俺の危険は君が危険な事
「無事か。馬鹿頭領。」
「ひどいですよ。労ってもくれないなんて。」
一筋程度の灯りが照すだけの墓穴で、白い馬の元気そうな嘶きが聞こえたと同時に、暗闇に溶けるはずの真っ黒い服を埃塗れにさせて暗闇の中で滲んだ灯りとなった男が立ち上がった。
「ちゃんと無事かと聞いただろ。急いで旗を立てろ。全員をそちらに送る。」
大きく息を付いたアルバートルは旗を立ててカタコンベを俺の領土に捧げ、俺は返礼として彼の部下とコントラクトゥスをカタコンベに送り届けた。
あぁそうだ、馬鹿に巻き込まれた哀れな馬も領地に連れ戻してやった。
そうして集合出来て和気藹々にがやがやと騒がしくなった彼らを確認した俺は、次に一人取り残されているモニークの方へと意識を動かした。
俺達の旗の下で心配そうな顔で体育座りしている彼女はいたいけで、俺は彼女の心配そうな瞳が妙に決意を持っていそうな色をしている事が気になった。
「よし、モニークはそこを飛び立て。帰ってくる時間だ。」
「嫌です。」
「嫌なの?」
「はい。全員が帰還できるまでここにいます。あたしがここにいれば空から皆の援護が出来るかもしれません。」
俺は彼女の周囲を見回し、彼女こそ敵に囲まれつつあると伝えるべきか迷った。
恐らく、俺の領土にいる限り俺よりも上位者ではない敵の魔法力では彼女を傷つけることは出来ないだろう。
では、アルバートルがやられたような事を彼女がされたらどうなるのか。
絶対に彼女は領土から一歩踏み出すだろう。
生贄とされた乙女達は、俺の領土で俺に対しては怖いお姉さん達だが、基本として痛めつけられた人間に対しては同情と仲間意識を持ってしまう。
ここは命令よりも太陽でいくか。
「偉いな。だが、大丈夫だ。アルバートル隊には絶対防御魔法を持った奴がいる。お前がそこにいると逆に俺が心配でアルバートル達に集中できない。俺の為に、頼むよ、モニーク。飛び立ってくれ。」
モニークは俺の言葉に耳まで真っ赤にさせると、慌てたように立ち上がって飛行機の操縦席にするりと乗り込んだ。
「あ、ああの、わかりました。モニーク機、今から帰還します。あ、あの旗は抜いたほうがいいですか?」
「いや。君の安全のためにそのままでいい。」
俺はモニークの操縦席を閉めると、彼女の有無を言わさずに機体を動かした。
機体は丘の上を滑走し、そして、再びに青い空へと還った。
「ダグド様は嘘つきですね。あたしは危険だったんだ。あぁ、あんなに、敵の軍勢があたしを囲っていたなんて。」
「はは。敵は危険じゃないよ。君がどうかなることが俺には一番危険なんだ。」
モニークは初めて聞いた女の子らしいクスクス笑いで機内を満たし、俺が意識を外していたカタコンベから、俺達は!、という男臭い連中からの叫びが上がり、俺はモニークの飛行機への意識を自動操縦モードに切り替えると、嫌々ながら男臭い連中に意識を戻した。
「これからどうします?」
埃塗れのアルバートルからの質問だ。
「いや、好きにして。さぁ、ガンガン暴れてもらおうか。」
「俺が付いている、じゃあ無いのですか!」
酷い、傷ついた、とまで叫びそうなティターヌの憤った声である。
面倒だなと思いながら、俺は彼らを見回した。
「だって、俺がモニークに言った事を聞いていたんじゃないの。君達には絶対防御魔法を持った奴が付いているって。シロロ、遠足は楽しいか?」
くすくすくす。
モニークのくすくす笑いと違って、暗闇で聞いたら誰もがぞわっと脅えさせるような子供の笑い声である。
ついでに、ぼわんと自分自身を発光させたのだから尚更だ。
うわぁ、と勇猛果敢なはずのアルバートル隊が、出現したシロロに驚き後ろずさったのも当たり前だろう。
彼はカタコンベと言う死の世界で、第二形態ともいえる異形の姿に変化していたのである。




