死の魔法が使えるのならば、生き返りの魔法だって使えるはずだ
俺はエランにエレノーラを呼んで来いと叫び、叫びつつもアルバートルの蘇生を試みていた。
中学生時代に救急隊員に指導を受けた心臓マッサージに、そこで習いはしなかったが、したくもないマウストゥマウスの酸素注入までも何度も彼に試みていたのである。
「畜生!生きろ!こんなのはお前の死じゃない。認めるんじゃない。」
真っ青な血の気を失った彼の顔は、生き返りなどありえないのだと、まるで俺をあざ笑っているようだ。
畜生と目を閉じると、俺の目は羊皮紙で出来た本の背表紙がずらりと並ぶ本棚だらけの一室を覗いていた。
その部屋は本だけではなく宝物蔵のような宝石の連なったネックレスなどがいくつも飾られ垂れ下がり、そして、本の間にはガラス瓶に入った子供の頭や、女の乳房、目玉や下あごなどの標本なのかただの悪趣味なコレクションなのか不明な品まで飾られているという場所である。
「何をのぞいているんだ?」
水の中から覗き込んだような歪んだ顔がにゅうっと突き出されて俺の視界を遮り、俺はそいつに脅えるどころか、こいつこそアルバートルの敵なのだと確信した。
俺はそいつを睨みながら、自分の顔がダグド本来の黒竜の姿を取っていると認識しながら、こいつがこの世界の教皇であろうと、俺が前世でこの世界の創生者であるならばこいつよりも上位なのだと、こいつを滅ぼしてやれるのだと、めらめらと憎しみを燃え上がらせていた。
「お前に、この呪いを返してやるんだよ。」
「ひぃ。」
バシン。
俺に脅された教皇の悲鳴を聞いたような気がするが、それよりも、必死な俺をあざ笑うようなシロロのアルバートルへの攻撃であった。
シロロはアルバートルの額を、まるで虫がついていたかのようにバシンと平手打ちしたのである。
「シロロ、ちょっと酷いじゃない。……って。」
「ごふ、ごほっ、はぁはぁ。」
アルバートルは蘇生し、俺は数秒前までの俺のお陰では無いと確実に確信し、素晴らしい功労者となった魔王様を皮肉な思いで見返した。
しかし、シロロは手の平に潰した虫がついている、本当にそんな素振りで自分の右手を気持ち悪がっているだけだった。
「大丈夫なの?」
シロロは顔をぐしゃっと歪めた。
「気持ち悪ーい。」
彼の手の平を覗き込むと、彼の手の平には大き目の黒蠅、それも腹から蛆が出ている状態で彼の手の平で潰れていたのである。
「うえ。」
「ごほっ、あ、あの、俺は、あの、一体。あぁ、生きている?」
「あぁ、このシロロ様が呪いを壊した。君達の額にはこんなのが付いていたみたいだよ。」
俺はシロロの手首を持って蘇生したばかりのアルバートルに蠅を見せたが、アルバートルは再び意識を失ってバタンと倒れた。
「おーい。」
アルバートルは虫に弱い奴なのかと俺ももう一度シロロの手の平を見直したが、俺もアルバートルと一緒に気絶したいと本気で思った。
死んでいる蠅の顔は、老年に差し掛かった男の顔をしていたのである。