予想外、否、確信犯、かな②
なぜか消えて行かない少年に俺は慌てながらも、もう一度呪文を唱えた。
「もう一回、ホームタウン!」
けれどもやっぱり俺の再びの大声を受けても、叫ばれた当の彼は肩をびくりとしただけだ。
「あれ、どうして?どうして君を街に返せないの?」
少年は俺の問いに目を丸くしたが、殺された父の名を俺に語った時よりも絶望を両目に浮かべ、そして錫杖に彼を支える最後の砦のように寄りかかると観念したかのように頭をがっくりと下げた。
「どうしたの?」
「ぼく、僕は、ハーフエルフですからエルフの村にも人間の町にも帰れないし、教会からも破門されています。」
「はもん?どうして。」
「……純粋な人間じゃないってバレたから。」
「うわ、シロロって可哀想。ご飯、食べる?」
俺は盆の上にあったキイチゴを彼に差し出していた。
俺達の決めていたルール。
デミヒューマンはヒューマンが使えないレア魔法が使える代わりに職種として神官や魔法使いになれない、というゲームバランスの為の設定が、この小さなデミヒューマンを不幸たらしめていたようなのだ。
俺は彼への罪悪感で反射的に動き、しかしシロロは俺の行動に対して真ん丸な目をさせて驚いた表情を向けたが、俺の手の中の果物を見るやすぐにまたがっくりと頭を垂れた。
「キイチゴ嫌い?ほら、リンゴは?ぶどうは?」
次々と果物を手に取り動く俺と対照的に彼はそのままじっと動かなくなり、微動だにしなくなった少年に俺は同情よりも面倒臭くなってしまった。
そこで俺は果物を盆に戻すと先ほどまで座っていた長椅子に再び腰を下ろし、そしてつむじを見せる小さな白い頭に対して大きく溜息を吐いた。
置物状態の邪魔な少年をどこに送ったらいいのだろう、と。
数十秒後、唱える魔法を俺が決めた事に気が付いたかのように、少年はゆっくりと顔を上げた。
顔を上げただけでなく、彼はおずおずと喋り始めたのである。
「あの、僕は普通に肉食です。そ、そのテーブルの上のお肉は駄目ですか。」
俺はぎゅうっと目を閉じるといくつか数を数え、それから目を開けて割合と図々しかった生き物に視線を投げ、ついでに声もかけてやった。
「こっちに来て喰え。」
シロロは物凄い勢いで俺の向かいの長椅子に飛び込むようにして座り込み、その姿は俺のシロロがベビーリーフで一杯の餌箱に飛び込む姿を彷彿とさせた。
いや、固まり肉を両手で掴んで必死に食らいつく姿はハムスターか?
「俺の(きっと)死んだ可愛い子も、シロロって言う名だったんだ。」
ハムスターはびくりと動きを止め、ゆっくりと顔を上げた。
「あの、今日から僕があなたの子供になります。だ、だから、ここに置いてください。ぼ、ぼくはまだ十二歳なので、僕にはお父さんが必要です。」
「――おい、お前の父ちゃん話はどうしたよ。十二歳て、全然数字が合わないだろうが。」
「あ、あれは嘘です。三十年前のあなたへの討伐隊にシェローというエルフがいたのは事実ですけど、僕とは何の関係もありません。勇者のパーティに潜り込むときの常套句っていうか。あの、種族的に似ていると思うのですけど、僕自身半分エルフなのかよくわかんないし。」
「そうか。まぁ、落ち着いてゆっくり喰え。」
「ありがとう、父さん!」
俺を討伐する心意気だった敵が、食パン一斤ほどの肉の塊一個で簡単に俺に追従してきたことに呆れるどころか、餌をくれる奴には誰にでも懐いたシロロを俺に思い起こさせて俺の胸を少々慰めた。
あの太々しいモルモットは生き延びた筈だ。
そして、あのモルモットよりも図々しく大食漢の生き物を飼うことになった事を認め、俺は大きく溜息を吐くしかなかった。