息子よ。」


「ですが、父さん。俺はあなたがこんな目に遭っていたと知っていながら、友と笑い、人生を楽しんでいたろくでなしですよ。こんな、こんなにも苦しめたまま。」


「それこそ、我が望み。だから、泣くな。あぁ、エラン、エラン・ヴイタール。お前が幸せに笑っていられることこそ私の望みだ。」


 人の姿を失っていたが、人の心を失わなかった善なる男はそこで息絶え、足が無いどころか上半身の胃の下は内臓も無く脊髄が尻尾のように生えているだけの屍を、エランは胸に押し付ける様にして抱きしめて、そのまま彼までも動かなくなった。


 誰も動けないなか、シロロだけが動いた。


 彼はエランの背中をそっと撫でると、ここを壊すよ、と無機的な声で囁いた。


「ここだけじゃなく、ガルバントリウムも壊そう。僕はお父様が殺されたら世界を壊します。だから、エランもお父さんが殺されたのならば、ここぐらいは壊さないといけません。」


 慰めているというよりも、魔王が従者を勧誘するようなセリフだった。


「そうだな、コントラクトゥスの子供を奪還したらここを壊そう。エラン・ヴイタール。お前は生命の躍動と飛翔を表わすという意味の名前を持った男だ。立ち上がれ。お前の父は俺達の旗で包んでお前が背負え。ここの淀んだ世界を全部壊してだな、明るい日の元へジズマンを連れ帰るんだ。」


 コントラクトゥスは持っていた旗をポールから外すと床に広げ、エランはそこにそっと父親を横たえ、そして、これ以上痛みを受けないようにゆっくりとジズマンを包んでいった。


「神は七日で世界を作られ、百日で世界を壊された。与えられし世界のままでは人が歩みを止めたからであり、与えられた愛を当たり前だと大切にしなかったからだ。我々は神の足跡と愛を辿るが如し石を積み、野を耕して、神の再びの祝福を得んがために祈りを捧げております。神よ、われ、われらが。あぁ。」


 最後の祈りの言葉を唱えられなかったエランの横にアルバートルが膝を折り、エランの続けられなかった言葉を続けながらジズマンに最後の布をかけた。


「我らが父に祈りを捧げ、我らが愛する者を神に送ります。地に足を付けた我らが祈りを捧げ続ける限り、彼に平安があらんことを。」


「……俺は、最期の言葉さえ。」


「葬送の言葉は死者を送る家族が唱えるものではないだろ。家族であるお前が、失ってしまったと絶望して、もう会えないと泣き叫んでやらなきゃ、誰が彼にそれをしてやれるというんだ。」


「あぁ、団長。」


 彼らは全員で暫しジズマンの為に祈り、俺は彼らを眺めながらコントラクトゥスの子供の事を考えていた。



 生きて再会できても、そこに絶望は無いのだろうか、と。

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