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親友と骨

 アルバートルは俺が上司だろうとお構いなくの威圧を向けていた。

 顎をしゃくって、早く出ろ、という仕草はどうなんだ?

 俺は領主さまだよ?


 俺は仕方なくイヴォアールと一緒にアルバートルが開けてくれている扉を潜ったが、階段の踊り場から廊下に入るやいなや、イヴォアールが思いっ切り叩きつけられるように転がった。

 イヴォアールが持っていたグラスは音を立てて割れ、倒れたイヴォアールの手のひらを切った。


 俺はイヴォアールの怪我を心配するよりも、受け身も取らずになすがままに転がったイヴォアールに腹を立てていた。

 正面から殴るのではなく、後ろから蹴りを入れたアルバートルにも。


「親友だろ?蹴るんじゃない。」


「裏切ったらそれは親友じゃねえ。部下でも何でもねえ。」


 軍規を乱した人間を団長は自ら粛正して来たんです。


 フェールの以前の台詞が頭に浮かび、俺はアルバートルこそイヴォアールの行動に気が付いていながら黙っていた訳を理解した。

 イヴォアールが己が罪を認めたら、アルバートルが団長として罰を下さねばならないからだ。


 俺はなんて考え違いで動いていた!


 俺はアルバートルが次に銃を取り出す前にと、アルバートルに抱きつくようにして彼を押さえつけた。


「イーヴ!君はコンスタンティーノに――。」

「殺したきゃ殺せ!俺はそれは覚悟の上だ。それでお前こそ一歩踏み出せよ!」


 イヴォアールは立ち上がるどころか床に胡坐をかいて座りこみ、さらにアルバートルを煽るように大声をあげたのだ。


「俺は一歩も二歩も前に出ていますぅ。余計な気遣いして余計な動きしかしねえ馬鹿ばかりで頭が痛いって落ち込んでいるだけでしたぁ。」


 アルバートルは小馬鹿にした歌うような口調でイヴォアールに返し、俺はこいつを手放して思う存分殴り合いさせようかと思ったぐらいだ。

 ただし、ほっとしたのも確かだ。

 粛正、ではなく、親友同士の大喧嘩で済みそうだ。


 だが、ほっとしたところでアルバートルを手放さなくて良かった。

 イヴォアールはさらに余計なことをアルバートルに向けて言い募ったのだ。


「よく言いうよ!じゃあどうしてノーラに突っかかっているんだ!君が彼女を忘れられないからだろ!」


「てめえ!」


 俺はイヴォアールに飛び掛かろうとするアルバートルを押さえながら、イヴォアールこそコンスタンティーノに戻した。

 イヴォアールが恋するモニークが彼を待っている部屋に戻したのだから、彼は数時間は大人しくしてくれるだろう。


「ダグド様!」


「いいから!とにかく君と俺は少し話そう。」


 俺の腕の中でアルバートルは大きく息を吐き、似てませんよ、と呟いた。

 それはダニエラと彼だろうか、それとも、ノーラと彼の妻だった人だろうか。


「似ていません。あいつはノーラほど美人でもないし、胸だって大きな女でしたよ。そう、似ているはずなんかない。イーブこそ勘違い野郎だ。」


「わかった。とりあえず、会議室?いや、ラウンジの方に行こうか?」


「会議室で。酒が無きゃやってられない。」


「君はどうして職場の方に酒を持ち込むんだよ。普通は娯楽室にこそだろ?」


「酒目当てじゃなきゃ、仕事場なんか行きたくないじゃないですか。」


「そういう事にしようか。」


「いつものように叱らないんですか?」


 俺は大きく溜息を吐くと彼を手放した。

 アルバートルは酒に溺れる程に飲むが、本当に溺れきることは無い。

 それはこうして酒を仕事場に置き、自分が際限がなく酒を飲まないように戒めている阿呆だということでわかる。


「俺も今は一緒に飲みてえからだよ。」


「ありがてえ。飲み友達が出来るのは嬉しいですねえ。親友に裏切られた俺には最高ですよ。」


「アルバートル。」


 俺と彼はいつもの会議室に入ったが、彼は給湯室に真っ直ぐに向かった。

 冷蔵庫を開ける音がして、戻ってきた彼は両手にグラスを持っていたが、俺が椅子をぶつけたくなるような中身がグラスで揺らめいていた。


 炭酸の泡の中にミントが揺れている。


「モヒートかよ。職場の給湯室を酒場のカウンターにしやがって。」


「モヒートはダグド様がお好きだって聞きましたけどね。」


「エレが?あいつがお前に酒の話題をするとは思えないが。」


 アルバートルは皮肉そうに口元を歪ませた微笑みを作ると、俺にグラスを差し出した。


「ノーラですよ。あいつは負けず嫌いですからね、知らないんだって揶揄うと、絶対に知っている何かを教えてくれるんですよ。あなたに似ています。」


「そうか。そうだね。あの子は負けず嫌いだ。」


 俺はグラスに口を付けた。

 アッシュブラウンの髪はまっすぐで清廉で、知的に輝く瞳は葉っぱを閉じ込めた琥珀のような不思議な色合いのものである。


「こうしてみるとあの子みたいだな、モヒートは。ライムとレモンの酸味が清廉で。ミントが揺らぐところは、あの琥珀を閉じ込めた瞳みたいだ。見た目は大人しく深い森の中の妖精のようだが、いざ話してみると気性も強くって春の女神みたいな快活さがあるという美女だものね、ノーラは。」


「胸は誰よりも小さいですけどね。」


「全否定するような言い方!」


「仕方がない。男が見るのは胸と尻です。だから、顔なんか覚えていない。ノーラに似ている似ていないなんかじゃない。俺は死んだ女房の顔なんか覚えていないんですよ。」


 アルバートルはグラスをテーブルに置いた。

 そして、いざ見てくれ、という風に会議室のモニターに向かって手を閃かせた。

 地中に埋まった遺骨の映像が映し出された。

 大きな大人の骨が小さな子供の骨を抱いている。


「君の妻と子か?」


「だった遺骨です。恐らく。」


「おそらく?」


「百鬼眼システムで骨から生前の顔も作れます。ですが、俺は出来上がった顔を見て、それが俺の女房だったのか分からないんですよ。」

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