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無事で何より、それでいい

 俺が腕に抱いている美少女は、自分が大きくなったのはフェールのためだという意味のことを言って泣いている。

 親である俺の思考が止まってしまったのも無理ないであろう。

 だって十四歳ぐらいに見える美少女でも、彼女は一か月前に生まれたばかりのはずの人なのだ。


「え?」


 俺は娘をよしよしとあやしながらアルバートルに助けを求めるしかなく、アルバートルは忌々しそうに大きな溜息を吐いた。

 お前の姪だろう、と、俺は口パクした。

 するとアルバートルは、両手で大きな胸を示すジャスチャーをした後、フェールを指さしてから、両手を交差させてバツを作った。


 俺は右手を娘から外すと、ぱちんと自分の額を叩いた。

 そうだ、フェールは大きな胸の女性にトラウマがある青年だった。


「どうすっかな。」


「どうしましょうね。俺はこれから他の部下の慰めをしなきゃならんので、フェールをお任せしていいですか?」


「それは構わないが、慰めって、他にも大怪我や何かになった者がいるのか?」


 椅子から立ち上がったアルバートルは、やるせない、という笑い方をした。

 それから疲れた様にして戸口へと向かおうとした。


「アルバートル。」


「やってられないって奴ですよ。経験値に次ぐ経験値です。この糞野郎、自分一人だけクラスアップしやがった。フェールは自由人から勇者にジョブチェンジしやがったんですよ。あなたが以前彼に与えたなんちゃって勇者じゃない、本物の勇者称号です。」


「なんか、俺関係全部バッタもんみたいな言い方だな。」


「竜騎士任命の時に遊んだからでしょうが。変な肩書きつけられると次のランクアップまでそれが消えないんですよ?それなりなランクの人間は次にランクアップするまでの経験値がべらぼうに必要だって知っていてあの所業ですか?みんな必死であのなんちゃって称号消そうと頑張っているんです!」


 ここで俺は過去の自分を反省するべきだろうが、俺は前世は現代人だった。

 反省しないは得意中の得意である。


「追加でもっと変な肩書きつけてやろうか?」


「ひひひ。」


 布団にくるまっているフェールが薄気味悪い声で笑い、アルバートルはそんなフェールの足元を少し強めに叩いた。

 俺そこでようやく笑えることができたと笑い、ただし、アルバートルは俺の前を通り過ぎる一瞬、笑えない台詞を囁いていった。


「申し訳ありません。」


「謝るなよ。お前に謝られると調子が狂う。」


「狂われるとしても謝罪は必要です。ダニエラについては――。」

「娘は戻った。息子も帰って来た。誰かが謝るような不幸なんかない。」


 アルバートルは俺に軽く目礼をした後、そのまま医務室を出て行った。


 そうだ。

 不幸など無い。

 俺はいつだってこのサイズの女の子を押し付けられ、父親としてちゃんと育てて来たじゃないか。


「ぱぱあ!」


「うん。大丈夫。パパは君を離さない。君がどんな姿でも愛しているよ。」


「でも、フェールがあ。フェールじゃないと。フェールがあああ!」


 俺はぎゅうと両目を瞑り、どうしたもんだと思いながらベッドに腰かけた。

 娘を抱いている分ベッドは大きく軋み、寝ている青年の体が俺の方に転がった。


「ダグド様すいません。」


「一体どうしたの?」


「誰かがずっと一緒にいるには結婚する事だと言ってしまいまして、そこで純粋なるダニエラちゃんは俺っちと結婚したいと言ってくれたんです。」


「そっか。納得。そしたら言うよな、大きくなったらね、ぐらい。」


「すいません。本当に大きくなるとは。」


「フェールはダニエラ嫌だって言ったあ。」


「それは言ってないって。」


 フェールは腕を伸ばした。

 薄汚れて乾いた血がところどころについている右腕を彼は伸ばし、彼の指先が自分の涙を拭ってくれた事でダニエラはほんの少しだけ泣き止んだ。

 いや、泣き止むだろう。

 自分を見つめるフェールの表情を見たならば。

 シロロがエランの次にフェールに甘える理由もわかるというものだ。


「ごめんねえ、ダニエラ。俺っちは体は大人だけど心が子供なんだ。俺はゆっくりと大人になりたいからさ、急がなきゃって思ったら心がダウンしちゃった。」


「フェール、ダニエラきらいになってない?」


「きらいじゃない。」


 俺のダニエラに向けているフェールの表情に、俺こそがドキッとしていた。

 胸が高鳴るんじゃない、辛くて胸がきゅうと締め付けられる方のドキだ。


 フェールの表情は、小さな子供が妹か弟の為に、自分こそ泣きそうなのに泣かないで笑顔を作っている、そんな幼気な笑顔なのである。


 そんな優しいお兄さんは幼い妹を宥めるために右手を伸ばしたままでおり、妹は兄が差し出してくれた手におずおずと手を伸ばしたが、指先が触れるや嬉しいという風にぎゅっと掴んだ。


「ダニエラ。一緒に大きくなろう?ねえ?」


「なる~!」


 俺の腕の中の少女はどんどんと縮んでいき、フェールの手を掴むその手もどんどんと小さくなって、最後にはぷくぷくの赤ん坊のものとなっていた。

 それでも生後一か月には見えない三歳児ぐらいの大きさだが、俺はまだ赤ん坊と言える姿に戻ってくれた娘を手放したくないと抱き締めた。


「ダニエラ。フェールはお疲れさんだから寝かせてあげよう。君はまずママの所に帰ろうよ。ママは君がいないってそれはもう心配しているんだよ?」


「ダグド様、あの、エレさんは大丈夫ですか?」


 俺はフェールの頭をガシガシ撫でた後、大丈夫だ、と答えた。

 それから、俺はね、と付け加えた。


「ダグド様?」


「娘の将来の婚約者って事で、今後は君にいろいろと煩くするかもだけど、いいよね。彼女はお母さんとして君と話がしたいだけだろうから。」


 フェールは、すいません、と俺に謝った。


「俺っちはエレさんから逃げてしまうかもです。俺の中の子供は怖がりで根性無いんですよ。そんでもって、いつ大人になれるのか俺自身にもわかりませんから、ほんと、ごめんなさいです。」


 俺はもう一度フェールの頭を撫で、気にするな、と言った。


「お前らの大将こそ大人になりたくないらしいじゃないか。」


「ふふ。本当に。俺のジョブチェンジについて、団長ったら凄い悔しがりようなんですよ。」


「ものすごく落ち込んでいたよなあ、あいつ。」


 俺達は視線を交わし、いつものように笑い合った。

 とりあえず、みんな無事でみんな元気だ。

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